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飯屋の娘は魔法を使いたくない?  作者: 秋野 木星
第二章 結婚生活
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ラザフォード侯爵領へ

ダニエルが鋭く指笛を鳴らすと、山の方からポチが飛んできた。


セリカは父さんや母さんと抱き合うと別れの挨拶をした。カールとは(こぶし)を突き合わせてニヤリと笑い合った。


「ベッツィーと仲良くね」


「わかってる」


「今日はダニエル様もセリカも来てくれてありがとう」


「ベッツィー、家族をよろしくね」


「ええ。何かあったら手紙を書くわ」


ベッツィーはダニエルに書いてもらったラザフォード侯爵邸の住所を握りしめていた。



「セリカ、行くよ」


「はい」


セリカはダニエルに抱えられて、徐々に浮き上がっていった。


家族に手を振りながら空高く登って行くと、家路についていた親戚や近所の人たちもこちらを仰ぎ見ていた。


「おばあちゃんが腰を抜かしてるみたい」


「でも、テト伯父さんが支えてるよ」


母の兄のテト伯父さんが、披露宴の間中ずっと隣に座っていたので、ダニエルも親しくなったようだ。



セリカとダニエルはペガサスの羽に触らないように気をつけて、ポチの背中に(またが)った。


「うおぉ?!スゲー」


「ちょっと、ペガサスよっ!」


ハリーやレイチェルの興奮した声が聞こえてくる。



セリカは皆に大きく手を振って、16年間、過ごしてきたダレーナの街を後にした。




◇◇◇




さすがにペガサスと言うべきだろうか、ポチの飛ぶスピードは途轍(とてつ)もなく速かった。


馬車で一週間かかるというラザフォード侯爵領への道のりを、山や川もあっという間に越えてグングン飛んで行く。

下界の家々や畑も猛スピードで後ろへ遠ざかっていった。


大きな輝く湖が前方に見えて来た時に、やっとポチがスピードを緩めた。


「あそこに湖が見えるだろ?」


「ええ、大きいですねー」


「あの(ほとり)に屋敷があるんだ。ほら、右の方! わかるか?」  


「……え、あの大きなお城みたいな建物ですか?!」


湖の畔の小高い丘の上に、真っ白いお城が建っている。


― ヨーロッパのお城みたい。


あれ、屋敷っていうレベルじゃないよね。

奏子、どうしよう。

なんだか怖くなってきた。


― ダレニアン伯爵邸でもなんとかなったんだもの。

  今度も大丈夫だよ。



近くまで来ると、尖塔が三本あるメインの棟を中心にして、四階建ての居住棟がハの字型に広がって建っているのが見えた。

高台の上から湖を見下ろし、その縁を囲むような形になっている。


侯爵邸のある丘の麓にはたくさんの建物がひしめいていて、巨大な街がどこまでも続いていた。

この街から見上げると、侯爵家のお城がどの位置からでも眺められるのだろう。


私が、ここの奥様?

冗談だよね。



建物の側までくるとポチが大きく空を旋回して、徐々に高度を下げていった。

お城の前面に広がっている芝生の庭に、ポチが静かに降り立った時には、セリカは緊張と興奮で身体中がガクガクしていた。


「着いたよ」


ダニエルに促されて、セリカもポチから飛び降りた。

少しよろけてしまったが、ダニエルが腕を持って支えてくれた。


「大きなお屋敷ですねぇ」


「ああ、今まで奥さんがいなかったから屋敷の隅々にまで目が行き届かなくてね。これからよろしく頼む」


奥さんがいても、こんなに大きなお屋敷だと全部には目が届かないよね。


― うん。

  一つ一つの部屋を見ていくだけでも一年ほどかかりそう。



セリカがぼんやりと屋敷を見ていると、玄関から出てきた人たちに声をかけられた。


「ラザフォード侯爵邸にようこそ、奥様。私、執事のバトラーでございます。よろしくお願いいたします」


ダニエルの向こうに立っていたのは、背が高い中年の男の人だった。

落ち着いていて仕事ができそうな感じに見える。

あちらもセリカのことが気になるようで、一挙手一投足を観察されているような気がした。


セリカも我に返って挨拶を返した。


「あ、セリカといいます。よろしくお願いします」



次に紹介されたのは、女中頭のランドリーさんだった。

この人は丸々と太っていた。にっこりと気のよさそうな笑顔をこちらに向けてくれている。

よかった、優しそうな人だ。


ダレニアン伯爵邸の女中頭のバリーさんが厳格なタイプだったので、セリカはちょっと苦手だった。

このランドリーさんなら話しやすいかもしれない。


その隣にいたのは領地管理人のヒップスさんという人らしい。

銀縁の眼鏡をかけているせいか、いかにも頭が良さそうに見える。

執事のバトラーよりは若くて、30歳代に見えた。



最後にセリカの侍女だと言って紹介されたのは、ブライス夫人という中年の女性だった。

たぶんセリカの母親ぐらいの年齢ではないだろうか。

これまでは同年代のエバが側にいてくれたので、どんな風に話しかけたらいいのか少し戸惑った。


ブライス夫人は艶やかなブロンドをふんわりとまとめて髪を結っていた。


「奥様、そちらの荷物をお持ちします」


わ、上品な喋り方。


セリカは肩に掛けていた荷物を「お願いします」と言いながら、遠慮がちにブライス夫人に預けた。

若い自分が荷物を持った方がいいのではないかと一瞬、思ったが、バノック先生の教えを思い出して、使用人の仕事を取らないことにした。




ダニエルが腕を差し出してくれたので、二人でブライス夫人の後について屋敷の玄関に入っていった。


巨大な玄関ホールの両側に曲線のある階段が二階へと続いている。


ブライス夫人が左側の階段を上がって行ったので、セリカは妙な感じがした。



― ダレニアン伯爵邸では右側にお部屋があったのにね。


そういえば伯爵夫妻の部屋は左側の棟にあったかも。


― 貴族の屋敷では、主人夫妻の寝室は左側にあるということか。


なんだか畏れ多いね。



結局、二階ではなく三階まで上がると、長い廊下を通って建物の端の辺りまで歩いて行った。



ブライス夫人は大きな扉を開けて、セリカたちを待っていてくれた。

部屋の前までセリカを送っていくと、ダニエルはセリカに声をかけることもなく、すぐに踵を返した。


「それではブライスさん、後は頼むよ。奥様は初めての空の旅で疲れてるだろうから、お茶でも出してゆっくりさせてやってくれ」


「え、ダニエルはどこかに行くの?」


「まだ仕事が残ってるんだよ。じゃ、また後で」


新妻を初めての屋敷に一人ぼっちで置き去りにしたまま、ダニエルは足早に廊下を去っていった。



やれやれ、ダニエルらしいと言えばらしいか。


― 今日はよく付き合ってくれた方なのかも。


だね。

でも、なんか吹っ切れた感じ。

あちらも仕事モードなんだから、私もここの奥様っていう仕事に就いたようなもんよね。


― セリカ、また極端な考えね。

  でも恋愛結婚じゃないし、その考え方も一理あるかな。


家の管理をよろしく頼むって言われたんだから、それをすればいいじゃない。

幸いなことに新フェルトン子爵邸で経験を積ませてもらったし。


セリカはここにきて腹が座った感じがした。



部屋に入ると、伯爵邸の自分の部屋どころではなかった。


― うわっ、これはどこかの宮殿みたい。

  

高級そうな陶器が飾ってあって、カーテンなどもベロア地の分厚いものがかかっている。

部屋の広さも以前の倍ほどあった。


うーん、落ち着かない。

あそこの花瓶を壊して母さんに怒られそう。


― 何人がここに住むのかって感じだね。


ここまでくるともう笑うしかないな。



「セリカ様、こちらが第一夫人が使われる居間になっております」


「……素敵なお部屋ですね」


「まずはお茶になさいますか?」


「そうですね。あのぅ、ブライス夫人も一緒にお茶をしてくださいませんか?」


「?……いえ、使用人とは、その……」


表情のあまりなかったブライス夫人が初めて困り顔を見せている。

平民の奥様が、急に何を言い出したのだろうかと思っているようだ。


「それは知っています。でも右も左もわからないんですもの。こちらのお屋敷のことを教えていただけませんか? そして、あなたのことも教えてください。これから私の手足となって一緒に働いてもらうんですから、まずは仲良くならないと」


そう言ってニッと笑ったセリカを、ブライス夫人は驚きの表情で見つめていた。

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