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本当の出立

3月の終わりの感謝の日に、セリカの家族が再びダレニアン伯爵邸にやって来た。


前回のパーティーの時には案内できなかったセリカの部屋の応接室に、今、家族全員で座っている。


「広いなぁ。アネキはこんな部屋に住んでるの? いいなー」


「何言ってんのよ。一人でこんな広い部屋にいたら寂しいんだって」


「セリカ……」


「あ、違うよ母さん。最初の頃には寂しかったけど、最近は毎日ダニエルが念話をくれるから寂しくなくなったから」


「うわぁ、ごちそうさま。それに侯爵様も名前呼びになったんだね~、さっすが侯爵夫人」


「侯爵夫人?!」


ベッツィーに言われて初めて気が付いたけど、私って侯爵夫人なんだ……


― そういえばそうね。

  ここでは、みんなセリカって呼ぶもんね。



「ちゃんと食べてるのか?」


「うん。パスタが出たら父さんの味を思い出しちゃうけどね」


「ふん、今日はグラタンとお前の好きなイモのコロッケを作って来たから、後で料理長に温めてもらえ」


「ありがと、コロッケ久しぶり~ 夕食に食べるね」


父さんのコロッケには真ん中にチーズが入っていて、美味しんだよね。



「ねぇ、セリカ。何か魔法を見せてくれない? 勉強してるんでしょ?」


ベッツィーは前に来た時も魔法に興味津々だった。

赤ちゃんのアルマや2歳のティムくんまで空中に浮き上がれると聞いて、見てみたいと言ってたっけ。


「わかった。今、勉強してるのを見せるね」


セリカは立ち上がって部屋の真ん中まで行くと、皆によく見えるように水の塊を出した。


「「わぁ!!」」


それだけでベッツィーとカールは驚いている。

父さんと母さんなどはギョッとして目を()いている。



水の塊を揺れが少ないように新円になるように調節して、真ん中に穴を開けながらドーナツ状に開いて行く。

その穴の中に小さな光球を飛ばして入れると、その光をチーズの具に見立てて、父さんのコロッケのように水で周りを(おお)ってやった。


光が水の膜を通してキラキラと輝いている。



「素敵! 綺麗ねぇ」


「この世の物とは思えないな」


水の塊を徐々に大きくして行って、一気に蒸発させて水蒸気にする。

その後、中にあった光を全方向に分裂させて飛ばすと、最後に花火のように明滅させて消した。


「「「「おぉーーー!!」」」」



「すごいな、アネキ!」


「ダルトン先生の方がすごいんだけどね。私のはスピードに合わせて魔法量の調節をするのがまだまだなのよ」


セリカはそう説明しながら、その場でフワリと浮かび上がると、空中を飛んでもとの椅子に戻った。



家族はセリカが飛ぶのを見るのが初めてだったので、口をあんぐりと開けて驚いている。


「えーと、実技はこんな感じ。魔法学科の方は、今やったみたいに魔法量の調節を勉強してるの。歴史はファジャンシル6世の治世をやってる。フロイド先生は進むのが早いのよ。オディエ語も動詞の活用のテストが今度あるし、魔法化学の実験もするみたい。バノック先生の授業は屋敷の管理の総まとめで、今度実習をするって言ってた。ありがたいことに手芸は()められてるんだけどね」


「勉強を、頑張ってるんだね」


「うん」


「セリカは基礎学校の時から勉強はよくできてたからね。母さんはその点は心配してないよ」


「うん、これからも頑張る」



「ダダ……」


母さんと父さんは二人で目で会話をしていたが、どうやら父さんの方が話すことにしたようだ。


「ゴホン、セリカ……ちょっと、話がある」


「ん、なに?」


「お前が貴族の家に養子に行ったり、王命で侯爵様のところへ嫁にいかされるっていうことで、父さんと母さんは心配した」


「うん」


「でもな、この間のパーティーで安心したんだ。セリカは貴族の中でもなんとかやっていけるだろうってな」


「…………」


「伯爵様には4月の感謝の日にもここに来ていいって言って頂いたけどな。父さんたちはもう来ないことにした」


「え? 何で?!」


やだやだ。

そんなの寂しい。

王都に行くまでは皆に会いたいよー


「4月の感謝の日には、ベッツィーの家を片付けて、カールたちの結婚式の準備をするんだよ」


「そうなの? じゃあ、私も手伝いに行くよっ!」


なんだ、こっちから行けばいいじゃん。


でも母さんはセリカの提案に頷かなかった。


「セリカ、さっきベッツィーが言ったみたいに、お前はもう侯爵様の奥様なんだよ」


「だって」


「母さんが飯屋を放っといて、しょっちゅう実家に帰ってたかい?」


「…………」


「お前は貴族の奥様になったんだ。その自覚を持ちなさい。今回は伯爵様にピザを届ける約束をしてたから来ただけで、本当は来るつもりはなかったんだよ」


母さん………ううっ、母さん、母さん……



「セリカは前、侯爵様が他に奥様をもらったらダレーナに帰って来るとか言ってたけどね。お前はもう養子にやった娘だ。帰って来るとしても、ここ、ダレニアン伯爵家に帰って来るんだよ」


「伯爵様には里帰りをした時に、たまにうちに(めし)を食べに寄ってくれたらそれでいいと言っておいた」


「……父さん」


「覚悟をお決め、セリカ。そして前を向いて侯爵様と上手くやっていくことを考えなさい。『人と人の縁や出会いを大切にしないと飯屋はやっていけない』そう言ったのはお前だろ? 伯爵様や侯爵様と出会った縁を大切にしなさい。それがお前のこれからの人生を助けることになると、母さんは思うよ」



セリカは涙があふれるのをとめることができなかった。


声が出そうになるのを歯を食いしばってこらえて、涙の向こうに見える家族の顔を一人一人見ていった。


みんな泣くのをこらえながら優しい顔でセリカを見ている。


母さんはしっかりしなさいとセリカの背中を叩いた。



「うん……うん、わかっ……た」



慣れ親しんだものから旅立っていかざるをえない、出立(でたち)の時をセリカは今、迎えていた。


これが……本当に、嫁に行くということなんだね。


― 頑張ろ、セリカ。


わかった。


覚悟を、決めるよ。

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