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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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姉弟

午後の日差しが傾いてきた頃、馬車の窓から見える景色に建物が多くなり、セリカたちはドーソンの街に入ったことがわかった。


街とは言っても畑が多く、ゆったりとした街並みが広がっている。


広々とした庭で子ども達が犬と走り回っていて、お母さんが外に干していた洗濯物を取り入れている。

そんなのどかな田舎の様子に、セリカたちの顔もほころんでいた。


「ここはダレーナより街並みがゆったりしてるわね。農業特区と街が混じり合ってるみたいに見えるわ」


「よくわかったな。ここには農業特区がないんだよ。街の庁舎があるあたりだけ建物が続いてるんだ」


「へぇ~、そんな街もあるのね」



ダニエルとコールは視察をすることもあるのか、領内の事情に詳しい。

ここに来るまでにも橋を渡った時に、馬車を止めて橋の補修状況を確かめていたし、道路が傷んでいた所では領地管理人のヒップスに後で伝えておこうなどと相談していた。


よく考えれば、ダニエルは領主の仕事もあるのに多くの企業のトップもしている。

いったいどれだけの仕事量をこなしているのだろう。


セリカとの散歩の時間を取ってくれるのが、努力の上の行為だというのがよくわかる。



一軒の宿屋の前に着き、全員で馬車をおりると、セリカたちは座り続けて疲れた身体を伸ばした。


「あー、今日はよく馬車に乗ったな」


「明日はラニアの別邸に着きますから、そこでゆっくりしましょう」


コールが言っているのは侯爵家が所有している南の別邸のことらしい。

ラザフォード侯爵領は南北に長い領地なので、南と北に別邸があるそうだ。


こういうのって、いかにも貴族の家だね。


― でもダレニアン伯爵家ではそんな話を聞かなかったじゃない。

  侯爵家、だからよ。


そうか。




◇◇◇




部屋でゆっくりした後で、ダニエルとセリカは夕方の散歩に出ることにした。


大きい街道から一本奥に入った道を、野菜の育ち具合などを見ながらそぞろ歩いていると、広い畑の中にうずくまっている男の子を見つけた。


「どうしたの? どこか痛めたの?」


道べりからセリカが声をかけたけれど、返答がない。


慌ててダニエルと一緒に畑に入り、男の子の側まで飛んで行く。

異変を感じて、後方に控えていたシータも駆けつけてくるのが目の端に見えた。


男の子は脂汗を流しながら、ウンウン唸っていた。


「お腹……が、痛…い……」


ダニエルが男の子の身体を触っていき、右の下腹部を押さえた時に飛び上がったので、どうも盲腸炎のように思える。


「ウィルに触るなーーー!!」


その時、大きな声がして、こちらに向かって爆風が吹いてきた。


すぐにシータが戦闘態勢に入る。


セリカもダルトン先生に習った風の盾を展開して、男の子とダニエルを守った。



爆風を仕掛けてきた女の子は、尋常ではないジャンプ力で飛び上がると、髪を振り乱しながらこちらに襲い掛かってきた。


飛翔したシータが空中でその子を捕まえて、地面に投げ落とすと、上からのしかかって取り押さえた。


「くそっ!! あの野郎ーーっ!」


シータの拘束の下で暴れまわる女の子に、ダニエルが一喝する。


「落ち着け! お前は何かを勘違いしてるんじゃないか? 私たちはこの子が腹痛を起こしていたから助けに来ただけだ。この子は早く医者に見せないと危ないぞ。お前が手間をかけると、この子を助けることができない」


その場に静かに響くダニエルの声に、暴れていた女の子がやっと動きを止めた。



「ウィル、本当か?」


「……お姉ちゃん、お腹が……痛い」


「クッ、すまなかった。勘違いしてたようだ。放してくれ、もう何もしない」


女の子の目に宿っていた狂暴な光が消えたのが、セリカにはわかった。


「シータ、放してあげて」


「ですが、セリカ様……」


「大丈夫、この子は弟のことを心配してただけよ」



シータがしぶしぶ女の子を解放すると、女の子はすぐに男の子の側にやって来た。


「ウィル……」


「いいか? この子を抱いて医者に連れていく」


ダニエルが男の子を抱き上げると、女の子はうろたえた。


「いや……でも、医者はまずい。あの小屋に運んでくれないか? 私が看病する」


「金なら心配ない。貸してやる」


「金じゃないんだよ! いや、金もないけど……それより、記録が残るのがまずいんだ」


「弟が死ぬのと、どっちがいい?」


ダニエルの突き刺すような言葉に、女の子は真っ青になった。


「……医者に、連れて行ってくれ」


絞り出した声は、悲痛に歪んでいた。



どうもこの姉弟は何か訳ありらしい。


街道沿いの医療院の建物に皆で向かいながら、セリカは女の子の様子をうかがっていた。

固く結んだ口元に、この子の意志の強さが現れている。


― さっきの爆風は、魔法だよね。


うん。

それに、あのジャンプは飛翔とまではいかないけど普通の人の跳躍じゃないと思う。


― ということは、この子達は貴族?


うーん、そうは見えないね。

でも魔法は使えるみたいだから、もしかして私みたいに、平民でも魔法が使えるようになったタイプなのかも。



それにしても、この子達の親はどこにいるんだろ?

まさか二人っきりということはないよね。


謎の姉弟と出会ってしまったセリカたち。


コールとタンジェントが心配して探しに来た時には、女の子が重い口をやっとひらいてポツポツと話し始めたところだった。



セリカたちはこの二人の事情を聴いて、頭を抱えることになった。

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