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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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内輪の話

セリカがダニエルにエスコートされて応接間から出ると、足早にタンジェントがやって来た。


「侯爵閣下、ネズミがおりました」


「やはりな。何人だ?」


「二人のようです」


「フム、父上に進言しておいたほうがいいな。セリカ、相手はカイラだから大丈夫だとは思うが、一人で図書室に行けるか?」


「ええ。でも、ネズミって何ですか?」


「スパイのようなものだ。タンジェントの部下に、どこの手の者か調べさせる」


「……わかりました。お気をつけて」


「君もな」



- ひえ~、なんだか映画の中の話みたい。

  スパイって、本当にいるのねぇ。



セリカが図書室に行くと、もうカイラが来ていてソファに腰かけていた。


「ごめんなさいね、お呼びたてして」


「いいえ、何のお話なんでしょうか」


カイラは言葉を探して少しの間、下を向いていたが、意を決したように話し始めた。


「セリカさん、あなたはまともそうな人だから、我が家のことをもう少しお伝えしておいた方がいいと思ったんです。たぶんダニエル義兄様は詳しい内情をお話にならないと思うので……」


「でも、私が聞いてもいいお話なのかしら?」


「お父様が亡くなられたら、あなたがここの第一夫人になるんですよ。事情を知っておられたら、対処の仕方があると思います」


「はぁ」



そう言ってカイラは話し出したのだが、カイラが内気で大人しいという最初の印象は間違っていたことがわかった。

この人は、辛抱強く無口を決め込んでいるだけなのだ。

客観的に人物を見定めて、自分が生きやすいように吹いて来る風を受け流している。

なかなかしたたかな人物だ。


「まず私たちの父親とその妻たちの関係をお話します。この家は第一夫人のシャロン様の実家であることから、父は第三王子であったにもかかわらず、主導権を奥様に握られています。第二夫人のハリエット様は伯爵家の出であることから、子爵家の出である私の母、つまり第三夫人であるグレタよりも、ことあるごとに優位に立とうとしています。私たち親子にとって、そのことは仕方のないことなんですが……実のところあの人は、第一夫人のシャロン様にさえ、これ見よがしに嫌がらせをすることがあるんです」


「まぁ……どうしてかしら?」


「性格でしょうね。ハリエット様は、負けず嫌いですから」


「……はぁ」


「私たち第二夫人、第三夫人の家族は、押しなべてこの公爵家では肩身が狭いんです。すべての権限が夫である公爵ではなく、シャロン様の方にあるんですから。黙って負けておくことができないハリエット様にすると、たまにでもやり返さないと、ストレスが溜まるのでしょう」


その理由だけで、許されることなのかしら?

でもなんだかドロドロしていて大変そう。


「シャロン様にお子様ができなかったこと。養子のダニエル義兄様が平民の血を引いていること。その奥様であるセリカさんも平民であること。そんな弱みをネチネチとつついてくることでしょう」


「へぇ、なんともご丁寧な方ね」


「父はこの奥さんたちの権力争いに辟易していて、コールの母親である平民の妾のところに逃げ出してばかりで、解決を図ろうとしていません。そのため、シャロン様はますますツンと孤高を保たれ、ハリエット様がのさばり、うちの母が愚痴ばかり言うことになるんです」


「なるほど……わかるような気もします」


「今日も父はハリエット様のご機嫌取りをするために、アナベルのことは公爵家の長女として紹介しましたが、同い年の私のことは、グレタの娘とだけ……」


「カイラ……?」


「ふふ、こんなことは慣れているのに、やっぱりちょっと寂しくなるんです」


そう言って、カイラは甘い自分を(あざけ)るように、ギュッと強く唇を噛んだ。


「アナベルと私が4歳の時に、ダニエル義兄様が養子としてこの家に来たんですが、その当時はシャロン様もまだ自分の子どもを産むことを諦めていらっしゃらなかったんです。だから最初はダニエル義兄様を平民として扱ってらしたんです。けれど義兄様が10歳になって貴族学院に入った頃に、とうとう覚悟を決められて『ダニエルを公爵家の嫡子とする』と言われました」


「それで勉強部屋が途中で変わったって言ってたのね」


「義兄様がそんなことを?! セリカさんには心を許しているんですね。でもこの時からハリエット様とアナベルの態度が手の平を返したように変わりました。それまでは、義兄様のことを平民だとさげすんでいたのに、アナベルの結婚相手として追いかけるようになったんです」


「まぁ……」


これはまた、いかにもなご都合主義ね。


「義兄様が女嫌いになったのは、アナベルと、ビショップ公爵の孫娘のオリヴィアのせいだわ」


「それでアナベルさんは、私を睨んでたのね」


「ええ、義兄様の第一夫人を狙っていたのに、セリカさんの魔法量が多いとわかったもんだから、ここのところずっと荒れてました。フフッ、でもセリカさんがさっきアナベルに『どちらに嫁がれるんですか?』と聞いた時には痛快だったわ」


「あら、それは悪いことをしたわね」


「とんでもない! いい気味でしたよ。彼女は義兄様を本当に好きなわけじゃなくて、国王の血をひいた公爵家の嫡男ということだけで狙ってたんだもの」


やれやれ、そうやって狙っていた貴族の女性は多そうね。


― これではダニエルじゃなくても、食傷気味になりそう。



カイラの話は衝撃的だったけど、この家の様子がわかったし、なによりダニエルのことがよくわかった。


お母さんを亡くして心細い時に、知らない場所に連れてこられて、そこの家がこんなに殺伐としていたところだったんだもの。

子ども心にどうしたらいいのかわからなかっただろうな。


カイラには、公爵家のこの個性的な妻たちを何とかしてほしいと頼まれたけれど、セリカには手に余る案件だ。

第三王子に上手く扱えなかったものを、私ごときが解決できるわけがないじゃない。


将来的に寡婦になった時に、離れた所に住んでもらうことぐらいしか思いつかないな。

でもこれはダニエルの方がよくわかっていることだろう。


とにかくアナベルとビショップ公爵の孫娘には気をつけるとだけ約束して、カイラとの話を終えた。



こんな話を聞くと、貴族の男性は第一夫人と第二夫人の性格をよく見極めて結婚しないと、とんでもないことになるというのがよくわかる。


クリストフのところは、ちょっと見にはマリアンヌがにこにこと優しそうな女性に見えるが、実のところはしっかりと主導権を握っている。夫よりも年上だったことで、マリアンヌも素の自分を出せたのだろう。

彼女は完璧に第一夫人向きの性格だ。

その点、ペネロピはおとなしめで夢見がちというか、読書が好きな物静かなタイプだから、第二夫人でもなんとかやっていける。


二人が反対の立場だったら、たぶん上手くいかないだろう。

ペネロピがやることを見て、できる性格のマリアンヌがイライラしそうな気がする。



ここのエクスムア公爵家の場合は、第一夫人向きの性格のハリエットを第二夫人にしたところで、失敗している感じだ。

その上、お義父様自身が養子で肩身が狭いんだもの、難しい舵取りよね。


シャロンお義母様も子どもができていたらもう少し柔らかい雰囲気になっていたんじゃないだろうか。


国王に頼まれた平民の血をひく子どもを、公爵家の跡取りにしなければならなくなったことは、プライドの高いお義母様にとって苦渋の決断だったんじゃないかしら。



この時、カイラの話を聞いておいて良かったとセリカは後で思うことになる。

王宮でも、他の貴族の家でも同じような問題があったのだ。

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