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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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屋敷

ブライス夫人が使用人室へ通じるインターフォンのようなものを操作して、お茶の準備を頼んでいる。


あの機械は伯爵邸にはなかったね。


― 魔法科学研究所で作っているものなのかしら?

  便利ね。



「ブライスさん、どうぞこちらに座ってくださいな。お茶が来るまでお話してましょう」


「はい……失礼します」



居心地の悪そうなブライス夫人に向かって、セリカは早速、質問を始めた。


「まず、お名前と年齢を教えてくれませんか?」


「エレナ・ブライスと申します。35歳です」


「やっぱりうちの母さんやバノック先生ぐらいなんですね。失礼だけどエレナと呼んでもいいかしら?」


「は、はい」


「結婚はされてるの? 子どもさんはいらっしゃる?」


「しております。夫はこちらで庭師長をさせていただいています。息子は庭師で、今は主人の手伝いをしております。次男の方はランデスの街で基礎学校の教師をしております」


子どもの話になると途端にエレナは誇らしげな口調になった。


ご自慢の息子さんたちなのね。

それに息子が二人いるというのは、珍しいことに違いない。



「そうなんですか、ご主人や息子さんに会うのが楽しみだわ。私ね、菜園を作って料理に使える野菜を育ててみたいの。ご主人にもよろしく言っておいてくださいね」


「は? あ、はい。」


「今日はお茶の後で、ここのお屋敷を案内して欲しいんだけど、頼めるかしら?」


「それでしたら女中頭のランドリーが適任だと思いますが」


「そうね。でも急な話だと仕事の段取りが狂うでしょ?」


「はぁ。でも、奥様のご命令とあらば……」


「ええ、都合をつけてくださるでしょうね。でも私も仕事をしていたから、急な変更は困るということがよくわかるの。その点、エレナは私付きだから大丈夫よね」


「はい、それは」


「じゃあ、お願いします。詳しいことはまたランドリーさんに聞きたいから、いつか時間を取って欲しいと頼んでおいてくれる?」


「わかりました」



お茶が来たので、エレナと雑談をしながら楽しいひと時を過ごした。


エレナもだんだんセリカの調子に慣れてきて、ここ侯爵邸のお膝元になるランデスの街のことなどを話してくれた。


その雑談の中で、エレナの趣味が刺繍とピアノだと聞いて驚いた。


「ここにはピアノがあるの?」


「離れの私の家にはアップライトのピアノがありますが、こちらのお屋敷には緑の間と音楽室に、グランドピアノがそれぞれ一台ずつありますよ」


― うわぁ、贅沢。

  私なんて電子ピアノだったのに。


弾いてみたいね。

奏子の記憶にはあるけど、ダレーナにはピアノがなかったもんね。




◇◇◇




見学は屋敷の中で一番興味があった厨房に最初に連れて行ってもらった。


セリカが「まずは厨房を見たい」と言うと、またエレナに変な顔をされたが仕方がない。

エレナにも、セリカの奇抜な言動に慣れてもらうしかない。


なんせこっちは貴族のお嬢様じゃなくて、飯屋の娘なんだからね。



厨房まで来ると、忙しそうな指示の声が飛び交っていた。

中は広くて、たくさんの調理器具があちこちにぶら下がっている。壁側には大型の魔導冷蔵庫も置いてあった。


入り口から中を覗いたエレナが、料理長らしき人に合図してこちらに呼んでくれた。


「奥様、こちらが料理長のディクソンです」


「セリカといいます、よろしくね。今度ゆっくりとお話したいわ。でも夕食の準備時間のようですから、作業に戻ってちょうだい。どんな調理器具があるのか見たかっただけなの」


率直なセリカの言葉に、ディクソンは大きな身体を揺らして笑い始めた。


「どんな奥様がやって来るのかと思ってたら……」


「ディクソンさん、話し方には気をつけてくださいませ」


エレナに睨まれてもディクソンはどこ吹く風だ。


「奥様、ダレーナの飯屋で働いていらしたというのは本当ですか?」


「ええそうよ。だから料理にはものすごく興味があるの。ディクソンの手が空いている時に色々と教えてもらいたいし、うちの父親の料理もここで作ってみたいの。ダニエルは気に入ってたみたいだから」



セリカの言葉を聞いて、ディクソンの闘争心に火が付いたようだ。


「よろしい、こちらも侯爵閣下の気に入られた料理とやらを、教えていただきましょうか」


「ふふ、私は調理は素人なのよ。でも、舌はしっかりと味を覚えてるから、ディクソンが私が言うやり方で作ってみてね」


ディクソンはそれを聞いて、肩透かしを食らったようだ。

かなわないなぁと苦笑しながらも、セリカとの試食会を約束してくれた。


厨房で大勢の料理人が作業する喧騒を眺めていると、ウキウキしてくる。


ずらりと並ぶガス台や見たことのない調理器具もあった。


― あれは電子レンジやガスオーブンじゃないかしら。

  その辺の高級レストランよりも設備が充実してるみたい。


とにかくピザが作れる下地はできたみたいね。

ここでピザを作ったら、ダニエルがびっくりするかもしれないな。



それからもエレナに屋敷中を案内してもらって、あちこちと歩き廻った。

あまりに広すぎて、家の中を歩いているというより、街中を散歩しているような気分だった。


足が怠くなって来た時にちょうど音楽室があったので、セリカは座ってピアノを弾いてみることにした。


「……奥様、ピアノが弾けるんですか?!」


「いいえ、ピアノを弾くのは生まれて初めてよ。でも……夢の中では見たことがあるから、指が動くかどうかやってみるわね」


― 久しぶり~

  弾きたかったわー


まずは何からいく?

奏子の好きなメヌエット?


― そうね。

  最初は指ならしに、モーツァルトのソナタ イ長調からね。



奏子は、ソナタが終わるとバッハのメヌエット ト長調を弾き、シューマンのトロイメライを弾いた後で、日本の歌謡曲やポップス、果てはアニメソングまで、思いつく限りの曲を弾いていった。


セリカが満足して立ち上がると、音楽室の戸口の方から大勢の拍手が聞こえてきた。


「セリカ、君はピアノが弾けたんだね」


仕事をしていたはずのダニエルまでやってきている。


エレナは目を丸くしてセリカを見ながら、手が痛くなるほど力強く拍手をしていた。



セリカは集まってきた使用人たちに向かってにっこり笑い、バノック先生に習った宮廷風の優雅なお辞儀をした。

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