打ち明けざるを得なくなりました
14刻の鐘が鳴り、家族で夕食を食べようとしていた時に店の扉が叩かれた。
「すみません。飯屋はもう閉まってますけど」
弟のカールが応対に出てくれる。
「ラザフォードだ。客人を連れて来たので、少し時間を貰えないだろうか」
侯爵の扉越しのくぐもった声が店の奥まで聞こえてきた。
どうやらおすすめのスパゲティを食べに帰って来たようだ。
でも客人というのはいったい誰だろう?
父さんが黙って立って厨房に行った。
取り置いていたソースで、スパゲティを作ってくれるようだ。
カールが扉の鍵を開けると、背の高い青年が二人、続けて店に入って来た。
一人はラザフォード侯爵で、もう一人はもしかして……ダレニアン伯爵の息子さんではないだろうか?
新年の挨拶の時に、庁舎のバルコニーに立っていたのを遠くから見たことがあるだけだから確信は持てないが、綺麗な栗色の髪に見覚えがある。
二人が店の奥のテーブルのところまで来たので、セリカとマムも立ち上がり、ひざを折って挨拶をした。
「食事時にすまない。あちこちに連絡するのに手間取って、時間がかかってしまった。こちらは知っていると思うが、友人のクリストフ・ダレニアン卿だ」
「クリストフです、よろしく」
やはり、領主様の息子さんだ。
近くでお会いするのは初めてなので、ドキドキする。
「セリカです。こちらは母親の……」
「わたしはマム・トレントといいます。応対に出たのは息子のカールです。主人のダダは今、厨房でスパゲティを作っていますが、侯爵様は食べられますか? ダレニアン卿はいかがなさいますか?」
侯爵とダレニアン卿が顔を見合わせて、相手がどうするのかを伺っているようだったが、ダレニアン卿の方がすぐに口を開いた。
「ダニエルは食べるんだろ? 僕もなにか残り物があったら出してくれないか。ダニエルが美味い店を見つけたと言って通い詰めてるから、この間から気になってたんだ」
ダレニアン卿はそう言いながら、椅子をひいて、セリカたちが食事をしていたテーブルに座ってしまった。
セリカは驚いて母親の方を見たが、何も言うなと首を振っていたので、そのまま黙って立っていた。
カールが気を利かして、父さんの所にダレニアン卿の注文を伝えに行ってくれた。
「セリカもトレント夫人も、席についてくれないか? 食事の前に話せることだけを話しておく」
侯爵がそう言うので、セリカと母親はおずおずと椅子をひいて、難しい顔をしている二人の前に座った。
「初めに言っておく、今日の手紙の一件の大元の原因は、ここにいるクリストフだ」
「大事になってしまってすまないね。ジュリアンと念話で話してる時につい口が滑っちゃって。ダニエルに散々絞られたから、勘弁してほしい」
ダレニアン卿はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
貴族に頭を下げられたことにも驚いたが、セリカと母親には何の話をしているのかさっぱりわからない。
戸惑っているセリカたちの様子を見て、侯爵が説明をしてくれた。
「今、クリスが言ったジュリアンというのは、この国の第一王子ジュリアン・テレンス・ファジャンシルのことだ」
「は?」
もしもし、第一王子って……王様の子どものことだよね?
「私たち三人は学友でね。その上、ジュリアンと私は従兄弟なんだ。ここは王都から離れているからあまり知られていないだろうが、私の父、エクスムア公爵と現国王ファジャンシル15世は兄弟になる。父は三男だったから、結婚した後で妻の家を継ぐために臣下に下ったんだ」
「国王……」
なんか話が大きすぎて受け止められないかも。
でもお父様が「公爵」なのにどうしてラザフォード様は「侯爵」なのかしら。
この間も思ったけれど、貴族制度のことはよくわからない。
「公爵家は長い歴史の中で係累が途絶えたいくつかの爵位と領地を持っていてね、嫡男が継ぐ最初の領地がラザフォード侯爵領なんだよ」
「ああ、それで」
「そうだ、それで私の今の名前がラザフォード侯爵になっているというわけだ」
「そんな家の係累のことより、ダニエルの女嫌いを説明すべきなんじゃないか?」
「……クリス、平民は貴族のことをあまり知らないから、先ずはそこからだよ」
二人がそんなことを言い合っている間に、父さんとカールが出来立てのスパゲティやピザ、サラダやエールなどを持って来てくれた。
貴族が二人して、私たち家族にも一緒に食卓を囲んで欲しいというので、六人で揃って食事を始めた。
緊張で正直、食べ物の味がよくわからない。
いつもはかき込むように食べているカールと父さんも、チビチビとお上品に食べ物を口に入れている。
ある程度、皆のお腹が満たされたところで、侯爵がエールを片手に先程の続きを説明してくれた。
「さっき言ったように、クリスがジュリアン王子に口を滑らせたお陰で、私がセリカに婚約指輪を渡していることが王家にバレてしまった」
「「「は?」」」
両親と弟の3人が、心底驚いてラザフォード侯爵の顔を凝視した後に、無言でセリカの方を問い詰めるように見つめた。
「父さん、母さん、これには理由があるのよ」
「そうだ。婚約指輪と言ってもセリカを守るためのものだ。セリカが魔法を使えることで、困った男に目をつけられてしまってね」
「アネキが魔法?!」
カールが持っていたスプーンを落として、椅子から飛び上がった。
父さんと母さんはこの世の終わりのような顔をして、がっくりと肩を落としている。
「父さんも母さんも、アネキが魔法を使えることを知ってたの?!」
「カール、黙っててごめんね。魔法が使えることがバレたら、貴族に養子に出されるかもしれないと思って、怖くて誰にも言ってなかったのよ」
「姉さん……」
「そうか、弟君は知らなかったんだね。うーん、もうしばらくは黙っててもらったほうがいいかもしれない」
「はい……わかり、ました」
「あの時、馬車にコルマ男爵が乗ってなかったらこんなことにはならなかったんだが」
「コルマ男爵様というのは西の領地の?」
黙っていた父さんが顔をあげて侯爵様を見た。
父さんの顔つきを見ると、どうやらあまり評判のよくない人らしい。
「ああそうだ。セリカは男の子を助けるために魔法を使ってしまったんだけど……その時の馬車に、ちょうどコルマ男爵も一緒に乗っていたんだ。用事があったので、私も付き添ってダレニアン伯爵邸に向かっていたんだよ。しかしこの男がセリカを手籠めにするつもりだと知って、気の毒になってね。それで、ここを訪ねて、セリカを守るためにあの指輪を渡すことになったというわけだ」
「まあ……侯爵様。そんなこととはつゆ知らず、お礼も申しませんで失礼いたしました」
母さんは侯爵を拝むようにして何度も頭を下げている。
「奥さん、お礼を言うのはちょっと早いかも知れないよ。こっちの方が、もっとひどい面倒ごとになったかも」
「ク・リ・ス! 誰のせいだと思ってる!」
「ヤバっ。……悪かったって」
手籠めにされるよりもひどい面倒ごとなんてあるのだろうか?
けれど、それから侯爵様が話してくれたことを聞いて、家族全員が真っ青になったのだった。