魔法量検査
セリカたち四人は、人の出入りの多い入り口付近を通り抜け、長い廊下を奥に進んで行った。
奥の方までくると、だんだんと人影が少なくなってくる。
廊下の突き当りには、ひどく威圧感のある大きな扉があった。
― なんだか手術室の扉みたい。
やだ、奏子ったら怖いこと言わないでよ。
それでなくてもここは薄暗いのに。
検査ってどんな風にするんだろう?
何をされるかわからない不安で、セリカの心臓は早鐘を打ち始めた。
扉の手前にあった部屋に、コールが一人で入っていった。
どうやらここで検査の手続きをしておくらしい。
皆で手続きが終わるのを待っていると、背後からせわしない足音がしてきて、お仕着せを着た人に声をかけられた。
「失礼します。ラザフォード侯爵閣下、ジュリアン殿下がお呼びです」
ダニエルはそれを聞くと、天を仰いだ。
「ワンズ、どうして私が来ていることがわかった?」
「閣下がお出でになったら、連絡が入るようになっていました」
「ったく、どこへ行けばいい?」
「宮殿の第一謁見室です」
「そうか、まだ近いな。ブライス夫人、すまないが……」
「検査時間を遅らせるんですね、伝えてきます」
エレナがコールに伝えるためにすぐに部屋に入って行く。
二人が揃って部屋から出て来たので、皆でワンズとかいう人の後をついて行った。
ダニエルは王族には会わないと言ってなかったっけ。
― まあそう拗ねないの。
ジュリアン王子なら会ったことがあるから、気楽じゃない。
念話でね。
検査に加えて、精神的負担が……
ワンズは来た道を途中で曲がり、赤い絨毯が敷かれた廊下を通ると、一番手前のドアを開けてセリカたちが入るのを促した。
中に入ると豪華な応接間があった。
窓際には会議室にあるような長いテーブルもある。
四人が応接セットのふかふかしたソファに座ると、すぐにお茶が出て来た。
座って落ち着いたことで、セリカは不安に思っていたことをダニエルに聞いておくことにした。
「あの、魔法量検査というのはどんな検査なんですか? 痛いこととかあります?」
「心配しなくても身体を傷つけるような検査じゃない。寝てれば終わる」
ダニエルは何でもなさそうにそう言った。
ホッ、針とかナイフは出てこないのかも。
― 良かったわね。
皆のお茶がなくなった頃に奥のドアが開き、ジュリアン王子がお供の人を二人連れて入って来た。
大きい。
ダニエルと変わらない背丈だ。
やはり血が繋がっているのがよくわかる。ジュリアン王子も金髪に碧眼だ。
目はダニエルよりも明るいブルーなのね。
でも念話器で見たちびっこくて可愛い様子とは全然違う。
ニヤリと笑う笑顔にもどこか威圧感があった。
「待たせたな」
「呼び出しておいて、ずいぶんとゆっくりな登場だな」
「ダニエルが来る日にちを言っておかないのが悪いんだろう。まぁ、お前のことだからここ二、三日のうちに来るとは思ってたけどな」
ジュリアン王子はそう言って椅子に座った。
皆にも座るように言う。
しかしコールとエレナは立ったまま、ダニエルとセリカの後ろに移動した。
セリカは戸惑ったが、ダニエルに促されて隣に座った。
「セリカ、久しぶりだな」
「王子殿下には、ご機嫌麗しゅう……」
「まて、バノックの教えは公式の場だけでよい。念話の時と同じように話してくれ」
「はい、お久しぶりです。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「それで、いったい何の用だ?」
「うん。セリカの魔法量検査には、うちの手の者を検査室に手配した方がいいのではないかと思ってな。特に今日の検査係になってる者は、ビショップ公爵の縁戚の者とお喋りクルトンだ。お前もよりにもよって、こんな日にセリカを連れてこなくてもいいだろう」
今度はダニエルがニヤリと笑った。
「その日を選んで来たんだよ」
「しかし……セリカの魔法量は、少ないのだろう?」
あれ?
クリストフ様は、私の魔法量が多いことを殿下に言ってなかったのかしら?
― どうも最初の連絡だけだったみたいね。
「まあどうなるか見てろ」
「ん? 私が知らないことがあるのか? ふーん、ここまで来たんだからついて行くかな」
「ジュリアン……忙しいんじゃないのか?」
「なんか面白そうな匂いがする」
◇◇◇
なんと王子様もセリカたちについて来ることになった。
大人数になったセリカたちが検査室の所に戻ると、前もって連絡があったのか、ひどく緊張している係の人が二人、廊下に出て直立不動で立っていた。
「これは、王子殿下。本日は……」
「よい、私は今日はただの見学だ。セリカの世話をしなさい」
「「は、はいっ!」」
検査室の大きな扉は、この世界では珍しくスライドして開くようだ。
中に入るとひんやりとした空気が漂っていた。
建物の中というより洞窟にでも入ったように感じる。
髪がぼさぼさの方の男の人が左側のドアを開け、皆を連れて機械に囲まれたオペレーションルームのようなところへ入っていく。
セリカも行こうとしたら、もう一人の青白い顔をした男の人に止められた。
その人はセリカとエレナだけを案内して、右側にあったドアを開けた。
ドアの向こうには下に降りる階段があるようだ。
どうやら地下に向かって続いているらしい。
セリカたちは前を行く男の人を追って、階段を降り始めた。
― わぁ、スパイ映画で敵の秘密基地に潜入するみたい。
ちょっと、どこまでいくんだろ。
長い階段だね。
壁も途中から岩肌になり、ところどころから水が染み出しているのか、少し肌寒くなってきた。
階段を下りきると、そこには巨大な機械があった。
ブーンと軽い振動音がしている。
― MRIの機械を大きくしたような見た目ね。
MRIって、磁気で身体の中の病気を調べるものだったかな?
― ええ、そうよ。
でも魔法量を計るんだから、磁気で調べるんじゃないわね、きっと。
「この台の上へ寝て下さい。検査中には寝台が少し揺れますので、ベルトをしてもらいます。お付きの方はベルト装着の方をお願いします」
「はい」
男の人はいくつもある機械のスイッチを操作して準備をしているようだ。
ブーンといっていた音が段々大きくなってくる。
セリカがエレナに手伝ってもらってベッドに寝転ぶと、高い天井近くの壁にガラス窓が見えた。
ガラスの向こうでは何人かの人影が動いているので、たぶんあそこにダニエルたちがいるのだろう。
「準備ができました」
エレナがそう告げると、男の人がこちらにやって来た。
「奥様、これからこのベッドごと機械の中に入ってもらいます。私が扉を閉めますと、しばらくして機械がゆっくり上昇していきます。一番上まで行きますと、一瞬止まりますから、そこからしばらく息を止めておいてください。10数えるうちには下に落ちてきますので、下まで落ちたらまた息をして結構です」
なになに?
上がって、落ちるのぉ~?!
息を止めて下さいって、簡単に言ったね、この人。
― うげっ、もしかしてフリーフォールみたいなやつ?
私、あれ苦手だったわぁ。
でも魔法で飛ぶ時みたいなもんじゃない?
― 違うって。
そんなにふわぁとしてないの。
ゴトゴトと押されてベッドが狭い場所に押し込められると、扉を引きずる重たい音がして、セリカは機械の中に閉じ込められた。
シーンとした閉塞感のある空間で、独りで寝転んでいると不安になる。
ウィーンという音がし始めると、自分が上に登っていっているのがわかった。
だんだんと顔がのぼせて熱っぽくなっていき、アン叔母さんの家に行かなければならなかった時のように身体中が怠くてたまらなくなってきた。
― 魔法量の変化が起きてるみたいね。
うん。
怠いし、それにいつもより息苦しい。
一番上まで登り切ったのか、機械が止まったので、セリカはさっき言われたように息を止めた。
するとこの空間全体が、ものすごいスピードで一気に下降するのがわかった。
身体全体を大きな重しで圧し潰してくるようなとんでもない圧迫感を感じる。
その時、セリカの身体から7色の光の本流が湧きだしてきて、眩しくて目を開けていられなくなった。
セリカは目を閉じて歯を食いしばり、頑張って息を止めたままにしていた。
ガタンッという音がして、一番下まで降りてきたのがわかると、やれやれと深呼吸をした。
薄目を開けて周りを見ると、もう眩しい光は消えているようだった。
体調も元に戻っている。
あー、終わったみたい。
― なんだかふらふらね。
でも痛くなかったから良かったよ。
セリカはのんびりとそんなことを考えていたが、上のオペレーションルームでは大騒動が巻き起こっていたらしい。




