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フェルトン子爵

4月に入り、草原や森が燃えたつような若葉で(おお)われる季節になった頃、王都から一通の書留郵便がダレニアン伯爵家に届いた。


「我が家にもう一つ爵位が叙勲された。伯爵位からの陞爵(しょうしゃく)も検討されたようだが、跡継ぎがクリストフしかいないことから、それは見送られた。そこでかつてのコルマ男爵領をフェルトン子爵領と名前を変えて、嫡子(ちゃくし)相続領として治めるようにとのことだ」


昼食の時に、ダレニアン伯爵からそんな話が皆に伝えられた。



「ということは、僕たちはコルマじゃないフェルトン子爵領に住むということですか?」


「そういうことになるな。お前はダレニアン卿ではなく、今日からフェルトン子爵と呼ばれることになる。叙勲式はまとめて秋に王都で催されるそうだ」


「「フェルトン子爵……」」


マリアンヌ様もペネロピも顔を見合わせて驚いている。



「コルマの名前がなくなるのはいいかもしれないな。あの男はロクなことをしていない。ここら辺り一帯の平民に貴族の不評が広まっているのはあの男のせいだ」


セリカも貴族はとんでもないことをするという噂を聞いて育ってきたので、クリストフが言うこともよくわかる。

ここダレニアン伯爵家へ養子にくるのも、そんな噂のせいでちょっと怖かったのだ。




◇◇◇




午後の勉強の時にも、フェルトン子爵領の話題が出た。


「伯爵夫人に頼んで、こちらのリネン室で実習をさせて頂く予定でしたが、つわりの時期のマリアンヌ様を助けて、新フェルトン子爵邸の準備を整えて欲しいと奥様に頼まれました」


「そうなんですか」


「腕がなりますわ~ セリカさん、お屋敷をまるまる最初から作り上げるなんて、なかなか経験できることではありませんよ!」


バノック先生はいつになくハイテンションで、腕まくりをしてねじり鉢巻きでもしそうな雰囲気だ。


これからマリアンヌの居室で作戦会議があるらしく、セリカはバノック先生と一緒に早速、向かうことになった。



マリアンヌがいつも優雅にお茶会をしている居間には、早くも大きな作業机が運び込まれていて、若い女中たちが両手に椅子を抱えて運び込んでいる最中だった。

どうやらここは作戦を練る前線本部になるらしい。


「バノック先生、良かったですわ。ありました! コルマ邸の設計図と間取りの詳細がわかるもの、それに庭の俯瞰(ふかん)図も伯爵様からお借りしてきました」


マリアンヌの侍女のロイスが、作業机の上に何本もの巻紙を運んできてドサリと置いた。


「やっぱりあったんですね。ラザフォード侯爵閣下のことですから抜かりはないと思いました。先を予測して仕事をされる方ですからね」



バノック先生とロイスさんは、巻いてある紙を広げて文鎮で両脇を止めている。


「ふ~ん、男爵邸だったにしては贅沢な造りね」


「屋敷が広くて良かったですよ。まだまだ赤ちゃんが増えそうですし」


ロイスは主人のマリアンヌが妊娠したことがよほど嬉しいのだろう。

何につけても自慢したくてたまらないようだ。


この二人のはしゃぎように、セリカとマリアンヌは顔を見合わせて苦笑いをした。


そこにペネロピが侍女と一緒にやって来たので、皆で席に着いて話し合うことになった。



「まず大まかに部屋を決めたほうが話を進めやすいと思います。主人用の寝室はこちらのようですから、第一夫人のお部屋はここになるかしら? マリアンヌ様は、こちらのお部屋でよろしいですか?」


「はい」


「そうなるとペネロピ様のお部屋は、ここかこちらがよろしいわね」


「私はこちらのお部屋にして頂きたいわ。庭に向いたテラスがあるから、アルマが大きくなっても遊べそうですし」



セリカはその間取り図を見て、自分がダニエルの第一夫人として扱われているということを知った。


第一夫人の部屋は主人の部屋と扉で繋がっているが、第二夫人の部屋は二人の部屋からはだいぶ離れている。


そういえば、ここでもペネロピの部屋は主寝室から遠い。お互いの寝室の間に、子ども部屋や図書室などが挟まれている。

やはりそれぞれのプライベートスペースを取ってあるようだ。


― でも第一夫人は、主人が夜に違う奥さんの所へ出ていくのが

  気配でわかるのね。


なんか微妙な気持ちになりそう。



その後、最高位のお客様が泊る客室のことで、バノック先生がロイスに注文をつけた。


「その部屋は広いですが、こちらの庭に面した客室を改装した方がいいと思います。クリストフ様を訪ねて来る最高位のお客様はラザフォード侯爵閣下かジュリアン王子殿下の可能性が高いでしょ? お二人ともお庭が好きなんです。特にジュリアン殿下はマーガレットのお花が好きでね。小さい頃はよく私に花を摘んできてくださったものです」


懐かしそうにそう言ったバノック先生の顔は、まるで母親が息子の話をしているようだった。


「そうなんですね。クリストフ様は本当にお友達にも奥様にも恵まれて、幸せなことです」


ロイスは鼻高々でバノック先生の意見を取り入れた。

雇人にとっては、勤め先の主人が王家と繋がりがあるというのは自慢なことに違いない。



それを考えると私のような平民がダレニアン伯爵家に養子に入ると聞いた時にはがっかりしたでしょうね。


― そう言えば、最初にロイスさんが店に来た時に、

  セリカがドアを開けたから、戸惑ってなかった?


ふふ、驚いてたわね。

顔には出さないようにしてたけど。

だれか執事のような人が扉を開けるものと思ってたでしょうね。

それが本人だったんだから……



ロイスのように代々伯爵家に勤めてきたような筋金入りの人が、今ではセリカを受け入れてくれている。これは並大抵のことではないだろう。

たぶんセリカを容認するまでには、いうに言えない葛藤もあったに違いない。


セリカは母さんが言ったことを思い出していた。


『出会った人との縁を大切にしなさい』

『前を向いて侯爵様と上手くやっていくことを考えなさい』


本当にそうだね、母さん。


私がたいしたこともないのにダニエルを見限ってダレーナに戻って来たら、こうやって知り合って仲良くなった人たちの一人一人の思いも踏みにじることになるんだね。


セリカは気合を入れて、バノック先生やロイスが話していることを覚えていった。

いつか自分が任される侯爵家の采配ができるように。


そしてペネロピに許されている権限も覚えていった。

第二夫人、第三夫人と地位が落ちて行った時にも対応できるように。


そうやって独り立ちすることが、自分ができる最大の恩返しになるんじゃないかな。



庭の話になって、花や果物の樹木の選定に移ると、セリカの頭の中にも夢が広がっていった。


菜園をやってみたいな。

新鮮な野菜を作って、トレントの店の味を自分で再現してみたい。


父さんの料理の味が王都でも再現できたら、寂しくなくなるような気がする。


セリカのそんな思いも乗せて、フェルトン子爵家の大枠の構想がまとまろうとしていた。

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