一夜
竜「ここから出しておくれ」
竜「とほほ」
はかせ「やたードラゴンを捕まえたぞ」
竜「にんげん、にんげん、どうかここからだしておくれ」
はかせ「なぜだろうか」
竜「おれはにんげんの住処にいていい生き物ではないのだよ」
はかせ「それまたなんで」
竜「おれは、にんげんにはすぎた力なのだ。血は呪われ、うろこはひかり、肉はいきものを狂わせる」
はかせ「へー」
竜「へー て」
はかせ「ではなぜここにおちてきたのかな」
竜「おれのからだはにんげんにすぎた力をもたらすが、おれのこころはもろいのだ。ひとりでは堪えられぬ」
はかせ「で?」
竜「ひとざとをみにきたのだ。太鼓とらっぱがなっていた。今日は祭りではなかったのか?」
はかせ「ははぁ。たしかに、ほんじつはお祭りでありました。それはそれは、おおきな、おまつりです」
竜「そうだろうそうだろう。おれはにんげんのたのしむ顔がすきなのだ。それをみにきたはずが、翼になにかがこちんとあたって、気が付けばこのざまだ」
はかせ「そりゃ災難ですね」
竜「みうごきできずに難儀していたおれを、貴公がすくってくれたのだ。だが、かくまってもらうのはさらに難儀してしまう。おれはにんげんには毒だ」
はかせ「すくった?」
竜「このようなくらいところにかくしてくれたことだ。感謝せねば、にんげん。あやうくひとびとを仰天させるところであった」
はかせ「かんしゃ?」
竜「感謝だ」
はかせ「ははぁ、なるほど。いや、きみはけがをしています。そのけがじゃあ、ここからだすわけにはいかんなぁ」
竜「なんと。それは重ね重ね、すまない話だ。あなたのような親切ものを不幸にするわけにはいかん。おれは地べたを擦って帰ろう」
はかせ「いえいえ、そうおっしゃらず。きみのけがは深いぞ。てくてくあるいているうちに力尽きて、街中で死骸になったらみんなおどろいてしまいます」
竜「なんとなんと」
はかせ「ねぇきみ、そうつれないことを言わず、どうかここで養生していってください」
竜「そうか。おれもにんげんをおどろかせたくはない、すまんが、ここでしばらく世話になる」
はかせ「はい、はい」
竜「かんしゃしてもしきれん」
はかせ「いい実験材料がてにはいったぞ」
竜「にんげん、にんげん」
はかせ「はい、はい。なんでしょう」
竜「おれのけがはいったいいつなおるのだろう」
はかせ「ははぁ。そうですね、じつはわたし、医をこころがけるものでもあります」
竜「なんと」
はかせ「わたしのみたてでは、きっと、しばらく、かかりそう」
竜「そ、そうか」
はかせ「どうかなさいましたか」
竜「めいわくをかける」
はかせ「いえいえ、そんなことございません」
はかせ「ねぇねぇあなた」
竜「なんだろうか」
はかせ「どうぞけがをみせてください。わたしが治療いたしましょう」
竜「そのようなわけにはいかぬ」
はかせ「えっ」
竜「すまない。さきほどいった通り、わたしのからだはにんげんには毒なのだ。できれば、触れさせたくはない」
はかせ「そんなこと、たいしたことではございません」
竜「なんと」
はかせ「わたしは、医もこころがけるもの。きちんと、そういうものから身を防ぐものももっておりますゆえ」
竜「しかし」
はかせ「どうかどうか、ちりょうをさせてください」
竜「うむむ」
竜「しかたあるまい、長居をするわけにもいかない。きけんなことだが、たのむ」
はかせ「はい、はい。やりますよ、よろこんで」
竜「むむむ」
はかせ「しかし、ちょっと、いたむかもしれません」
竜「いたむとは」
はかせ「ちりょうをいたしますから、きっと、ちょっとは、いたいでしょう」
竜「いや、痛みなど、あなたにかけるめいわくに比べれば、たいしたことではない。我慢しよう」
はかせ「ははぁ、それはそれは、ありがたいことです」
はかせ「どれどれ」
竜「どきどき」
はかせ「ははぁ、これが、竜のうろこ、これが、竜の肉」
竜「ひぃ」
はかせ「めずらしい、めずらしい。こんなもの、みたこともない」
竜「あっあっ」
はかせ「うふふ、いろいろもらっていこう」
竜「……」
はかせ「おや?きみ、きみ。ちりょうは、おしまいだよ。はやくおきたまえ」
竜「……ぐはっ、お、おわったのか」
はかせ「ええ、たんまり」
竜「あなた、あなたは無事なのか」
はかせ「ぶじ?」
竜「ぶじか」
はかせ「ははぁ、五体満足でございます」
竜「よかった」
はかせ「ちょうしはいかがですか?」
竜「少々、いたむが、たいしたことではない」
はかせ「そうでしょう。長持ちしてほしいですからね」
竜「ながもち?」
はかせ「きみの命がながくつづくようにと」
竜「ていねいなことだ。もっと、らんぼうにあつかったって、大丈夫だぞ」
はかせ「そういってもらえると大助かりだ」
竜「すやすや」
はかせ「おお、ドラゴン、ドラゴン。わたしのもとにおちてきた、うつくしい、まぬけないきもの」
竜「すやすや」
はかせ「なんてかたいうろこだろう。なんと、ちからを秘めた肉だろう。こいつがあれば、わたしは、もっと、もっとたのしいものが作れるぞ」
竜「すやすや」
はかせ「ねむれ、ねむれ。わたしのために、たくさん血をつくるんだぞ」
扉「かたり」
はかせ「ひっ」
扉「…………」
はかせ「…………」