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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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光と共に

一階の大広間には、大勢の招待客が10人ずつのテーブルに分かれて座っていた。


セリカとダニエルは会場後ろの扉から入り、中央の赤いジュータンを歩きながらゆっくりと前に進んで行く。

片隅に控えている弦楽四重奏団が、荘厳な調べを奏でていた。


正面の一段高くなったところには、宝玉が埋め込まれた剣を持つ、ファジャンシル15世が立っている。

背が高く、あたりを睥睨(へいげい)するような堂々たる立ち姿は、ダニエルの威圧感に通じるところがあった。


やっぱりお義父様よりも、国王陛下の方がダニエルに似てるみたい。


― そうね。

  あの目つきがそっくり。



セリカは緊張感に包まれたまま、ダニエルと一緒に陛下の前に(ひざまず)いた。

会場中がこの場を静かに注視している。


シンとした空気の中で、国王が口を開いた。


「ラザフォード侯爵、(なんじ)は妻を(めと)るにあたり、更なる国家、臣民に対しての忠誠を誓うか?」


「はい」


「妻セリカ、汝は夫を支え、侯爵家の更なる発展に寄与する心づもりがあるか?」


「はい」


「ならば余は、ファジャンシル15世の名において、そなたたちの婚姻をここに結ぶ」


国王は、ダニエルの肩に持っていた宝玉の剣をあてる。


ダニエルとセリカは、(こうべ)を垂れてそれを受けた。



「婚姻の印となる指輪をこれへ」


「はい!」


セリカが作ったリングピローの上に置かれた指輪を持って来てくれたのは、なんとダニエルの従者のコールだった。


まだ眩暈がすると言っていたので、領地管理人のヒップスが付き添いの代わりを務めると言っていたのに、大丈夫なのだろうか?


そっと顔色を見ると、コールは頭に包帯を巻いた青白い顔で、セリカたちにニッコリと微笑んだ。


兄弟としてどうしてもこの役目を全うしたいという強い意志が、そこに見えた。



ダニエルはそんなコールに頷いて、妻用の結婚指輪を受け取り、セリカの左手の薬指に収まっている婚約指輪に近づける。


「ん?」


こうすると婚約指輪が外れると聞いていたが、何度試みても外れない。


高い段の上から見ていた国王が、痺れを切らしたようだ。


「ダニエル、そのまま婚約指輪の上に結婚指輪をはめなさい」


「……はい」



ダニエルがセリカの指に結婚指輪をはめると、指輪同士が触れ合ったところから赤い閃光が走り、大広間中を真っ赤に染めると、徐々に光を弱めていき最後に線香花火のようなきらめきを残しながら消えていった。


会場は見たことがない赤い光の奔流に(ざわ)めいている。


光が収まってよく見ると、セリカの手の上で婚約指輪と結婚指輪が融合していた。


「これは……よほど強い指輪の意思がそなたたちを結び付けているようだな。指輪に恥じぬように、よき夫婦(めおと)となりなさい」


「「はい」」


セリカとダニエルはやや呆然としながらも、式次第を続けることにした。



セリカもリングピローから結婚指輪を取って、ダニエルの大きな手にはめる。


これで二人は、社会的にも認められた夫婦になった。


思わず二人で顔を見合わせて微笑み合った。



どこからともなく拍手が起こり、やがて会場中の人たちが立ち上がって拍手喝采をして、二人の婚姻を祝ってくれた。



国王が席につき、再び会場が静かになると、ダニエルは部屋全体を真っ暗にした。

セリカはそんな暗闇の中で自分が折った折り鶴を魔法で飛ばして、一羽一羽をお客様のもとへ届けていく。


提灯のように光りながら飛んで行く折り鶴は、この空間に幻想的な空気を産み出していた。


折り鶴が揃ったテーブルから、今度はダニエルが魔法でキャンドルを灯していく。

奏子から聞いていた日本のキャンドルサービスのファジャンシル王国バージョンだ。


「おおーーーっ!」という歓声がそちこちであがっている。

皆さんが楽しんでくださっているのが伝わって来た。




◇◇◇




ジュリアン第一王子が乾杯の音頭をとると、ダレニアン伯爵家のお祝いの会の時のようにすべての貴族が魔法の光を放ち、セリカたちを祝ってくれた。


さすがに出席者が魔法量の多い人ばかりだったので、その光の眩しさは半端なかった。



会食が始まり、セリカは初めて女主人の席である長いテーブルの端に座った。


このテーブルには国王陛下を始め国の重鎮が座っている。


セリカの近くには以前会ったことがある魔法部門のトップであるザザビー総括と、外務大臣の第一夫人、ダベンポート夫人が座っていた。


こういう場は緊張するが、もてなし役としてセリカから話しかけなければならない。


「ザザビー様、ダベンポート夫人、今日は私共の結婚の儀に参列いただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、趣向を凝らした儀式を楽しませて頂いてますよ」


前回会った時よりもくつろいだ様子で、ザザビー総括がにこやかに応えてくれる。



「この紙の鳥を使った魔法は初めて拝見しましたわ。セリカ様はどちらで魔法を習われたんですか?」


ダベンポート夫人は会話にたけた人のようで、上手くセリカに話題を振ってくれた。


「魔法の方は、ダルトン先生の個人教授を受けました」


「ほぉー、ダルトン先生ですか。いや、それをお聞きするとセリカ様のご活躍も頷けますな」


「本当に」


どうやら二人の頭の中には、先日の事件のことがあるようだ。

「活躍」とは、なんとも言い得て妙な表現である。


セリカは恐縮したが、めでたい席であるため、それ以上詳しくは突っ込まれなかった。



最初のオードブルの中にピザが一切れ入っていた時には、隣のテーブルに座っていたジュリアン王子が、他の人たちにピザの説明をしているはしゃいだ声が聞こえてきた。


良かったね、ディクソン。

喜んでくださってるみたいだよ。



その後、魔法部門の政治への多角的な協力体制の在り方だとか、オディエ国を始めとする周辺国家の事情などの硬い話をしているうちに会食も進み、デザートの時間になった。



セリカとダニエルが再び立ち上がり前に出ていくと、料理長のディクソンが自らウェディングケーキの台を押して入って来た。

見上げるように高いケーキからはもくもくとスモークが出ている。

このドライアイスの演出は、今まで誰も見たことがなかったらしく、会場中がザワザワとさざめいている。


セリカとダニエルがウェディングケーキに入刀すると、折り鶴が一斉に羽ばたき、会場中に虹色のシャボン玉が飛び交った。


「わぁーーー!」


「すごいわ」

「綺麗ねぇ~」


喜びに湧く人たちのもとへ、少しずつ切り分けられたケーキが運ばれていく。


美味しそうにケーキを頬張る人たちの顔を見ていると、セリカは飯屋の仕事をしていた時の充実感を再び思い出した。



飯屋の仕事がしたいな。


― ラザフォード侯爵家の奥様の仕事もあるでしょ。


でもずっと刺繍をしたりピアノを弾いてるのはねぇ、性に合わないよ。


オディエ語も基本の会話は覚えたので、後はタンジェントやシータに話しかけて応用していく段階になっている。


週に二日でもいいから、レストランか何かできないかな。



この時のセリカの思いが、侯爵家のお膝元であるランデスの街だけではなく、ファジャンシル王国全体の食生活を変えていくことになるのである。

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