宴の後に
結婚式と披露宴が終わると大多数の客が帰っていった。
しかし身内や親しいものは二日ほど逗留する習慣になっているらしい。特に若者はこういう集まりでの出会いを、一つのチャンスと捉えているようで、社交好きな何人かがまだ屋敷内に留まっていた。
泊り客たちは、たいてい談話室に集まって、話をしながらくつろいでいるようだ。
セリカとダニエルも着替えをして談話室に降りて行くと、すぐにジュリアン王子に捕まった。
「セリカ、リングピローが君の手作りだと聞いたが、本当か?」
「はい、ダニエルと私のイメージで作った柄を合わせたものです」
「私はマーガレットの花が好きなんだ。私にもマーガレット柄のクッションを作ってくれないか?」
ジュリアン王子はバノック先生が言われていたように、本当にマーガレットの花が好きらしい。
「はい」
「断る!」
ダニエルがすかさず、ジュリアン王子に断りを入れる。
顔を見ると怒っている。
なんで?
「プッ、まさかセリカを私に盗られるとでも思っているのか?」
「あの花はセリカの花だ。今後、ジュリアンは違う花を好きになれ!」
……ダニエル。
それは理不尽な要求だよ。
「クククッ、お前のこんな面白い顔が見られるんなら、譲歩してやるよ」
ジュリアン王子も、それでいいんかい?
「お前ら、また何をやってるんだ?」
落ち着いた声で割り込んできたのは、第二王子のヘイズ殿下のようだ。
目の色も髪も落ち着いた茶色で、国王の第一夫人であるアデレード王妃によく似ている。
一緒にクリストフもやって来ていた。
どうやら、今まで二人で話をしていたらしい。
「ジュリアン、私はさっきもクリストフに文句を言ったんだが、お前にも言っておく。マリアンヌが第二子を身ごもったそうじゃないか。やっぱりお前の意見なんか聞かずに、マリアンヌを第二夫人に迎えておくべきだった」
「後の祭りですよ、兄様。いくら好きでも、マリアンヌは第二夫人には向かない性格です。なぁセリカ、君もそう思わないか?」
ジュリアン王子に急に尋ねられたが、セリカも常々思っていたことだったので、即答した。
「はい、私もマリアンヌさんは第一夫人向きの方だと思います。第二夫人だと、あの方の活動的な一番良い面が生かされないと思います」
「活動的? 彼女は貴族学院のお淑やかなマドンナだったんだぞ。何かの間違いだろう」
ヘイズ王子はセリカの言葉が信じられないようで、すぐに否定した。
セリカは義理の兄であるクリストフを見上げた。
「マリアンヌはセリカが言う通り、どちらかといえばお転婆です。一緒に乗馬をしていても、私に競争を挑む負けず嫌いなところもあります。第二夫人であるペネロピのこともよく導いてくれていますし、いい意味で第一夫人として最適な妻だと思っています」
クリストフの言葉に、ヘイズ王子は愕然としていた。
もしかして、これがダニエルが言っていたことだろうか?
マリアンヌさんが懐妊した時に、「ヘイズ兄さんがジュリアンにまた文句を言うな」と呟いていたことがある。
どうやら妃の選定の時にジュリアン王子が口を挟んだみたいね。
それにしてもマリアンヌさんは、お妃候補の一人だったんだな。
ヘイズ王子は「マドンナ」と言っていた。
同じ歳だし、学生の時にマリアンヌさんに憧れていたんだろうか?
― 恋フィルターがかかっちゃうと、本人の性格を客観的に把握できなかったの
かもね。
そうだね。
でもマリアンヌさんはクリストフ様の奥さんの方がいいよ。
ダレニアン伯爵家で生き生きしてたもん。
「それはそうとセリカ、ピザの味が予想とはまるで違っていた」
ジュリアン王子の言葉にセリカはドキリとする。
「美味しくなかったですか?」
「その反対だ。ここのピザの方が美味しい。私はダニエルが食べているのが羨ましくて、宮殿のコックに説明して作らせたんだ」
「は?」
そこまでしてたんだ。
「マーガレットの花は諦めるが、ピザの作り方を教えてくれ」
「はぁ」
― ジュリアン王子、それって花より団子ですね。
でもこれって、商売になるよね。
貴族、いや王子様でも庶民の味を美味しいと感じるんだもの。
― セリカ、経営者の顔になってるよ。
フーム、一度ダニエルに相談してみようかな。
談話室にいる人たちに一通り挨拶に回った後で、部屋に引き上げようとしていたら、ダルトン先生とフロイド先生が喫茶室に座って、二人だけで話をしていた。
「こんなところにいらしたんですか? 先生方、今日は来ていただいてありがとうございます」
「ああ、セリカさん、ダニエル。いい式だったね。斬新な試みがたくさんあったから、女性陣が興奮してお喋りしていたよ」
フロイド先生が、自分が座っていたテーブルで話されていた褒め言葉を色々と教えてくださった。
皆さんに楽しんでいただけて良かったねと、ダニエルと目を見交わす。
「式は良かったんじゃがな。ちと気になることがあっての。セリカさんのアン叔母さんという人は、どんな人なんじゃ? ウォーターストーンをくれたという貴族は何という名前なのか、聞いたことがあるか?」
「いいえ、ダルトン先生。私はフロイド先生たちと訪ねた時に、あの石を初めて見たんです。アン叔母さんは、アン・コロンといって、長年ビューレ山脈の麓の森の中で薬師をしております」
「コロンか…… わしが若い頃に見たウォーターストーンとは、違うのかのぅ?」
ダルトン先生のこの探求心が、新たな繋がりを紡いでいくことになるということをこの時のセリカたちは知らなかった。




