カレーの試食会
風に揺れる庭の木々を眺めながら、セリカは長い回廊を通って厨房へ向かっていた。
扉を開けると、いつものメンバー、料理長のディクソン、副料理長のルーカス、若手の主任であるニックが揃っていた。けれどもう一人若い男の子がいた。
「久しぶり~ 皆、元気そうね。今日は新しい子がいるのね」
「お帰りなさい、セリカ様。レストランを立ち上げることも考えまして、このエディを試食会のメンバーに加えたいと思います」
ディクソンに紹介されて、赤毛の男の子がお辞儀をした。
くるりとしたまん丸い茶色の目が、リスみたいで可愛らしい。
「よろしくね、エディ」
「はい、頑張ります!」
初々しいわね。
皆が憧れている勉強会へ入れたからか、エディはとても張り切っているみたいだ。
「ディクソン、ザクトの街から食器は届いてるかしら?」
「はい。届いてますが……質の悪いものも混じってまして、どうしたものかと思っていたんです」
ディクソンは困り顔だが、セリカには思いあたるふしがあった。
「多分それは庶民の飯屋向けの、頑丈さと安さを売りにしたものじゃないかしら?」
見せてもらうと、やはりセリカが注文したものだった。
「これはね、庶民の飯屋仕様のお皿なのよ。私が考えているレストランは、庶民向けの料理、貴族向けの料理、珍しい外国料理っていう風に、いろんな味が楽しめるものにする予定なの」
「はぁ……ですがセリカ様、平民と貴族が一緒に食事をするでしょうか?」
「それはねぇ、個室をいくつか設けて貴族が使えるような予約席を作ろうかなと思ってるの。団体客向けの広間もね」
大勢のお客様に来てもらいたいので、ターゲットとしては平民を中心に考えている。
貴族向けの料理にはどんな食器が使いやすいのか皆に相談して、注文するお皿を選んでもらった。
これは彼らの方が詳しいだろう。
「ニックにレストランの方の責任者になってもらおうと思ってたんだけど、どうかな?」
「いや、私が出向しますよ!」
なんと手を挙げたのは、料理長のディクソンだった。
……ディクソン。
血の気が多いと思ってたけど、自分がやる気だったのか……
「うーん、ありがたいけど、こればかりはバトラーにも相談してみないとね~ この問題は、ちょっと棚上げね」
料理長を引き抜いたりしたら、執事に怒られそう。
― ディクソンは、新しいことが好きそうね。
やっぱり料理長になるだけあって、意欲は人一倍ね。
◇◇◇
セリカが持ち帰った食材や調味料で、今日はカレーライスを作ってみることにした。
まず、シーカのカレー専門店で教えてもらったルーの配合の中で、一番日本の味に近いブラウンルーをベースにしてみる。そこにターメリックなどを加えていき、小麦粉と油を練ったものでとろみをつける。
酸味はすりおろしたリンゴで補い、甘みの方は蜂蜜を加えてみると、なんとかそれらしい味になってきた。
今回は牛の塊肉を使うことにした。玉ねぎ、にんじん、ジャガイモを肉と一緒に炒め、ブーケガルニを入れたお湯でグツグツと煮込んでいく。一番ベーシックなカレーだが、定番だからこそ難しい。
ご飯は、セリカが奏子に教えてもらいながら、自分で洗って炊いてみた。
これも炊飯器がないので、火加減に注意する。
お皿に炊き上がった白米を盛って、できたカレールーをたっぷりとかけた。付け合わせにエシャロットのピクルスを添える。
試食をしてみると、なかなか評判がいい。
「これは……食べたことのない味だな。辛いけど、クセになりそうだ」
「季節の野菜で作れるのよ。ルーの中に野菜を入れずに、カボチャやナスを薄くカットしたものを焼いて、かけたルーの上にのせてもおしゃれだし、これから秋になるとキノコのカレーもいいわね。それからルーを薄く伸ばして、カレースープにすることもできる。でも揚げカレーパンを作る時には、ルーに水分を加えずに玉ねぎと一緒に炒めて、それをパンの中身にするの。他にピザのソースとしても使えるんじゃないかしら。たぶんチーズとの相性もいいはずよ。あ、チーズといえば、熱々のカレードリアも食べてみたいな」
セリカの多分に願望を含めた説明に、四人の料理人が苦笑しながらも頷いてくれた。
「それは、使える素材ですねぇ」
「この香辛料の配合も完成形じゃないわ。使う食材に合わせて、配合を変えてもいいと思う」
「奥様、このピクルスはもっと甘みがあった方がカレーに合いそうですね」
エディがボソッと言った言葉にセリカが手を叩いた。
「そうよ、よくわかったわね! シーカの街から後で送られてくる荷物の中に、カレーに合う漬物もあるの」
「セリカ様は新婚の観光旅行に行かれたと思ってましたが、仕事をしてきたようなもんですな」
「本当にな。どうもゆっくりできない性分なんでしょうね」
皆にそんなことを言われて、笑われてしまった。
え? のんびりした新婚旅行だったよねー
― うーん、まあね。
その日の夕食は、カツカレーだった。
さすがうちの料理人だ。
昼に食べたものより、味に深みが出ている。
ブイヨンを入れたのかなぁ。
― それにカツカレーにするなんて、思い付きが日本っぽいよ。
前にカツドンの話をしたのを、誰かが覚えてたのかも。
「これはセリカが、ダイアナ・ブラマーとの会合から帰って来た時の匂いに似てるな」
さすがダニエル、よくわかってるね。
「そうよ、これが日本のカレーなの。食べてみて!」
ダニエルはトンカツをまず口に入れた。
「香辛料が聞いてるソースだ。フーム、これは揚げた豚肉に合うな。ん? このピラフはいやに柔らかいな。前に食べたカツドンとは違う」
「それがご飯よ。ピラフとはお米の種類も作り方も違うの。ピラフは油で炒めるから、食感が違うでしょ」
「美味い。しかし、ピラフの上にこのカツドンカレーをのせても美味いと思うぞ」
「そうか。サフランライスにカレーをのせる料理もあるものね。それも考えてみよう」
ダニエルのアイデアも聞きながら、二人で食べる試食会の夜のお試し料理。
これからは、こういう日も多くなるかもしれない。
レストランの場所も決めないといけないし、メニューも考えなきゃなぁと、楽しく思いを巡らすセリカだった。




