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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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お出かけ

寝室の重たいカーテンを開けると、眩しい日差しが部屋に差し込んできた。


いいお天気。



― ねぇセリカ、王宮に行くってダニエルは言ってたけど……


うん。

あれじゃない? 王宮で最初に受けてもらうって言ってた「魔法量検査」


― ダレーナの公園で聞いた話ね。

  平民の血液検査みたいなものだって言ってたけど。


注射じゃなかったらいいなぁ。

痛いのは嫌だよ。



セリカが着替えるために衣装室に向かっていたら、エレナがノックをして入って来た。


「おはようございます、奥様」


「おはよう、エレナ。早いね」


「本日は王宮に出かけるので、ドレスをお召しになるようにとのことでした」


「うわ、パニエがいる服?」


「そうでございます」


あれ、重たいんだよね。


― ドレスのスカートを膨らませるためには仕方がないのよ。


お姫様になるのも楽じゃないね。

絵本で見てた時には、このめんどくささはわかんなかったな。



エレナに手伝ってもらって正式なドレスを着たセリカは、朝食室に向かっていた。


扉を開けてもらって部屋に入ると、素晴らしい景色が目に飛び込んできた。


「うわぁ、すごい!」


― 本当に綺麗。

  山奥の湖に旅行に行ったみたい。


大きな窓は一部が開放されていて、朝の爽やかな風が入ってきている。


窓の向こうでは、湖が朝日を浴びて青く(きら)めいていた。

遠くに見える山々は、萌黄色の樹々の合間にわずかに残る白い朝霧を(まと)っている。



昨日チラッと覗いた時には、この部屋の窓にカーテンも引かれていたし、こんな景色が見えるとは思ってもみなかった。



エレナはセリカのドレスが汚れないように、大き目のナフキンで覆いをした後で部屋を出ていった。


一人になったセリカは、朝食のプレートを運んできた給仕係の女の人に話しかけることにした。


「おはよう、私はセリカと言います。あなたの名前を教えてくださる?」


「おはようございます、奥様。給仕係のアインと申します。よろしくお願いいたします」


「よろしくね、アイン。今日はパンのようだけど朝食はパンが多いの?」


「は? はい、侯爵閣下はトーストした食パンに卵料理、サラダ、スープという朝食を召しあがることが多いので、いつも同じようなメニューになっております。今日はスクランブルエッグですね」


アインが言うように、お皿の上にはスクランブルエッグと長いソーセージが1本のっていた。


「ダニエルは、侯爵様はもう朝食は済んだのかしら?」


「はい。先程、退出されました」


ダニエルはセリカより早く起きて自室に帰って行ったので、セリカがドレスを着るのに手間取っている間に、朝食を済ませてしまったようだ。



……家族で一緒にご飯を食べるという習慣がないのね。


― 寂しい人だね。

  でも私も前世では似たようなもんだったかも。


どうして?

両親がいたじゃない。


― 二人とも仕事が忙しかったからね。

  家を出る時間もバラバラだったし。

  休日でも食事の途中で、会社から電話がかかってくることがあったよ。



一人で食べる朝食は、味気なかった。

トレントの家では家族で一緒に食事を作って食べていたし、ダレニアン伯爵家でも朝食室に行けば誰かが椅子に座って食事をしていたので、話をしながらご飯を食べていた。


せっかくの景色を一緒に楽しめないなんて、もったいないなぁ。




◇◇◇




出かける時間になったので、侍女のエレナと一緒に玄関へ歩いて行くと、ダニエルはもうホールに立っていた。

執事のバトラーの他にもう一人、ブロンドの若い男の人がいる。


「奥様、おはようございます。お初にお目にかかります。私は、侯爵閣下の従者をさせていただいております、コールと申します。お見知りおきください」


「セリカです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


この人がダニエルの従者か……

あれ?

でも、コールってダニエルの弟じゃなかった?


― 人前では「やぁ、義姉さん」って言えないんじゃない?



ドレスの裾に気をつけながら馬車の中に乗り込んで、エレナと並んで座席に座ると、向かいの席にダニエルとコールが乗り込んできた。


「よし、じゃあ行くか」


ダニエルが窓枠の下にあるボタンを押すと、馬車が静かに走り出した。


― あのボタン、なんかバスを降りる時のブザーみたい。


伯爵家の馬車とは違うね。



「ねぇダニエル、今日は魔法量の検査に行くの?」


「ああ、これさえ済ませればチェックしなければならない郵便物が5分の1になるからな」


何の話かわからないが、ダニエルは機嫌がよさそうだ。



「あの、コールっておっしゃったわね。ダニエルの弟のコールさんですか?」


セリカが自分に話しかけるとは思ってもいなかったのだろう、コールは目に見えて動揺していた。

セリカの顔とダニエルの方を交互にチラチラと見ている。


エレナはもう諦めているのか、何も言わない。


「は、はい。しかし奥様、そのことは公然の秘密とでも申しましょうか……そのう……」


「ごめんなさい、指摘してはいけなかったのね。でも内輪だけがいるところならいいでしょ? うちの弟は私のことを姉さんかアネキって言うことが多いの。縁あって姉弟になったんだから、うちうちではセリカって呼んで」


「奥様……」


「そうか、貴族だと姉さんよりお姉さんなのかしら? でも様付けはちょっと……私の柄じゃないからね」


セリカが話しているとダニエルがククッと笑い出した。


「わかったぞ。君はその調子で屋敷のみんなを配下に付けていってるのか。コール、観念して内輪だけの時には『セリカ義姉さん』って言うことだな」


「……義兄さん?」


配下って何?

でも、コールが義姉さんと呼んでくれるなら、ま、いいか。



今、走っている道筋にある街や観光名所のことなどを四人で話しているうちに、早くもレイトの街に入ったようだ。

急に道幅が広くなって、道の両側の商店も活気を帯びてきた。


「もうすぐ着くぞ」


「早かったですね」


「この馬車は魔導車を買えない人のために普通の馬車を改良して速く走れるようにしたものだ。もうすぐ研究所のほうから売り出す予定なんだけど、フロイド所長が早く帰って来てくれて助かったよ」



― ダニエルって電力会社だけじゃなくて、自動車会社も始めるみたいね。


電話会社もしてるよ。


― それって、巨大複合企業(コングロマリット)のトップじゃない!


  


近づいて来る大きなお城は、どうやら王様が住む宮殿のようだ。

お城の周りには四階建てのレンガの建物がひしめくように並んでいる。


馬車はとりわけ大きな門構えのある建物に向かっていたようで、スピードを落とすと広い車回しにゆっくりと入って行った。

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