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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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対決

セリカが息を殺して通信機を見つめていると、タンジェントもすぐ側にやって来て、黙って自分の通信機を指し示した。

セリカも声を出さないようにして頷き、腕のレースをめくって、自分の通信機をタンジェントに見せた。



『……芝桜(・・)色のドレスを着て、……私に…………何の、用事ですか? ………オリヴィア嬢』


オリヴィア?!


セリカとタンジェントは目を丸くしてお互いの顔を見た。


なんと、誘拐犯はビショップ公爵の孫娘であるオリヴィアだったらしい。


ダニエルとの結婚を諦めて、ディロン伯爵の第一夫人として嫁ぐと、アリソンが言ってなかっただろうか?

いやもしかして、ビショップ公爵に命令されてのことだったから、本人としては納得していなかった?



『さすがですわね、ダニエル様。薬がもう切れてきたんですの? もう少し、あなたの眠る姿を見ていたかったのに………』


オリヴィアがダニエルの近くにいるのか、話していることがハッキリと聞こえてくる。


『こんなことをして………ただで済むと、思っているんですか?』


『フッ、おじい様がもみ消してくださいますわ。私はあなたの第一夫人になるんですから』


『ハハ……私の妻は………愛するセリカ、ただ一人です。他の……誰も、妻に迎えるつもりはありません』



………愛する?


ダニエルは、私を愛してくれてるの?!



セリカは呆然としていたが、タンジェントがセリカの服を引っ張って、屋敷の裏手に連れて行こうとしている。

セリカは通信機に耳を傾けながら、低く飛んでタンジェントの後をついて行った。



『そのセリカとやらは、すでにあなたの屋敷にはいませんわ。今時分はコルマ男爵が捕まえて、一緒に国外に逃げているところです』


『コルマ?! ……あの者は、もう男爵ではない!』


『そんなこと、どちらでもよろしいでしょ。あなたの妻になる人は、もうこの私しかいないのですっ!』


オリヴィアの叫び声が屋敷の壁越しに聞こえてきたので、タンジェントが手の合図で通信機のスイッチを切るようにセリカに言った。



タンジェントが指を5本出して、その内の4本を手でまとめて首を切る動作をする。


― どうやらタンジェントはこの屋敷にいる4人の人を片付けてくれたみたいね。


それで時間がかかってたのか。



タンジェントと一緒に、叫び声が聞こえていた部屋の窓の下に座り込む。

窓には厚いカーテンがかかっていたが、中の話し声は微かに聞こえていた。


「あなたを、妻にすることなどありえません。それは今までにもずっと、伝えてきたはずだ」


「私と一晩ここで過ごしたことがわかったら、責任を取らざるを得ないでしょう?」


「フッ、そんなことをするぐらいなら、この国を捨ててセリカを探しに行きますよ。権力にも地位にも未練はありませんから」


「なんですってっ?! そこまでして、私を拒むんですの?!!」


逆上してきたのか、オリヴィアの声がヒステリックな金切り声になっている。



「ヤバい。セリカ様、突入します。援護をお願い致します」


「フフフ……任せて!」


セリカは地面に手を当てて、思いっきり魔力を叩き込んだ。

屋敷全体が大きく揺れながら地面に飲み込まれていく。


中では突然の地震にオリヴィアがキャーキャーと大声をあげている。


タンジェントはそんなセリカを見て、呆れて首を振りながら、窓ガラスを壊して部屋に突入していった。


急に飛び込んできたタンジェントに驚いて、オリヴィアは後ずさっている。

その間にタンジェントは、ダニエルの(いまし)めをすぐにナイフで解いた。


セリカも続けて窓から部屋に飛び込んだ。

しかし廊下側の歪んだドアを力任せに壊して、ガタイのいい男が一人、駆け込んでくる。


セリカは、すぐさまその男を強力な風魔法で吹き飛ばした。

男は大きな音をたてて廊下の壁にめり込み、「ウッ」という声を最後に気を失った。



「タンジェント、私が押さえているからそこにある袋をこの女に(かぶ)せてくれ!」


ダニエルは魔法量の多いオリヴィアを力ずくで床に押さえ込んでいる。


タンジェントはオリヴィアを袋で包むと、リュックサックから紐を取り出して、芋虫のようにぐるぐる巻きにした。


オリヴィアは悪態をつきながら転げまわっているようだが、この袋は魔力を遮断するようで、布を破って外に出てくることはなかった。



「早かったな。ここに来るには一刻以上はかかると思っていた」


「それで、何人もの男を相手に一人で戦うおつもりだったんですか? 本当に、この夫婦ときたら……」


冷静に言い放ったダニエルの言葉に、タンジェントが呆れている。


セリカは、うるさく悪態をついているオリヴィアの頭を押さえつけて、低く唸った。


「静かにしなさい! 人の大切な男に、手を出してくれちゃって…… おかしな妄想が湧いているこの頭を、カチ割ってもいいのよっ」


怒りをこらえきれないセリカの脅しに、さすがの公爵令嬢もビビったのか口を(つぐ)んだ。




「ウッ、ゴホン。お二人ともお昼がまだでしょう。リュックサックにサンドイッチが入ってますから、外でランチをしてこられたらどうですか? この屋敷は……ちょっと、使えそうにありませんし……」


「しかしタンジェント、他にも男がいただろう?」


ダニエルは廊下で伸びていた男に縄をかけながら、不思議そうに聞いた。


「そっちは片づけました。女が一人厨房にいます。そいつは縛ってあります」


「へぇ、手際がいいな」


ダニエルはタンジェントの働きに感心して、意識のない男とリュックサックを交換した。

タンジェントは男の手に魔力を遮断する布をかけながら、こちらは見ておくので任せるように言ってきた。


「それならセリカ、いつものランチにするかな」


「そうですね。今日はちょっと、遅くなっちゃったけど」



二人は窓から飛び上がって、屋敷の屋根までのぼると、そこにランチの包みを広げた。


「お、通信機のスイッチがそのままだった」


ダニエルはスイッチを切ると、涼しい顔をしてセリカに尋ねる。


「セリカ、ここの屋敷は少しばかり土の中に埋まっているように見えるが……?」


「えー、第一声がそれですか? 『助かったよ、ありがとう、セリカ』とかじゃないんですか?」


「セリカ……?」


威圧感があるのよね~、この人。


「すみません、言ってませんでしたが土魔法が使えます」


ダニエルは目を閉じて天を仰いだ。



「どうして、私に言わなかったんだ」


ダニエルの顔が怖い。

セリカは目をそらして言い訳をした。


「だって、また化け物って言われるかと思って……」


「……お喋りクルトンか。あの野郎、もう一発殴っとくべきだったな。セリカ、私にはもう隠し事はしないでくれ」


「……わかりました」



「セリカ」


ダニエルの声にセリカは顔をあげようとしたが、目の前がダニエルの胸で覆われた。

ぎゅっと抱きしめられて、頬にキスをされる。


「助かったよ。ありがとう、セリカ。……愛してる」


耳元で(ささや)かれた愛の言葉が、震えながらセリカの中へ染み込んできた。


「私も、私も愛してます。もう言えないかと思って……怖かった」


ランドリーさんの話を聞いてから、ずっと心の中にあった言葉を、セリカもやっとダニエルに言うことができた。




◇◇◇




執事のバトラーが飲み物や果物まで用意してくれていたので、セリカとダニエルは見晴らしのいい屋根の上で、風に吹かれながらランチを楽しんだ。


夕方近くになり、強く吹いていた風は徐々に弱まってきていた。


遠くから馬車の音が聞こえてきたので、警戒したダニエルが空に飛び上がり様子を見にいった。


「大丈夫、うちの魔導車だった」


空から降ってきた安堵の言葉を聞いて、セリカは胸をなでおろした。


良かった。

また、敵がやって来たのかと思ったよ。



馬車が車回しに入って来たので、セリカたちも荷物を持って屋根から飛び降りた。


馬車から出てきたのは、意外な人物、ダルトン先生だった。

続いて、知らない人が二人降りてくる。


「助かって良かったのう、ダニエル!」


ダルトン先生はダニエルに駆け寄って、力強く握手をしながら肩を叩いている。


「ご心配かけました。ダルトン先生はどうしてこちらへ?」


「わしはたまたまフロイドに会いに、魔法科学研究所に向かっとったんじゃ。着いてみたら大騒ぎでの」


「ダルトン先生は、コルマたちを一網打尽にして、退治してくださったんですよ」


くたびれた背広を着た姿勢のいい中年男性が、ダルトン先生の話を補足する。


「こちらは?」


「あ、失礼しました。私、王都警備局のドイルと申します。こちらは魔法部門の(けい)ら協力部のアレス部長です」


「アレスです」


「お世話になります」



「ということは、お二人に犯人を引き渡せるんですね」


「はい、私どもが預かって帰ります。また日を変えて、事情聴取にご協力いただきたいんですが……」


「はぁ~、仕方ありませんね。明日の13刻に予定をあけますので、いらしてください」


「お忙しい時に申し訳ございません。助かります」



外でそんな話をしているうちに、タンジェントが袋に包まれたオリヴィアを担いで連れて来た。


「それじゃあ、わしはオリヴィアを護送する馬車に乗ろうかの」


どうもアレスの魔法量では、公爵令嬢クラスの魔法に太刀打ちできないらしい。そこでダルトン先生が見張りに手をあげてくれたということだ。


ここにあった公爵家の魔導車を使い、ダルトン先生とドイルがオリヴィアを護送していく。

タンジェントとアレスの方は、拘束したオリビアの部下たちを乗せて、うちの魔導車で屋敷を出て行った。




「それじゃあ、家に帰ろうか」


ダニエルが指笛を吹くと、茜色の夕暮れの中をポチが嬉しそうに翔けてきた。



ポチはダニエルとセリカを乗せると、真っ赤に染まった太陽に向かって飛んで行く。


セリカはダニエルの広い背中に頬を預け、この逞しい身体をもう二度と離したくないという思いを込めて、強く、腰にしがみついた。


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