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東部帯のパーティー

叙勲式が終わったのでパーティーへの招待状は少なくなるのかと思っていたが、そうではなかったようだ。


「セリカ、以前断ったところからまた招待状が届いている。ビショップ公爵の更迭(こうてつ)を受けて、傘下の貴族が動いているようだ。マースデン伯爵のガーデンパーティーにだけは行こうと思っているが、いいか?」


珍しくダニエルがセリカにパーティーの出席について意見を求めてきた。


「いいですよ」


「危険があるかもしれない」


「私の魔法量は国中に知れ渡っているみたいですから、大丈夫でしょう」


「お腹の子どものことを思うと危ない橋は渡りたくないんだが、マースデン伯爵は話しようによっては物のわかる人だ。彼がこちらについてくれたら、東部帯の多くの貴族が追従すると思う」


なるほど、今後の社会情勢を変えるキーパーソンなんですね。




◇◇◇




今日のセリカは、ダレーナの農業特区でパーティーが催された時に身に着けていた、ピンクのドレスを着ている。


少しお腹が出て来たので、コルセットで締め付けないタイプのこのドレスを着ることにしたのだ。


これを作ってもらう時に、使い回しができないから(くるぶし)丈のドレスを新調するなんてもったいないと、マリアンヌさんに言ったことを思い出して、笑ってしまった。

あの頃は、服を買ってもらうだけでビクビクしてたっけ。


セリカは魔導車の心地いい揺れを感じながら、前に座っているダニエルを眺めた。


女嫌いで、素っ気なくて、何を考えているのかわからない独身貴族と思っていたダニエルと、こんなに心を通わせられるようになるとは思ってもみなかった。


今日もかつての敵陣に乗り込んでいくわけだが、ダニエルが一緒にいれば大丈夫だと信頼している。



マースデン伯爵邸は草原の中の小高い丘の上に建っていた。


魔導車が屋敷に近づくにつれて見えてきた伯爵邸の庭に、セリカは目を奪われた。


趣向を凝らした幾何学模様の緑が鮮やかな庭園や、噴水を取り囲むようにナチュラルに植えられた秋の花々が、心安らぐ美しい景色を見せてくれている。


「うちのブライスさんも腕のいい庭師だけど、ここの家の庭師もたいしたものね」


「それを聞いたらマースデン伯爵は喜ぶと思うよ。庭造りは彼の趣味なんだ」


「へぇ~ 伯爵様でも、庭師の仕事をする人がいるのね」



植物を慈しみ育てる人に悪い人はいないんじゃないかな。


そう思ったセリカの勘は外れてはいなかったようで、マースデン伯爵とダニエルは穏やかに話が出来ているようだ。


こちらに到着してからずっとダニエルは伯爵と話をしているので、セリカは飲み物をもらうためにテントに行くことにした。


けれどテントに入ってみたら、パーティーが始まってからここで飲み続けていたのか、ひどく酔っぱらっている男の人が一人で椅子に座り込んでいた。


うわ、これは近寄らないほうがいいわね。


― 本当。

  あっちにもう1つテントがあるから、そこで飲み物をもらいましょうよ。


そうする。



セリカはすぐさま踵を返したのだが、かえってその動作が目を引いたようで、酔っぱらいの男の人が立ちあがって後をつけてくるのがわかった。


ヤバっ、こっちに来てるー


「ねぇきみぃ~、ちょっと待って。僕とお話しなぁい?」


酔っ払いの酒臭い息が耳元に吹きかけられ、後ろからあたたかい手がセリカの肩をグッと掴んできた。


うぎゃ、キモい!


少し離れた所にいたシータが、慌ててこちらに走ってきているのが見えた。



セリカは肩から手を放してもらおうと思って後ろを振り返ったが、そこには酔っ払いの影も形もなくなっていた。


その時、周りから悲鳴が聞こえて、皆が空を見ているのがわかった。


ヤバい。

もしかして指輪の守りがまた発動しちゃった?


セリカもすぐに空を見上げてみると、高い上空にゴマ粒のようになっている影がポツンと見えた。


あら~


どうもハリーたちが飛んで行った時よりも、もっと高い所に飛ばされたようだ。



「彼は、浮遊魔法が使えるんですか?」


ダニエルが呑気な声で伯爵にそんなことを尋ねているのが聞こえた。

伯爵の方を見ると顔が真っ青だ。


「いや、ジョージは飛べない! どうしたらいいんだ?!」


「仕方がないな。タンジェント!」


ダニエルがタンジェントを呼びながら一緒に空に飛び上がっていった。

どうやら二人で助けてくれるようだ。



セリカはダニエルたちが黒い影に近づいていくのを見上げながらホッとした。


ここには干し草もないし、助かったわ。


― 浮遊魔法が使える貴族ばかりじゃないのね。


ダルトン先生は伯爵位以上でも使えない人もいると言ってたから、あの酔っ払いさんは飛べないのね。



ダニエル達に助けられて地面に降りてきた酔っ払いのジョージさんは、腰が抜けたのか芝生の上に座り込んで立てないようだ。


「も、もしかして……あの女は、セリカ・ラザフォードなのか?!」


「女だと?!」


ダニエルが即座にジョージの頭を上から掴んだ。

ジョージはハッとして助けてくれたダニエルの顔を確かめた。


「あ、こっ、これは失礼しました。女性です、女性」


彼のあまりの失態続きに我慢の限界がきたのか、マースデン伯爵が使用人を呼び、ジョージを抱えて連れていかせた。



「ラザフォード侯爵閣下、大変失礼いたしました。甥のジョージはシンシア嬢との長年の婚約が破談になってからこっち、ひどく滅入ってまして……」


「ああ、伯爵の妹さんは確か、ビショップ公爵の縁戚の方と結婚されてたんでしたな。そちらのご縁でサウザンド公爵閣下の娘さんと……いや、それは力を落とされるのも無理のないことですな」



― シンシアさんは、第三王子のクリフ様と婚約されたもんねぇ。


ということは、オリヴィアの事件で破談になった相手の人って、あの人だったのね。


あの人よりはクリフ王子の方がマシな気がするけど、小さい頃からずっと婚約してたら情もあるでしょうしね。

それに目に見えないこういう親戚関係が、今までも強固な繋がりを作っていたんだろうな。



どうもこの出来事が、今日の会談の内容を象徴していたようで、一朝一夕にすべての情勢を変えてしまう訳にはいかないようだ。


「何十年にもわたって築き上げてきたビショップ帝国の地盤は、すぐには崩れてしまわないだろうな。しかし担ぎ上げる神輿(みこし)がなくなったわけだから、いつかは徐々に変化していくだろう」


帰る道筋の中で、ダニエルは少しは手ごたえがあったとだけセリカに話してくれた。


「しかしそのドレスはもう着ないほうがいいな」


理由は言わなかったが、どうもセリカが他の男性に触られたのが腹立たしいようだ。


セリカにしても知らない人を空高く飛ばしてしまったので、パーティーでも身の置き場がなかった。

あれから誰も近づいてこなかったし……


それに奥様方がセリカではなくダニエルに名刺を渡したのも気分がよくなかった。


もったいないけどこのドレスは封印ね。

そう思ったセリカだった。

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