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レイチェルの思いつき

ダンスパーティーの日には、街中が浮足立っている。


お天気も、街の人たちの祈りが通じたようで、穏やかな日差しがふりそそぐ春の一日となっていた。


今回は農業特区まで歩いて行かなければならないので、いつもより少し早めに家を出る必要がある。

トレントの店も11刻には店じまいをして、家族皆で一張羅(いっちょうら)を着込み、おめかしをした。


父親のダダと弟のカールは衿にリボンタイを結び、パリッとした上着を着こんでいる。

母親のマムは、やわらかい萌黄色のドレスを着て、若い頃のように目を輝かせている。

濃緑のパイピングのラインとくるみボタンがご自慢のドレスだ。


母さんは自分で裾上げをして、踝丈になるようにしつらえていた。


しかしセリカが光沢のあるピンクの刺繍地のドレスを着て一階の店に降りてくると、家族全員が口を開けてその姿に仰天した。


「まぁ、お姫様みたいじゃない、セリカ!」


「すげぇや、アネキ」


そんな二人の驚きの声をよそに、父さんは黙って踵を返すと、一人で家から出て行ってしまった。

皆は顔を見合わせて、慌てて用意していた荷物を持って父さんを追いかけた。


「……ダダ」


「うちの娘じゃないみたいだ」


ボソッと呟いた父さんの言葉が、セリカの胸を締め付けた。


セリカは思わず家族を追いかけていた足を止めてしまった。


母さんとカールが帰りに使うカンテラを手に、静かに父さんのそばに寄り添って一緒に歩いて行く。


そんな三人の様子を後ろから見ながら、セリカは途轍もない寂しさを味わっていた。



私、もう家族じゃなくなってるの?


― セリカ、大丈夫。

  お父さんもちょっと感傷的になってるだけよ。

  バカね、いつものセリカはどこへいっちゃったの?

  さぁ、皆の輪の中へ走って行きなさい。

  ダンスパーティーの夕べを楽しむのよ!


奏子……

うん。うん、そうだね。



セリカが家族に追いついた時、反対側の歩道を家族と歩いていたレイチェルが、道を渡りこちらへやって来た。


「こんにちは、トレントさん」


「「「「こんにちは」」」」


挨拶もそこそこに、レイチェルがセリカのドレスの袖を引っ張ってくる。


「ちょっとセリカ、このドレスはどうしたのよっ。オマリーのドレスじゃないっ!」


「やっぱりプロだね。わかるの?」


「こんな生地、どこでも扱ってないわよ」


セリカは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したが、思い切ってレイチェルに打ち明けることにした。


「実はね、結婚が決まったの」


「ええーーーーーっ?! 誰と? ハリーじゃないわね。こんなドレスを買う甲斐性があるとは思えないもの」


「うん。えっとね、この間の……指輪の……その、ラザフォード侯爵様と」


「…………………………………!!」


セリカは、レイチェルが言葉をなくしているのを、生まれて初めて見た。


「レイチェルが言ったんでしょ。プロポーズ侯爵って」


「いや言ったけど………まさか、冗談が本当になるなんて……マジ?!」


「マジなのよ、困ったことに」


「困る? セリカは結婚したくないの? 上流階級の貴族の奥さんだよっ。

えっと……妾とかじゃないんでしょ?」


「うん、一応ちゃんとした結婚。でもね、私はずっとダレーナにいたかったの。

飯屋をやっていたかったのよ」


セリカの話を聞いて、レイチェルはしばらく黙って思案していたかと思うと、何かを思いついたようにセリカの肩を叩いた。

そして声を潜めてこんなことを提案して来た。


「そんなに嫌なら、今日中にハリーと結婚しちゃえば? 町長さんもパーティーに来てるから、皆の前で宣誓しちゃえばいいじゃない」


まったく、なんてことを考えるんだろう。

王命さえなければ、セリカもこの話に乗ったかもしれない。

でもそれがなければ、そもそも侯爵様も結婚なんて口にしてないよね。


「それが、無理なのよ」


「なんで?」


「うーん、魔法の縛りというか何というか。できないのよね」


「……その指輪ね」


レイチェルが勘違いしてくれたから、セリカはもうそのままにしておいた。

王命なんて言えないもんね。


ところがセリカはレイチェルの勘違いをそのままにしていたことを、後で後悔することになる。


街の人たちの大移動は、賑やかなお喋りの声と共に街の外れの農業特区に向かって続いていた。


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