お嫁さん
ダレーナの街に向かう道に、白く光るカンテラの灯りが数珠つなぎの列になって続いていた。
ダンスパーティーから家に帰る人たちが、満足した祭りの余韻を楽しみながらそぞろ歩いている。
「セリカ、そこ! 溝があるから気をつけて」
「うわ、ありがと母さん。横に寄り過ぎてたよ」
暗くなった農道にはカンテラ以外の明かりがないので、皆、足元に気をつけてのろのろと歩いている。
セリカもカールに腕を貸してもらって、父さんと母さんの後を歩いていた。
「カール、あの人はどうだったの? ベッツィーって言ったっけ?」
この機会に今日会った女の人の印象を聞いておかなければならない。
いくらダレニアン卿の勧めだとは言っても、セリカはカールに結婚を無理強いするつもりはなかった。
そんなことは自分だけでたくさんだ。
結婚相手が見つからなくても、店の規模を縮小すれば対応できるかもしれない。
「う……ん、いい人だと思う。話をするのも楽だったし」
「他には? ベッツィー以外の人でもいいんだよ。カールが無理に結婚しなくても店はやっていけるって」
「そうだね。ただ、せっかくアネキが色々と工夫して開拓してきた客層だからなぁ。できたら今のまま続けていけるのがベストだけど」
「へぇ~、あんたも少しは大人になったのね」
泣き虫でセリカの後をいつもついてきていた弟のカールが、店の経営のことを考えてるなんて。
セリカは自分が一気に歳をとったような気分になった。
「僕ももうすぐ成人なんだから、少しはそんなことを考えるよ。それにね、結婚というのはこれからの生活を共にして、一緒に頑張ったり笑ったり、病気の時には支え合ったりできるかっていうことだろ?」
「う……うん」
すごっ。
カールの方が、私よりしっかりしてるかも。
「彼女は、ベッツィーとは、なんかやっていけそうな気がするんだよね」
「ふーん」
「ダレニアン卿が年上の奥さんは楽でいいぞって言ってたし」
え? そんなことを男同士で話してたの?
「まさかマリアンヌ様は年上なの?!」
「うん、二つ上の20歳だってさ。第二夫人のペネロペ様はアネキと同い年らしいよ。女の子の赤ちゃんが産まれたばかりだって言ってた」
「ちょっと、えらく詳しいじゃない」
「そりゃあアネキの家族になる人だからね。僕も心配で色々聞いといた。ちなみに第一夫人との子どもさんは2歳の男の子だってさ」
うわぁ、クリストフ様は二人の奥さんと二人の子持ちだったのかー
お喋りで軽そうに見えたけど、もうお父さんだったんだね。
セリカがダレニアン卿一家の新事実に驚いていると、カールがモジモジと照れながら話を続けた。
「ベッツィーはね、早くにお父さんを亡くしてお母さんと二人だけで農場を続けてたんだって。でもそのお母さんもこの冬に亡くなって、できたら早く結婚して、農場は親戚に売りたいって言ってた」
「ふーん。苦労されたんだね。」
「うん。『お母さんの介護をしてたから、ピンクバラは一度もつけられなかったの。でも赤バラ5年ってジンクスがあるでしょ? あなたに声をかけてもらってラッキーだったわ』って言って笑うんだよ。苦労をそんな風におおらかに笑い飛ばせるところが、ちょっといいなぁって思った」
「素敵な人ね。カールと踊ってた時も元気いっぱいの笑顔だったし」
「そうなんだ。逆境で笑える人って本当に強い人なんじゃないかな。おおらかで存在感があって、ああいう人だと飯屋のおかみが似合うかもしれない。母さんやアネキとも話が合いそうな気がするんだよね」
「なんだ。じゃあ、ほとんど決めてるんじゃない」
「へへっ、うん。これから一週間手伝ってもらって、お互いに上手くいくようだったら、結婚してもいいかなって思ってる」
「カール……」
そうか、良かった。
なんだかカールの成長が寂しい気がするけど、残していく家族が幸せでいてくれるのならそれでいい。
セリカは、明日ベッツィーに会うのが少し楽しみになった。