中編
「エヴァンス、これ何?」
惨敗しても落ち込んでなんていられない。
次のパーティのために、私はさらに気合いを入れてドレスを用意していた。
なのに、当日になって。
用意していたドレスが、別のものにすり替わっていたのだ。
やわらかい色使い。
甘すぎないフリルが、清楚な印象を与える。
シンプルで可愛らしいドレスだった。
「お嬢はこういうやつの方が似合うよ。いつもの胸や足を出すやつは、お薦めしない」
いいから着てみてよとエヴァンスが言う。
もう時間がなかったので、仕方なく着てみた。
「うん、やっぱり俺の見立て通りだね。あとは髪も降ろしたほうがいい」
「でもエヴァンス。こんな露出度の低いドレスじゃ、誘惑しづらいわよ」
いいから黙って座っててと、エヴァンスが鏡台の前に座らせる。
いつもよりも薄く化粧を施され、できあがった私は別人のようだった。
「お嬢が本気でもてたいならさ、こういう格好のほうがいいんだよ。露出が多いと下品に見えるから」
「なるほど……たしかに、こっちの方が可愛いかも」
エヴァンスの言うことは、確かに説得力がある。
「あとお嬢は、相手のことを聞きすぎ。自分のことを言い過ぎ。相手の話に合わせて、いい顔して頷いていればいいんだよ」
「それじゃあ、お互いにどんな人間かわからないじゃないの」
「わかったら相手が逃げ出すんだから、黙ってるのが得策なんだよ」
身も蓋もないことを、この執事ときたらズバズバと言う。
言い返せないのが悔しいところだ。
「それじゃあ、今日の戦場へ行ってみましょうか。お嬢様」
エヴァンスが不敵に笑って、手を差し出してきた。
◆◇◆
なんということでしょう。
今まで近寄ってこなかった男共が、ありのように群がってきている。
「素敵なドレスですね。まるで妖精のようだ。あなたのような美しい人ははじめてみました」
「ありがとう」
私のドレスを、目の下のほくろがある青年が褒めてくる。
彼とは前の前のパーティで、会話を交わしたことがあった。
初対面では、決してない。
知り合いがいたので挨拶に行ってきますね。
そう言って、どこかに行ったっきり帰ってこなかった男だ。
「次は僕と踊りませんか?」
「明日、私の家で小さなコンサートをやるのですが、よろしければ」
ダンスに誘ってきたやつは、前に家柄と家族構成を問いただしたら逃げられた。コンサートに誘ってきた奴は、こっちが誘ったときは用事がありますとかわされた。
へぇ、見た目を変えるだけで、こんなに反応違うのね?
はいとか、いいえとか。
当たり障りのないことしか、会話してないのに好感触だわ。
何より、顔をまったく覚えられてなかったみたい。
美しくなりすぎたからねと喜べるほど、お気楽じゃないんだけど。
私自身を出す必要はないんだと、そう言われているみたいで腹が立つ。
まぁ、それが一般の反応だってわかってはいるんだけどね。
全部エヴァンスの言うとおりだった。
そう思えてしまうのが、悔しい。
「すみません、お断りさせていただきますわ」
なんだか、気分が冷めてしまった。
今日はもう帰りたい。
そう思ったのに、ダンスに誘ってきた男が手首を掴んできた。
「そんなこと言わずに、1曲だけ踊りましょうよ!」
力が強くて、思わず顔をゆがめる。
行かないって言ってるでしょ!
思わず足が出そうになったそのとき、誰かがわりこんできた。
「すみません。その方は私の連れなので」
「エヴァンス……?」
白いスーツ姿だったから、一瞬誰かと思った。
エヴァンスは男から私の手を奪うと、余裕のある笑みを見せる。
「行きましょうか」
「え、えぇ」
その勢いに乗せられるように、エヴァンスに連れられて会場の中央へ行く。
ダンスの輪の中に入れば、エヴァンスがリードをしてくれた。
「途中からいないとおもったら、なんなのその服。いつもの執事服は?」
セットされた髪に、上品な白いスーツ。
嫌みなくらい、エヴァンスに似合っていた。
「こんなことになるだろうなって思って、準備してたんだ。最高のタイミングだったでしょ?」
「助けるなら、もっと早く助けなさいよ」
「だって、お嬢経験しないと学ばないし。こういうことを繰り返されても困るから」
音楽が、ゆったりとしたものに変わる。
エヴァンスが体を密着させてきた。
「皆、見た目しか見てないよ。そもそもお嬢の家名を聞けば、皆お嬢に優しくなる」
「そんなの……わかってるのよ。だから自分にしとけって、エヴァンスは言いたいわけ?」
耳元で囁かれて、言い返す。
エヴァンスは少し顔を離して、それから私のおでこに軽くキスをした。
「あ、あんた!! 今!」
「わかってるならさ、いい加減パーティ行くのやめようよ。正直、お嬢が言い寄られてるの見るの、気分が悪いんだ」
怒ったような声で、エヴァンスは言う。
嫉妬してると伝えるように。
「わ、私は!」
「俺はドレスと化粧が変わったくらいで、お嬢がわからなくなったりしないよ? お嬢があの家の娘だから、好きなわけじゃない。楽しそうに話すところも、得意げになると鼻の頭がちょっと膨らむところも。嘘をつくときは頬を触る癖があるところも、全部好き」
細かいところまで見られている。
そう思うと、恥ずかしいのに……嬉しい。
相手はエヴァンスで私の執事だ。
身分というものがあるし、性格だって悪い。
こんな感情を覚えちゃ、絶対にいけない。
ダメだと思うのに。
胸の鼓動が早くなるのを抑えられなかった。
「ねぇ、お嬢は俺が好き?」
ダンスが終わって、エヴァンスが尋ねてくる。
「別に嫌いじゃないけど、そういう好きじゃないわよ?」
「ふーん?」
平静を装ったはずなのに、エヴァンスはニヤニヤしている。
はっとして手を見れば、頬の位置にあった。
「こ、これは違うんだからね!!」
「意地っ張りなところも可愛いよね」
エヴァンスがクスクスと笑う。
私ばかりが翻弄されているようで、面白くなかった。




