アリソンの事情
最後の衣装合わせが必要だということで、セリカたちは今日、レイトの街のブリアン服飾店に来ている。
アリソンに言われて、出来上がったウェディングドレスを着たまま部屋の中をぐるりと一周すると、その場にいた人たちからため息がもれた。
「セリカ様、素敵です! 花びらのフリルが揺れて、薔薇の精みたいに見えますよ」
侍女のエレナが手放しでセリカを褒めると、ドレスを作ったアリソンも満足したようだった。
「素材がいいと服も映えるわね~ セリカの栗色の髪や乳白色の肌が、やっぱりこの布の色に合ってるわ。最初にこの布を選んだ侯爵閣下を、ちょっと見なおしたかも」
「布はダニエルが選んだんですか?」
「そうよ。『この布がいい。元気でしなやかな感じの女性だ。そのイメージでデザインしてくれ』って言われたのよね。普段は女の人に興味がなさそうなのに、よく見てるでしょ? これは今日、納品出来そうですね。それじゃあ着替えてもらって、お茶にしますか」
一か月に渡って作ってきたウェディングドレスが完成して、アリソンの声も弾んでいる。
ダニエルったら、そんなことを言ってたんだ。
元気っていうのはよく言われてたけど、しなやかって言われたのは初めてだな。
― 最初からそんなに嫌われてはなかったのかもね。
最近は、好き好き光線を感じるし。
え?
そんな光線、出てた?
― セリカって、鈍すぎる。
帰ってからダニエルをよく見てみなさいよ。
……うん。
控室に戻って豪奢なソファに座ると、すぐに紅茶とお茶菓子が出てきた。
いつ見ても、ここの給仕の所作は美しい。
「あら、イチゴのパイね! 美味しそう」
カスタードクリームの上にたっぷりとのったイチゴが艶光りしている。
セリカはフォークでサクリとパイを切り分けて、口いっぱいに旬のイチゴを頬張った。
「ん~、甘くて美味しい! イチゴパイを食べたって言ったら、ダニエルが羨ましがるわね」
「そうですね、侯爵閣下はイチゴが好きだから」
……アリソンって、前に来た時も思ったけど、ダニエルと親しいみたいね。
「ねぇ、アリソン。ダニエルとはどんな関係なの? まさか、お妾さんじゃないわよね」
「やっぱりわかっちゃうのかな。なるべく侯爵閣下って言うようにしてるんだけど」
「え?! 本当にお妾さんだったの?」
「違いますよ。んー、幼馴染みっていうか……姉弟みたいなものかな」
「姉弟? もしかして平民のお母さまと暮らしてた頃の知り合いということ?」
「そうなんです。ダニエルのお母さんのサラが亡くなるまでは、隣同士でね。一緒に育ったようなもんなんです。両家とも母子家庭でしたし、子育ても協力し合ってましたから」
「それでなのね。ダニエルがアリソンに対しては斜に構えないで話してるような気がしたから……」
「さすがに奥様ですね。そこまで指摘されたのは初めてです。ダニエルは私がデザイナーになったって言ったら、成人してラザフォード侯爵になるとすぐに、ここのブリアン服飾店に紹介してくれたんです。恩人なんですよ。今の私があるのはダニーのお陰です」
そう言って微笑むアリソンの顔は、優しい姉の表情をしていた。
ダニーか、小さい頃はそう呼ばれてたのね。
― あの侯爵閣下にも小さい頃があったのねぇ。
それから、ダニエルの食べ物の好き嫌いや子どもの頃の失敗談なんかをアリソンに教えてもらった。
おねしょをして泣きながらアリソンの家にやって来た話なんかは、可愛らしくて笑ってしまった。
今のあの有能そうなダニエルしか知らない人が聞いたら、驚くよね。
思いのほか打ち解けた話ができて楽しかった。
「セリカにここまで話をしたら、これも言っておこうかしら。ちょっと内緒で、伝えときたいことがあるの。顧客情報に関わることだから、他言無用でお願いね」
「……ええ」
「ビショップ公爵の孫娘のオリヴィア様の名前を聞いたことがある?」
「んー、この間、エクスムア公爵家のカイラさんに聞いたかも? 国王陛下の第一夫人のご実家の方かしら?」
「そうそう。オリヴィア様はダニーの第一夫人の座を執拗に狙ってたの。実を言うと……うちでウェディングドレスもこしらえてあったのよ。でも、魔法量の多いセリカの登場でしょ。あそこの公爵家としても方針を変えざるを得なかったみたい。おじい様のビショップ公爵の一声で、今度、ディロン伯爵の第一夫人としてお嫁入りされるそうよ。ダニーもこれで一安心なんじゃないかしら。ビショップ公爵家の圧力がすごかったから」
「まぁ、それって朗報……よね?」
「ダニーにとってはね。でもセリカはパーティーなんかで会ったら気をつけて。ディロン伯爵って、こう言っては申し訳ないけど、ぼんやりした方でね。30歳で初婚なのよ~ オリヴィア様は15歳になったばかりだから、親子ほどの年齢差もあるしねぇ。ダニーと比べるとやっぱり見劣りするでしょ? セリカはたぶん恨まれてると思うわ」
「うわっ」
ひぇ~
なんかめんどくさそう。
― 触らぬ神に祟りなしだね。
なるべく側に行かないことにしよう。
なんだかいろんな話を聞いてしまった。
ダニエルによると最近は、パーティーへ夫婦で出席してほしいという招待状がたくさん来ているらしい。
今はすべて断っているそうだが、結婚式をした後はいくつかパーティーへ出席しなければならなくなるそうだ。
そのため、夏の夜会用のドレスも今日は注文した。
セリカにとって貴族のパーティーというのは、まだ遠い未来の、霞のかかった先の話だった。




