おもてなし
翌日には、泊まっていた半数近くの客が帰って行くことになった。
セリカとダニエルは次々と出立していく招待客を見送るために、ずっと玄関に立っていた。
ダレニアン伯爵家の人たちやセリカの家族も今日帰るので、自分の馬車の準備を待つために玄関わきの控室に降りてきていた。
先にダレニアン伯爵家の魔導車が準備できたので、伯爵夫妻が控室から出て来た。
セリカはすぐに側までいって声をかける。
「お義父様、お義母様、遠いところを来ていただいて、ありがとうございました。また機会があったらお出で下さいね」
「そうさせて頂くよ。身体に気をつけて、これからも頑張りなさい」
「はい!」
ダレニアン伯爵は、先日の事件のことを聞いて、ものすごく心配していたらしい。
今日も珍しくセリカの手をギュッと握って、こっそりと「無茶をしないようにな」とささやいて馬車に乗り込んだ。
お義母様は「よくやったわ」とウィンクしてくれた。
詳しくは教えてくれなかったが、どうもビショップ公爵家に嫌いな人がいるようだ。
「クリストフ様、マリアンヌさんとペネロピによろしくお伝えください」
ダニエルと肩を叩き合っていたクリストフにセリカが挨拶をすると、クリストフはセリカの土産を「妻たちにちゃんと渡すよ」と言って、手で持ち上げてくれた。
フェルトン子爵邸の部屋のインテリアに合わせて、セリカが手作りしたものだ。
気に入ってくれたらいいのだが。
ダレニアン伯爵家の魔導車が出て行った後で、セリカの家族も玄関に出て来た。
カールがすぐにセリカを見つけて、かけ寄ってきてくれた。
「アネキ、世話になったな。貴族生活は大変だろうけど、頑張れよ」
「うん。カールもお店を休んで来てくれてありがとう。ダレーナの街の人たちにもよろしく言ってね」
「ああ、ハリーたちに話したら驚くだろうな。レイチェルはアネキのドレスをよく見てこいってベッツィーに頼んでたからな」
カールは皆の反応を考えて、もうニヤニヤしている。
「レイチェルは当分、話題に事欠かないわね」
「そうそう、絶対私にありとあらゆることを聞いてくるわよ。まぁ、話すことはたっぷりあるけど」
ベッツィーも、噂話の好きなレイチェルの性格にすでに慣れているみたいだ。
セリカは交互に二人を抱きしめて、父さんたちのことを頼んだ。
「わかってる、こっちは任せとけ」
「そうよ、セリカの抜けた穴は大きいけど、お義母さんと私でなんとか工夫して埋めていけてると思う。またダレーナに帰ってきた時には、必ず店に寄ってね」
「うん、そうする」
ダニエルに長々と挨拶をしていた父さんたちもセリカのところにやって来た。
「セリカ、侯爵様を大事にするんだぞ」
「はい、父さん。ディクソンに味付けのポイントを教えてくれてありがとう」
「なんだ、そんなことはたいしたことじゃない。あの男は研究熱心だ。いい料理人がいて、良かったな」
「うん、父さんの味とはちょっと違うけど、ここの料理も美味しいから何とかやっていけそう」
セリカがそう言うと、父さんは苦笑しながら昔からしていたようにセリカの頭をポンポンと叩いた。
母さんは、セリカを抱きしめた後で、両手を握ってきた。
「セリカ! 身体にだけは気を付けるんだよ」
「わかってる。母さんの方こそ気をつけてよ。すぐに無理をするんだから」
「ベッツィーが来てくれたからね、助かってるよ。今は庭でハーブも育ててるしね」
「へぇ~」
母さんがベッツィーの話をする時の顔が明るい。
なんとか上手くやっているようだ。
良かった。
― そうね、嫁と姑の仲がいいのが一番だよ。
家族を乗せた魔導車が遠ざかっていくと、どうしても胸がキュッと痛んだが、ダニエルがセリカの側にいてくれたので、前のようには辛くなかった。
私もここで母さんたちのように、家族が笑い合えるような家庭を作るんだ!
セリカはダレニアン伯爵領に住む2つの家族を見送りながら、そんな決意を新たにしていた。
◇◇◇
朝の見送りが済むと、セリカとダニエルは今日も泊まる人たちと一緒に、湖畔の林にピクニックに行くことにした。
国王夫妻はすでに帰ったが、王子は三人とも残っていた。
セリカは第三王子のクリフとはまだ言葉を交わしていなかったが、談話室にいた若い女性とずっと一緒にいたところは見ている。
ダニエルが邪魔をしないほうがいいと言ったので、挨拶もしなかったのだ。
クリフ王子は、お母様であるシオン第二王妃に似ていて、髪も目も黒色だ。
この色合いはオディエ人の特徴をよく受け継いでいる。
背の高さは国王に似ているようで、これからもっと伸びるのだと思わせるものがあった。
14歳だが、すでにセリカの背丈よりは高い。
若竹のようにひょろりと伸びた、青年期特有の肢体をしていた。
湖に向かう緩やかな斜面を、三人の王子とその取り巻きの人たちが下っていく。
若い人たちはみんな、王子たちに話しかける機会をうかがっているようだ。
エクスムア公爵家の長女のアナベルはダニエルを諦めてくれたのか、しきりにジュリアン王子に話しかけていた。
ダニエルは年齢が高い人たちを連れて、みんなの後を追ってゆっくりと歩いている。
セリカは義妹のカイラと話をしているうちに、集団の最後尾になっていた。
そんなセリカたちに声をかけてきたのは、昨日クリフ王子と一緒にいた女性だ。
挨拶がまだだったので、わざわざセリカを待ってくれていたらしい。
「セリカ様、ご結婚おめでとうございます。昨日は挨拶が出来ませず、申し訳ございませんでした。私、サウザンド公爵家のシンシアと申します。よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます、シンシア様。こちらこそよろしくお願いします。素敵なお祝いを頂戴して、ダニエルと喜んでおります。お父様によろしくお伝えくださいませ」
挨拶だけかと思っていたが、もしかしたら彼女には、別の思惑もあったのかもしれない。
シンシアは隣にいたカイラの方をチラチラと見ながら、なにか聞きたそうな顔をしていた。
「シンシアさん、セリカさんは話が分かる人です。あのことを話しても大丈夫だと思います」
「そう、良かった」
あのこととは何なのかわからないが、カイラとシンシアは知り合いのようだ。
「お二人は……?」
「学年は私の方が一学年上なんですが、公爵家の娘同士でもあったので、カイラとは寄宿舎でよく話していましたの。もう一人のその……アナベルとは、話が合いませんでしたが……」
「そうですか」
うーん、アナベル。
あなたは学院でも尖がっていたのね。
「シンシアさん、私は母の所へ行っていますね」
「ありがとう、カイラ」
カイラは紹介の役目は果たしたと思ったのか、前のグループに追いつくために走って行った。
おやおや、これってどういうことなんだろう?
「あの、セリカさん……」
「カイラの一つ上なら、私たちは同い年ですね。呼び捨てで結構ですよ、シンシア」
「ありがとう、セリカ、話しやすいわ。その、本当はこの話はカイラに頼もうと思っていたんです。でもカイラは、兄なのにダニエル様に話しにくいというし、セリカさんに頼んだほうがいいって言うもんだから……」
「はぁ、なんでしょう?」
シンシアは少しモジモジしていたが、湖が近づいているのがわかったからか、立ち止まって話し始めた。
それは彼女の結婚についての話だった。




