カールの受難
レーナン農場は本当に街のすぐそばにあった。
大きな納屋を二つダンス会場にしてあって、納屋と納屋とを繋ぐように天幕が渡されている。
その天幕の下で、バーベキューなどの食事や飲み物が提供されていた。
「まぁ、こんな風になってるとは思わなかったわ」
「町内で参加人数ごとに会費を集めたからね。あのボブ・レーナンという子はやり手だよ。ひょっとするといずれ町長選挙に出てくるかもしれないよ」
母さんがそんなことを言いながら、町内会の顔役の人たちが受付をしているところに行って、うちの家族の出席を伝えた。
「セリカ、あっちの納屋に行ってみましょうよ。扉の上にバラやリボンが飾ってあるから若い人たちが集まってるんじゃない?」
レイチェルは髪につけたピンクのバラに手を添えて位置を確かめると、目をギラギラさせて周囲の男性を見廻しながら戦闘態勢に入ろうとしている。
カールはレイチェルのそんな様子を見て少々引いているようだったが、セリカに目で促されるとしぶしぶと姉の後について来た。
三人は賑やかな音楽が聞こえてきている納屋の入り口をくぐった。
早くもダンスが始まっていて、壁際に立っている女性のところへ、次々に男性がダンスを申し込みに行っている。
納屋の中に入ったばかりの所で、レイチェルは早くも緑のリボンを肩につけた少し年上の男性に申し込まれ、中央のダンスの輪の中に入っていった。
その様子を側で見ていたセリカとカールも、気分が高揚してくるのを感じていた。
「カール、頑張ってね」
「う……うん」
「あそこのピンクのバラの人はどう? 笑顔が優しそうよ。行ってみなさいよ」
「え? ピンクバラだったら年上じゃん」
「バカねっ。すぐに結婚できるのはピンクバラの人でしょ。カールたちと同い年か年下の白バラだったら5月に結婚できないじゃない」
「……はぁ、そうか」
カールが、セリカが言ったピンクバラの女性におずおずと近付いて行っていると、その人は横から出てきた青リボンの男性に先にダンスを申し込まれてしまった。
その女の人はカールに申し訳ない顔をしながらも、青リボンの男性と一緒にダンスに行ってしまった。
そうか……カールは白リボンだから、知らない女性から見るとお子様の対象外になっちゃうのね。
― これは困ったわね。
セリカ、カールが奮闘してる間に、私たちが白バラの子に話しかけて
4月か5月生まれの子を探すべきじゃない?
そうね、それはいい考えかも。
白バラの子で、来月成人予定の4月生まれの子が何人かは見つかったが、その子達はピンクバラの2年以上になってから、結婚を考えるつもりだと言う。つまり18歳になってから、本気でお婿さんを探すらしい。
最近は結婚を先延ばしにして独身生活を楽しむ女性が多くなっているので、それも無理はない意見だ。
当のセリカ自身もそのくちだったので、人のことはとやかく言えない。
やっと一人、5月生まれだけど早く結婚をしたいと言っている子を見つけたが、カールにそれを告げに行くとすぐに断られてしまった。
「アネキ、あいつは基礎学校で一緒だったからよく知ってるんだ。人の言うことは聞かないし、勉強ができない子を馬鹿にしていじめてたし、あんなやつと結婚するぐらいなら店の人手が足りないままでいいよ」
うーん、見た目は可愛らしかったが、中身がいまいちだったか。
納屋の中の白バラの女性にはほとんど声をかけ終えていたので、セリカは入り口近くに立って、新しく納屋に入ってくる子に声をかけ続けていた。
それでもすぐにカールと結婚してくれそうな女性がなかなか見つからない。
セリカが手詰まりを感じていた時に、納屋の外が騒がしくなった。
入り口から出て覗いてみると、エールで真っ赤な顔になった町長さんが奥さんにコップを預けると、慌てた様子で街道の方に走って行くのが見えた。
街から続く道の方を見てみると、ダレニアン伯爵家の立派な馬車がレーナン農場に入ってきているところだった。
うわっ!
本当に来ちゃったよ。
― ダレニアン卿って、物好きなのね。
面白いもの好きなのかも。
◇◇◇
貴族がこんな農場のダンスパーティーに来たということで、場内は一時、騒然となった。
しかし当のダレニアン卿は町長さんたち街のお偉方を早々に袖にして、会場を一人で歩きまわり始めた。どういうことなのかわからない町の人たちは、遠巻きにその歩く姿を見守っていた。
ダレニアン卿はセリカたちがいた納屋に来ると、周りを気にせずに精力的に次々と女性に話しかけていった。
― 貴族とは思えないわね。
あ、また女の人と話し込んでる。
面白がってただけじゃなくて、ただの女好きだったのかしら?
― あんなに綺麗な奥様がいるのに?
高位貴族は何人も奥さんが持てるんでしょ。
妾を作ってもいいみたいだし。
セリカが遠くから眺めている間に、ダンスの輪の向こう側を歩いていたダレニアン卿は、カールを捕まえて一人の赤バラの女性を押し付けた。
カールとその赤バラの女性が踊りの輪の中に入っていく。
「え? 赤バラ?!」
赤バラは20歳以上の人だ。
カールとは5歳以上も歳が違う。
もしかして、貴族はバラの色の意味がわかってないのだろうか?
セリカは心配になって、納屋の壁沿いの人ごみの中をダレニアン卿がいるところに向かって歩いて行った。
ダレニアン卿はセリカが急いでやって来るのを見ると、ニヤリと笑って待っていた。
「やぁ、セリカ。そのドレス良く似合うね。うちの奥さんの見立ては確かだな。ダニエルももう少しこっちにいて、婚約者と一緒にダンスでも踊ればいいのにね。あいつは仕事人間だからなぁ」
「こんにちは、ダレニアン卿。まさか、本当にカールのために農場まで来て頂けるとは、思っていませんでした」
「フッ、こんな面白いことを見逃すわけがないだろう。僕がちゃんと見届けて、ジュリアンに……ええっとダニエルにも報告しなきゃいけないしね」
まさかの王子様だよ。
― どうもラザフォード侯爵への報告よりも、第一王子へのご注進が
先なのかもしれないわね。
あの王子様って、いたずら好きな感じだったな。
― 王都から馬車を走らせてまで、セリカへ念話器を届けさせた
ぐらいだもんね。
「ダレニアン卿……」
「クリストフでいいよ。このパーティーが終わったら兄妹になるんだし」
「……?! もしかして、養子の話ですか?」
声が小さくなる。
もう準備ができたんだ。
「パーティーの後、一週間もしたらベッツィーも店に慣れるだろう。セリカには一週間後にダレニアン伯爵邸に移ってもらう予定だ」
「ベッツィー?」
「今、カールと踊ってる子だよ。ほら、あそこ」
元気いっぱいの笑顔をしたオレンジのドレスを着た女性が、カールを振り回す勢いでダンスをしている。
カールより背は低いが、身体からあふれ出るような生気が、その女性の存在を大きく見せている。
クリストフからもう決定のように告げられる『義妹』の姿。
私より年上の妹なんだね。
― うん、でもよさそうな人じゃない?
素朴だし。
農業特区の人みたいね。
まだ春先だけど、小麦色に日焼けした肌をしている。
弟の顔を見てみると、戸惑ってはいるようだが嫌がってはいないようだ。
一週間後か……
何とか二人が上手くいってくれればいいけれど……