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謎の使者

9刻の鐘が鳴り始めたので、弟のカールが店の旗を持って入り口に掲げにいった。


「さぁ、今日も頑張りましょう!」


母さんのいつものかけ声に、家族の皆が「おうっ」と気合を入れる。



旗が掲げられるのを待っていたのだろう、すぐに外にいた道路工事の人たちが団体でぞろぞろと入って来て、奥の大きいテーブルに座った。


今日はしょっぱなから忙しくなりそうだ。



そのテーブルにセリカが人数分の水を持っていくと、いかついおっさんたちに怪訝(けげん)な顔をされた。


「ねぇちゃん、まだ何も頼んでないぞ」


「水は当店のサービスです。おかわりもありますので、必要な時は言ってくださいね」


「へぇ~ サービスいいね」



この水のサービスも奏子に言われて始めたものだ。


ダレーナの街は水が綺麗で、井戸水も豊富に湧き出てくる。

それを使って店の印象をあげるべきだと、日本でのサービスのことを話してくれた。


エールやジュースが売れなくなると最初父さんに反対されたが、このサービスを始めてからリピーターの人が増えてきた。


飲み物での少しの損失は、その常連さんの存在でプラスマイナスがゼロになったどころか、全体の売り上げはむしろ増加した。



お昼の10刻を過ぎると、今日のおすすめのミートスパゲティが次々に注文されはじめる。


お客さんの中にも常連さんの数が増えてきた。



「セリカ、今日はスパゲティだって? 2つ頼むよ」


そう言いながらせわしなく入って来たのは、幼馴染みのハリーだ。


今日は、母親のメグおばさんと一緒らしい。



ハリーの家はうちのすぐ横の道を入ったところで、家族で金物屋をしている。


このぶんだとおじさんと弟のトマスはジャンケンに負けたのね。


ここの家は、皆でジャンケンをして先に昼食を食べる組を決めるらしい。

いつ見ても賑やかな、とても仲の良い家族だ。



「はい、お待たせしました~ 今日はミートスパゲティです」


「うおっ、美味そう。腹減ってたんだよなー」


たっぷりとひき肉の入ったソースには玉ねぎの他に、隠し味としてセロリが少しだけ刻まれて入っている。


湯気の立ち上るスパゲティに粉チーズをたっぷりふりかけると、ハリーはお皿に飛びついて一心不乱に食べ始めた。



こうなるとハリーはだめね。

メグおばさんに聞いた方が良さそう。



「メグおばさん、レイチェルに聞いたんだけど……」


「ダンスパーティーのことでしょ? 本当よ、ボブ・レーナンが『たまには街の人間と農業特区の人たちが交流を持ってもいいんじゃないか』って言い出したらしいわ」



なんと本当に「納屋」でダンスパーティーをするらしい。


冗談じゃなかったのね。



「クロウさんからの情報だって言うから、まさかとは思ったんだけど」


「うちのミランダが農業特区の嫁ぎ先から戻ってきてた時に、たまたまクロウさんがうちに買い物に来てたのよ」


「そうなんだ」



これはレイチェルが言うように、本当に(くるぶし)丈のドレスを新調しなくてはならないようだ。


踝丈の服はたいていが普段着だ。

ドレスなんてみんな持ってないんじゃないかな。



「失礼する。セリカ、今日はもちもちの生地のピザを頼む」


どこかで聞いた声がしたと思ったら、昨日の侯爵が店に入ってきていた。


今日は昨日よりは地味な格好をしてるようだが、背が高いから目立つんだよねー



― やっぱりまた来たね、セリカ。


勘弁してよ~

噂になんか上書きされそう。



店のテーブルが空いていなかったので、侯爵はすたすたと奥に向かって歩いて行って、昨日通した宴会用の部屋へ勝手知ったる感じで入っていく。



「誰だ、あれ?」


ハリーがラザフォード侯爵の背中を(にら)んでいる。



「ねえねえセリカちゃん、あの人が噂のプロポーズ貴族?」


「メグおばさん……その噂、もしかしてレイチェル?」


「レイチェルに聞いたって、魚屋のおかみさんが言ってたよ」



もうっ。

ちょっとレイチェルに言っとかないと。



「母さん、なんだよそれっ。セリカは俺が嫁さんにもらうんだぞ!」


「ハリー……誰もそうするなんて言ってないわよ」


「そんな、セリカ……」



恨めしそうな顔をするハリーのことは放っておいて、セリカは侯爵の注文を伝えに厨房に行った。


 

侯爵は、ピザが殊の外お気に召したようだ。 


「なるほど、本当にこの生地はもちもちとしてるな。これはどうやって作るんだ? うちのコックに教えてもらえないだろうか」


「はぁ、一応企業秘密なんですが、平民に教えないでいてくれるのなら、父さんに頼んでみます」


何度も来られても困るから、父さんに作り方を教えといてもらったほうがいいかも。 



侯爵がもちもちのピザを嬉しそうに食べ終わって、セリカにおすすめのスパゲティを追加注文していた時に、なぜか店の外が急に騒がしくなってきた。


弟のカールが人を制する声がしている。


「待って、待ってください! 姉を呼んできますから」


私?

何だろう。



セリカが侯爵にことわって店の外に出てみると、そこには豪勢な馬車が止まっていた。


馬車のすぐ側には、お仕着せの従者の格好をした男の人が、小さめのピロークッションの上にのせた手紙を捧げ持って立っている。


「あなたがセリカ・トレントさんですか?」


「……はい、そうですけど」


その人がずいっとセリカの目の前に近づいて来るので、セリカは思わず一歩後退した。


圧迫感あるなぁ。

なんだろう、この人。



その男は顔色も変えずに、セリカに手に持っていた手紙を握らせた。


高価な分厚い紙で作られた封筒は、嗅いだことがないような香の匂いがした。


字が書いてあるのだろうが、くるくるとした花文字が書かれているので、一見して誰から来たものかもわからない。



これ、本当に私宛の手紙なのだろうか?


「あの……どなたからの手紙ですか?」


「それはこの場では申せません。手紙をご確認ください」


だ・か・ら、わかんないから聞いてるのに。



従者の男の人はセリカの疑問には一言も応えず、再び馬車に乗るとあっという間に去っていった。


馬車が去った後、遠巻きにしていた人垣をかき分けてレイチェルが飛び出してきた。なんだかものすごい形相で、こっちに走ってきている。



その時、誰かがセリカの肩に手を置いて後ろから覗き込んできた。

それは奥の部屋にいたはずのラザフォード侯爵だった。


うおっ、いつの間に来たんだろう?


「……何の手紙だ?」


セリカが下から見上げると、侯爵の濃い青色の目の中に呆けた顔をした自分が映っていた。



侯爵は勝手にセリカから手紙を取り上げると、すぐに裏返して差出人の名前を見た。


その途端、目を閉じて天を仰ぎ、酷く顔をしかめてしまった。



いったい誰から来た手紙なんだろう?

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