衣装合わせ
レイトの街に出て来たついでに、結婚式の衣装合わせをしていくことになった。
ドレスを注文している店が、なるべく早く奥様を店に連れて来て欲しい、とダニエルに言っていたらしい。
サイズ通りに作ってはいるものの、曲線に合わせるところなどは、細かい調整が必要だという。
馬車が止まったところは、四階建ての大きな建物だった。
周りには二階建ての店が建ち並ぶ中、この店だけが王宮の建物のような造りになっている。
「ここが王都の貴族がよく利用しているブリアンという店だ。オーダーメイドの服は、ここに頼むことが多い」
ダニエルが言う通りなのだろう、この店の車寄せには何台かの高級な馬車が止まっていた。
セリカたちが馬車を降りて店に入っていくと、すぐに執事のような男性がやって来た。
「ラザフォード侯爵閣下、お越しをお待ちしておりました」
「こちらは妻のセリカだ。アリソンはいるか?」
「はい、部屋にお通しするように言付かっております。こちらにどうぞ」
ふかふかの絨毯が敷いてある廊下を通って案内されたのは、宮殿の謁見室に遜色ない調度品を揃えた豪華な応接室だった。
ここでもソファに座ると、すぐにお茶が出てきた。
セリカはクセになっているようで、ついつい給仕をしている人の動作をじっと見てしまう。
ここの人は、宮殿の謁見室の給仕の人より洗練された動きをするわね。
― 男の人よりも女の人の方が、優雅な雰囲気に敏感だからじゃない?
そうかもね。
「いらっしゃいませ、侯爵閣下。やっと私の願いを叶えてくださったのね」
「君が何度も催促して煩いからね。ほら、本人を連れて来たから、いくらでも好きなだけあちこち計ったらいい」
ダニエルとアリソンという人は親しい間柄のようだ。
こんな風にダニエルもフランクに話せるんだな。さっきの厳しい顔とは大違いだ。
「それでは奥様、ご主人の許可も頂けましたし、こちらにいらしてくださいな」
「わかったわ。ねぇ、アリソン。私のことはセリカって呼んでくださる?」
「まぁ……光栄ですわ、セリカ。ふんふん、なるほど、侯爵閣下のデザインセンスも捨てたもんじゃないですね。閣下が選んだドレスは、とてもあなたに似合いそう」
セリカとエレナは隣の部屋へと連れてこられ、あっという間に下着だけにされると、あちらこちらをメジャーで計られた。
エレナも花嫁の付き添いとして統一感のある衣装にするらしく、サイズを計られている。
「こんなおばさんになって、結婚式の付き添いをするとは思ってもみませんでした」
「あらエレナ、これから結婚する息子さんたちのためにもいい経験じゃない?」
「もう奥様ったら、付き添いの衣装と花婿の母の衣装は違いますよ」
エレナはセリカをたしなめて苦笑いをする。
アリソンはテキパキと寸法を紙に書きながら、こちらを見もしないで口を挟んできた。
「そうねー でも、サイズを計ったりデザインを決めていく手順は一緒ですよ~ はい、お疲れ様でした、エレナさんは服を着て下さい。セリカは仮縫いしているドレスを持ってくるからこのままね」
そう言って奥に引っ込んだアリソンが持って来たのは、真珠の光沢がある白い布でできたウェディングドレスだった。
「うわぁ、綺麗ねぇ。フリルが薔薇の花びらみたい」
夏の衣装らしく、とても軽やかなデザインだ。
「6月の花嫁ですからね。薔薇をテーマにしてみました」
アリソンがドヤ顔をして、ドレスをセリカに着せてくれる。
「ふむふむ、胸とお腹はこれぐらいであまりつめないほうがいいですね」
「どうして?」
「だって結婚式までまだ一か月あるでしょ? おめでたになる可能性も考えておかないと」
「………………………………」
そんなこと全然考えていなかった。
そう言えば、ミランダ姉さんも結婚してすぐに妊娠したよね。
― あそこの旦那さんのダギーは野性的だから。
でも、ダニエルも結構……じゃない?
背中で色気をどうのこうのと言いながら、アリソンはサイズを調整していたが、セリカはまだ見ぬ赤ちゃんのことを考えていた。
◇◇◇
セリカは帰り道の馬車の中で、ダニエルが昨夜言っていた策のことを聞いてみた。
「何か良い策があると言われてましたけど、何だったんですか?」
「……私が考えていたことを、君は全部ぶち壊しにしてくれるからね。君に関しては策を考えても無駄だったかもしれない。ほらコルマの件もそうだし、ダルトン先生に言われた魔法量の件も、結婚式も早まったし、魔法量検査の機械も……」
「ごめんなさい、壊しちゃって」
「いや、君が悪いわけではない。実は、君の魔法量はダルトン先生クラスだと私は思っていたんだ。その予想は遥かに超えてしまったがね」
なんか……すみません。
「セリカ、私は常々、複数の奥さんは持ちたくないと思ってたんだよ。二人の父親を側で見ていたからね」
本当は、結婚もしたくなかったんだもんね。
「しかし、どうしても身分的に逃れられない結婚への圧力があった」
私との結婚もとうとう王命が出ちゃったし。
「けれど君の魔法量が多いことを高位貴族が知ったら、結婚しなくていいと思った。だから、お喋りクルトンとビショップ公爵の手の者を、その宣伝に利用しようとしたんだが……フッ、上手くいったとは言えないな」
「? どうして私の魔法量が多いことを知ると、ダニエルが結婚しなくてよくなるんですか?」
「前に言った貴族の奥さんの序列のことを覚えているか?」
「魔法量や家柄で序列が決まるんですよね」
「そうだ。どちらかというと魔法量の多さが優先される。公爵家で我儘に育ったお嬢様が、平民の下の第二夫人にあまんじるだろうか?」
「ああ、そういうことですか」
確かにプライドの高い人だと嫌がるだろうな。
マリアンヌさんとペネロピのことを見ていてもよくわかる。
家を動かす権限はほとんど第一夫人が持っている。
第二夫人に持たされるのは補助的な役割だ。
第一夫人が公平性のあるできた人でないと、第二夫人は肩身の狭い思いをしなければならない。
逆に、第二夫人が前に出過ぎると、第一夫人の立場が保てない。
マリアンヌさんは公平な人だし、気配りができる人だったけど、それでもペネロピは悩むこともあった。
高位貴族の家で育った娘さんだと、そんな屈辱的な環境には二の足を踏むだろう。
「しかし君は私よりも多い魔法量の持ち主だ。子どもを産む人材としては国の宝になる存在だ。そのことを利用して下位貴族の申し出も断れるようにと思って、咄嗟に、ああいう条件を付けたんだ」
「これから生まれる子ども達の相手……ということですね。でも、親が嫌だったことを子ども達に強要するというのは、そのぅ……」
「態度いかんによっては考えてやってもいいと言ったんだ。あちらの願いを丸呑みするわけじゃない」
いかにもダニエルらしい言い回しだ。
でも子どもに結婚を強要するんじゃなかったらいいかな。
「それよりも、これから注意しなければならないのは、君やこれからできる子ども達の誘拐だ。コール、至急、護衛の者を手配してくれ」
「はい」
「屋敷の警備も強化するか。何かいい警備方法はないかな」
― あ、セキュリティの強化ね。
私、知ってる。
外国のシール部隊やデルタフォースが出てくるような恋愛小説を読んでいた奏子は、緻密なセキュリティ対策を提案した。それは、ダニエルをひどく感心させた。
「ふーん、赤外線感知システムか。それは面白いやり方だな。使用人のように魔法量が少ないものでも作動させやすいかもしれない。よし、フロイド所長に提案してみよう。これは商売になるかもしれないぞ」
フロイド先生、ごめんなさい。
また忙しくなっちゃうかも。
― もしかして私、ダニエルの傘下企業に、セキュリティ会社も追加しちゃった?




