第4話「ラブ・ストーリーはある日突然に」
※デルモ…………4000年後の小型携帯電話ツール。電子液晶画面を開き、TV電話や写真・動画撮影などが可能。
ジャック・スナイデルは火星圏コロニー「Mother」出身の22歳の青年だ。彼は大学院生で、木星探査の研究の為にマザーからココロへ宇宙船に乗ってやってきた。宇宙船には2名のクルーが同乗していた。貧困街出身の身寄りのないケビンとカリンという少年少女だ。ジャック一行はココロの707番州駅宇宙船停留所に彼らの宇宙船を停め、一定期間ココロに滞在することを決めていた。
Coccoro到着前、ジャックは交際相手とデルモでやり取りをしていた。危険だとされる木星探査活動で命を落とす研究者は少なくない。その活動に対しての反対は当時交際していた恋人からもあった。しかし彼は誰の意見も聞かなかった。両親が成しえなかった大事業を彼は何としても成し遂げたかったのだ。
『ねぇ、もう一度考え直して。ここにも貴方を必要としている人はいるのよ』
「わかっているって。でも、オレは誰かの為にオレの夢を捨てたくないのさ」
『みんな貴方のことを狂った人間だって言っているわよ』
「勝手に言わしとけよ。もうオレ達はココロに到着するのだし」
『わかっているわよ。貴方っていつも人の言うことを聞かないものね』
「そんな言い方ないだろ? どうしたんだよカーラ? 今日は変だよ」
『実はね、今日ね、どうしてもあなたに伝えようと思っていたことがあるの』
「な、何だよ。急にさ」
『もうあなたについていけない。さようなら』
「おい、ちょっ……」
ジャックが返信を返そうとした時にカーラの方からデルモの受信拒否をかけられた。つまりは一方的に切られたのであった。彼が彼女にふられた瞬間だった。余りにも突然の出来事に驚いたジャックはデルモ機を床に落下させてしまった。宇宙船到着の衝撃も合わさり、彼のデルモ機は完全に故障した。
「わっちゃあ、最悪だなこりゃ……」
宇宙船が到着し、Cocoroに上陸したものの、クルーからさっきの出来事を茶化される仕打ちを受けてジャックの気持ちは最低に沈んだ。そんな彼だが吸い込む空気の新鮮さが彼のストレスを払拭してくれた。澄んでいて美味しい。最高の自然を体感させてくれる世界。彼はここに来て良かったとその一瞬で思うことができた。ジャック達は故障したジャックのデルモ機を修理する為に携帯ショップへ向かうことにした。さっそく駅の受付で場所を尋ねた。
「携帯ショップでしたら、右手奥のエレベーターに乗って5階でお降り下さい。そのフロアの左側奥に各社のショップがございます。ああ! お客様、もしかして木星圏外からの御方になります?」
「え? はい、そうですけど……」
「でしたらSPK社のブースに行ってみて下さい。他社だとココロの専用機しか取り扱ってない可能性もありますので」
「ああ! なるほど! わざわざありがとうございます!」
「ドウモイタシマシテ! ヨイイチニチヲ!」
「?」
受付で応じた女性職員は流暢な英語を話していたが、最後の返答だけ妙にカタコトで不自然だった。よく見ると至る部位にメカニックなアクセサリーを身に着けている。ただの人間ではなさそうだ。
「ここは面白いな! 気に入ったぞ! ははっ」
「いい大人が一人で何騒いでいるの? ふられたばかりだと言うのにね~」
「うるさいなぁ! その話はもういいだろ! ほらとっとと行くぞ!」
やがて彼らは携帯ショップが並ぶ5階のフロアに到着した。すぐにSPK社のブースまで行き、店員にデルモ機の修理を申し込むことにした。この日は休日だったのか、人が多くて修理の手続きまでしばらく待たなければいけなかった。退屈しながら待っていると、ジャック達の目の前で騒ぎ始めた少年少女が現れた。目をこする。よく見ると少女の方は成人女性だ。
「だからさ、オレは普通の物がいいって言っているの!」
「それがいけないって言っているのでしょ! 友達に馬鹿にされるよ! お姉ちゃんがせっかく高額出して新機種の良いヤツを買ってやると言っているのよ!」
「馬鹿にされねぇよ! コロニーの外に友達なんていないのにさ、どうしてそんな物をわざわざ買わなきゃいけないんだよ!」
「お姉ちゃんの御心よ! 文句を言うならアンタに罰が当たるよ!」
「脅しじゃねぇか! 何だよその無茶苦茶な信仰! 第一こんな大人びたヤツとか持っていたら逆にみんなに引かれちゃうよ!」
「何弱気になっているの! そこは『オレの凄いぜ』って自慢しなさいよ!」
「できるか!」
「あの、一体何をそこで喧嘩しているのかな?」
「?」
余りにも五月蠅さにジャックは姉弟喧嘩の間に入ることにした。ジャックが間に入ることで2人は周囲に迷惑をかけていたことをようやくわかった。喧嘩の理由を簡潔にまとめるとこうだ。弟の学校の入学にあたって姉弟で弟に携帯を購入しに来たらしい。この姉弟は大金持ちの家庭らしく、とにかく弟に高性能なデルモ機を購入しようと思った姉。そもそもデルモ自体に興味を持っていなく、高額のデルモ機を購入する事に抵抗をしている弟。この意志のすれ違いが喧嘩のキッカケとなった。ひとまずジャックは話を聴き、姉弟喧嘩の仲裁に入った。
「お姉さん、ここはヒロ君の言うようにそれなりの機能を持ったデルモを買ってあげなよ。圏外通信仕様は彼が木星圏外に出られるようになってから買ってあげればいい。一生懸命勉強していたらそうなれるかもだしさ。あとヒロ君、携帯は持っておいて損はない。お姉ちゃんがここまでしようとしてくれているのにさ、それに対して感謝ぐらいはしなよ。ここまでしてくれるお姉さんは普通いないよ?」
「………………」
「………………」
「あ、ごめんなさい。蛇足だったかな?」
「いや、すいません。何ていうかそこまで考えて貰って……」
「礼には及ばないよ。仲睦まじい姉弟さんと会えて気持ちが良かったよ」
「えへへ~」
「おい! ジャック! ボクたちの番号が呼ばれたよ!」
「お、じゃ、僕はこれで失礼するよ。2人は本来仲いいのだから喧嘩しないでね」
「あの!」
「ん?」
「良かったらこの後、お茶しません?」
「え?」
「これも一期一会なのかと思って! あ、迷惑だったらいいです!」
「いや、いいけど……結構時間かかるかもだよ?」
「おい! 早くしてよ! 順番飛ばされるよ!」
「おう、わかっているって! ジャック・スナイデルです。もしお時間あれば是非」
「アカリ・クリスティです! お待ちしていますね!」
ジャックのデルモ機は圏外通信可能な極めて高機能な物であり、新品購入でも修理に出してもどのみち半年はかかると店員から言われた。従ってココロ圏内の専用機をこの半年間使ってみてはどうかと打診された。つまりこのコロニー圏外とはこの半年間音信不通になるのだ。ジャックは少し考えて結論を出した。かなりの出費にはなるが、スペースネットを使用してこのコロニー圏在住の大学関係者に今の状況をしっかり報告すること。そしてこの半年間はこのコロニーで生活していくこと。そこに向けてさっそく取り組まなくてはいけないことがいくつもあること。先程出会ったアカリと言う女性に色々聞かなくちゃいけない。そう思ったジャックは即座にお願いするような形でクルーに尋ねた。
「なぁ、半年間はここで過ごそうと思う。文句あるか?」
「全然。ボク達、ジャックがいなかったら何もできないものね」
「ホント、仕方ないわよね。誰かがデルモ壊しちゃうものだから。付き合うわよ」
「ホント悪いな。じゃ、待たせているから行こうか」
「?」
ジャックのデルモ修理の件が終わるまで3時間かかった。これ程時間が経過したのだから既に帰っていても仕方ないだろうと思っていた。しかしアカリ達は待っていた。ジャック達を見かけるなり手を振って迎えてくれた。ジャックはこの瞬間に彼女達とこれから浅からぬ縁となる事を感じていた。それからジャック一行はクリスティ姉弟と喫茶店でお茶をしながら会話を交わした。ケビンとカリンはヒロを可愛がり、アカリは火星圏からやってきたジャック達に目を輝かせていた。
「えっと、じゃあ、これから貴方達はここに住むの?」
「うん。半年間だけどね。とりあえずどこに住むかを考えなくてはだけど……」
「それなら丁度いい所があるよ! 私達の住んでいるアパートは2人暮らし専用で、結構安かったりするよ。短期入居ならバッチシじゃないかな。ちゃっかり3人で暮らしている人達とかもいたりするし。良かったら今日にでも紹介するよ」
「ありがとう! そうしてくれるならすごく助かるよ! 何と御礼を言えば……」
「御礼なんかいいよ言葉だけで。汝隣人を愛せよ。私達の精神だから」
「クリスチャンなの?」
「うん。そうだよ」
「奇遇だね。オレもそうだよ。そんなに教会行ったりはしてないけどさ」
「わぁ~同じだなんて超感激! 教会なら私が紹介するよ! 一緒に行こう!」
「うん。こりゃ行かなきゃ……だね(笑)でもその前に役所行って、光合成しなくちゃいけないから、そこに行くのはまだまだ先かな?」
「全部紹介してあげるよ! この駅からどこもそんなに離れてないから!」
「随分親切だね。ホントに信仰心だけでこんなにしてくれるの?」
「そりゃ他の惑星の街からこの街にやってきてきれた人だもの! 精一杯この街を愛してもらえるように尽くすよ!」
「素敵な郷土愛だね」
「えへへ~」
「もしかしてこの街の役所勤めされていたりするのかな?」
「う~ん。違うけどある意味そうかも?」
「ん?」
「私はこの街の駅員だよ」
「へぇ~そうだったのか!」
「ねぇ! 陽が沈む前に役所行って手続きとか済ませよう! ほら! 行こう!」
「え? あ! う、うん」
アカリはジャックの手を引いて動きだした。ジャックは思わず照れた。さっきふられたばかりなのに彼の心は彼女に動き始めていた。なんて軽い男なのだ。そんな自己嫌悪に駆られそうだが、そんな自分の素直な気持ちが心地よかった。
その日のうちにジャック一行はアカリの強力な手ほどきによって、新住居への入所と光合成を終えられた。かなりハードなスケジュールだったが、何だか充実した1日だった。ケビンもカリンも興奮して寝つけられないようだが、ジャックもまたそうだった。アカリ達と別れる前にアカリお気に入りの夜景スポットへと立ち寄った。そこで彼女から「恋人はいないの?」と尋ねられた事を思い出す。カリンが元カノからふられた事を茶化して打ち明けたせいで笑われたりもしたが、今彼女にも交際相手がいない事を確認できた。もしあの夜景を彼女と二人きりで観られたら……
「わぁ~何考えているのさ!? オレ!?」
「どうしたジャック?」
「い、いや、余計なこと想像しちゃって」
「ふふん♪ ま~だカーラのことひきずっているのかしら?」
「この野郎」
カリンはジャックの本心を気づいてないようだ。それは彼を何より救っていた。
翌日、新住居でスペースネットを使用し、ココロ圏域在住の大学関係者と会話を交わした。マザーに帰還するよう指示がでたが彼は帰るワケにいかなかった。彼は宇宙船が故障しているという嘘もつき、ココロにいなくてはいけない口実を作った。教授もしぶしぶそれを納得してくれた。さてここからだ。彼はすぐに706番州にある適当な酒場のアルバイトを見つけ出した。707番州にもそんな所はあるが、駅受付に立つアカリと会っていきたいという勝手な想いからそういう決断をした。彼の研究はアパートからアンテナを張ることで可能であり、その具体的な作業の手伝いはケビンとカリンの2人にもできる。自分が抜けてもそこまでの支障はでない。万事準備万端だ。彼の戦いが始まった。
アカリは駅受付職員となって6カ月になった。この頃より化粧をするのに時間をかけるようになっていた。
「おい、早くしてくれよ。学校に間に合わねぇよ」
「じゃあとっとと行けばいいじゃない?」
「はぁ? 大体何でそんなに時間かけているのさ?」
「アンタの知った事じゃないでしょ! そんなに洗面所使いたいなら、もっと早く起きるようにしなさい」
「ぐっ……全く、姉ちゃんはアイツが出てきてから何かおかしいよ」
「何よ?」
「アイツが出てきてオレのことなんか全く考えてもないだろ? 最近になって急に弁当作らなくなったし、迎えにも来なくなったし……」
「それはアンタが自立する為でしょ? ヒロ、もしかしてヤキモチ焼いているの?」
「ち、違うよ! もうっ! 学校行く! この分からず屋のクソ姉貴!」
「はいはい。いってらっしゃい。気をつけてねぇ………………可愛い奴」
ジャック達とアカリ達は知り合ってから1ヵ月で急速に親睦を深めた。アカリが休みの日に合わせてジャックもバイトの希望休暇をとり、研究の休息にもした。彼らは707番州の動物園や水族館を観光して余暇を過ごした。カリン達とヒロはすっかり仲良くなり、子供3人で遊ぶようになった。同様に毎朝のように顔を合わせていたジャックとアカリの仲も接近した。冬が近づいてきた11月のこと、ジャックはアカリと2人で水族館に出掛けた。2人が知り合って2ヵ月経ってのことだった。これまでヒロ達と一緒に観光を楽しんでいたので、2人きりになることはほぼなかった。そんな事でジャックが悩んでいた矢先、アカリからデートの誘いがあったのだ。思わぬチャンスに心弾むジャックだったが、いざ2人きりになると何も言えなくなっていた。アカリはいつもと変わらない。明るく笑顔でジャックの手を引いていた。
ジンベエザメの前でアカリは立ち止まった。
「あの」
「何?」
「いや、いつもジンベエザメよく観ているな~と思って」
「うん。好きだから。大昔神様に例えられたおサメさんなのだって」
「へぇ~」
「ねぇ、ジャック、今日は口数少ないね?」
「え? ああ、ごめん。何だか今日のオレって可笑しいよね」
「私はそんなジャックも大好きだよ!」
「え」
アカリから唇を重ねてきた。突然のことだった。長い口づけが終わり、アカリの瞳はジンベエザメでなくジャックの目をしっかりと捉えていた。2人が恋人同士になった瞬間だった。2人はあの運命の出会いからずっと相思相愛だったのだ。
それから2人は手を繋いで帰路を辿った。
「ねぇ、ジャック、貴方は半年経ったらマザーに帰るの?」
「うん。研究の報告をしないといけないからね。でも、今日ハッキリ決めたよ」
「えっ?」
「うん。報告が終わったら、すぐに論文だして卒業するよ。そしてここに戻る」
「!!」
「そうしたらさ、それから先の未来を2人で語り合おう。ここはもうオレの故郷だよ。君のお蔭でそう思いたくなったのさ」
「ジャック……!」
こうして2人の交際は始まった。周囲に2人の関係を批判する者はいなかった。また幼い時に両親を亡くしたジャックにはマザーにもほぼ身寄りがいなかった。そんな彼にとって「ここはもうオレの故郷だよ」とは嘘偽りのない言葉だった。
やがてジャック一行がCocoroに来て半年の月日が経った。ジャックの使用する高機能メルボ機の修理が終わり、彼の手元に戻ってきた。あれから半年。あっと言う間の月日が流れたと彼は宇宙船の前で感慨に耽った。
「ジャック、木星に行くの?」
「うん。でも近くまでだよ。大丈夫だよ。また明後日にはここに帰るから。あ、でも帰ってまたマザーに行くのだから、ちょっとの再会か。アカリもやっぱりオレの研究には反対するのかな?」
「ううん。誰よりも応援している。誰よりも信じている。だから約束して」
「ん?」
「必ず無事に還って来て。私は貴方を誰よりも待っている」
「ああ。必ず。愛しているよ。アカリ。神に誓って」
二人は長い口づけをした。ジャックからであった。
「おい、早くしてよ! ジャック!」
「ああ! 悪いな! すぐ行く! アカリ、ヒロとロムニー神父様にも宜しく!」
「うん! 伝える! 気をつけてね! ジャック!」
アカリは手を振ってジャックの宇宙船、ジャック・スパロウを見送った。
それから3日間ジャック・スパロウは帰還してこなかった。元気に振る舞うアカリの本心は不安で溢れていた。そしてジャック・スパロウがCocoroを発って4日目の朝、宇宙船の脱出ポッドが駅の宇宙船停留所に漂着したと言う知らせを彼女は耳にした。ポッドには10代の男子と女子2名が乗っているらしい。その知らせを聴いたアカリはいても立ってもいられず、仕事中にも関わらず宇宙船停留所へと走った。そこにはポッドから出てきた満身創痍のケビンとカリンがいた。救助の対応にはミナトと男性駅員の2名があたっていた。ケビン達は次第に意識を取り戻してきている様子だった。
「おい、大丈夫か? 一体何があった? 君はアカリの彼氏の!」
「ミナトさん? そうか……ボクたち助かったのか」
「立てるのか?」
「はい。何とか。カリン立てるか?」
「うん。でも光合成しないとキツいかも」
「何なの……ジャックはどうしたの? 何があったって言うの?」
「あ……アカリさん……痛いっ!!」
「止めろ! アカリ! 相手は怪我人だぞ!」
アカリはケビンの身体を掴み、胸ポケットからデルモ機を取り出した。すぐに液晶画面を開き、最新の「事故報告動画」のファイルを開いた。液晶には今眼前にある脱出ポッドにそこから遠く離れた場所で爆発をするジャック・スパロウが映し出された。
「嫌…………いやぁ………………いやああああああああああ!」
彼女の悲鳴はフロア中に響き渡った。すぐにミナトが制止に入ったが、しゃがみ込んだ彼女の大混乱は怒りとなり、その矛先はケビン達に向けられた。
「どうして!? どうしてよ!? 何でジャックが死なないといけなかったのよ!? 死ぬべきは身寄りのない貴方達じゃないの!? アンタ達が死んじゃえば良かったじゃないのよ!!」
「いい加減にしろよ! お前!」
「おい!? 君! しっかり!」
アカリの怒りに触れたケビンは唖然とし、カリンはふらっと倒れてしまった。ミナトは状況判断を切り替え、ケビンとカリンへ救急隊を呼ぶようにもう一人の駅員へ指示をだした。アカリはそのまま悲しみに暮れた。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。アカリの涙はやがて枯れ果てた。顔をあげると、そこには仕事を終えたガーディが立っていた。
「いつまでそうしているのよ?」
「ガーディ先輩……」
「仕事は偽善でやるものではないわ。今日は欠勤扱いにするからね。よろしく」
「すいません……」
「お詫びなんてしなくていいわよ? 緊急的にあなたの替わりをキャンベラにしてもらったわ。今度よくよく礼を言うことね。あのコ、ただでさえアンタのことを嫌っているのだからさ」
「ごめんなさい……」
「だから謝らないでも……まぁ、同情はするわ。死んだ人は戻ってこないものね。明日も休みにしてあげるから、明後日は気持ち切り替えて出勤しなさいな」
「あの、先輩、一つお願いを聞いて貰えますか?」
「ん?」
「私をぶって下さい」
「ええ。わかったわ」
ガーディは遠慮なく、そして力強くアカリの両頬をぶった。そして何も言わずにその場を去っていった。それは彼女なりの優しさだった。
深夜遅く、アカリが家に帰るとヒロが待っていた。アカリはヒロに抱きつき、そのまま泣き崩れた。ヒロにもわかっていた。泣いちゃいけないと思いながらも、彼はアカリと共に涙を流した。
翌日、アカリのアパートにケビンがやってきた。深々と謝罪をするアカリだが、彼はそんなに気にしてないと話し、むしろショックを受けたアカリの心配をしていたぐらいだった。彼曰く、ジャック・スパロウは木星のガス爆発に巻き込まれ、大破してしまったとの事だ。ジャックはケビンを庇い致命傷を負った。その状態になってでも彼は二人を脱出ポッドに押し込み、自らを犠牲に二人の命を救ったのだと言う。ケビンはその話を終えると胸ポケットからデルモ機を取り出した。よく見るとジャックが使用していた物であった。
「それはケビン君の?」
「ううん。アカリさんがボクから奪ったのはボクのデルモだよ。ジャックの物はポッドに残したままにしていた。ここにアカリさんへの伝言が残っているのさ」
「!?」
「観て欲しいとは思うけど…………これを録画した時、ジャックは既に死にかけていた。もしかしたら観ない方がいいのかもしれない。そう悩んだけど、ジャックのこと思うと黙っていられなくてさ」
「…………」
「ごめん。じゃあこれはボクが預かっておくよ。また観たくなったら教えてよ」
「わかった。観よう。今ここで」
「!」
「ジャックはみんなの家族だよ。カリンちゃんはいないけど、最後の言葉ぐらいみんなで受け止めよう!」
「まぁ、オレ達の姉ちゃんは頑固だからな。頼むよ。ケビン」
「わかった。ボクも二人と一緒なら観られる気がしてきたよ。点けるよ」
ケビンはデルモ機の液晶画面を開き、最新の「アカリへ」のファイルを開いた。液晶には頭部から血を流して肩で息をしているジャックが映し出された。3人は一瞬騒然とするも、ジャックが喋り始めると彼の言葉に耳を傾けた。
「アカリ……こんな事になってしまって申し訳ない。どうお詫びしていいのか……わからない。きっと神様もこんなオレを許したりはしないのだろうな。だけど……だけど最後に伝えておきたい事がある。最後まで聴いてくれ。オレは小さい時に親を木星探査で失った。そんな親に憧れて、いや、こんな話どうでもいい。あれ……オレ何を話そうと思ったのだっけ? ははっ、こんな時になっても情けないよなぁ。そうだ。アカリ、アカリって言葉は遥か昔、地球の祖先が使っていた言葉らしい。その意味は灯火だ。そう。君は灯火だ。オレはココロに来て君の笑顔と出会った。ずっと会いたくて、駅に通い続けたよ。ははっ。気持ち悪いよな。でもアカリの笑顔はみんなを救う。オレだけじゃない。ケビンとカリン、ヒロにとっても同じ。いや、707の駅に来る人たちみんなにとってもそれは同じだ。だから、どうか、どうか……君は決して消えることないみんなの灯火であり続けてくれ。生意気な願いだけどオレはそんな君と愛し合えて誰よりも幸せだ。ケビンとカリンをどうか頼むよ。ああ……もう息が………………本当にごめん。愛しているよ。アカリ、みんな」
そして映像は切れた。ジャックの最後のメッセージはアカリだけでなく、全員に向けたものだった。アカリは涙一つも見せずにまっすぐジャックと向き合っていた。ケビンはそれを見て安堵した。そして1つの提案をすることにした。
「アカリさん、これを受け取ってくれるかな? ジャックも喜ぶと思うよ」
「うん。ありがとう。ケビン君たちはこれからどうするの?」
「ミナトさんに紹介して貰った533番州行くよ。ボク達みたいなのを受け入れてくれるって言うからさ。大丈夫だよ。マザーじゃあ道端で生活していたボク達だよ! やっていけるよ! 心配しないで」
「そう……」
「うん。でもこれからもアカリさんとはデルモで繋がっていたいし、この街には大人になったら戻るよ! ジャックができなかった分、ボクが約束を必ず守るよ!」
「そう。それなら嬉しいな! 私待っているよ!」
「ああ、でもカリンの奴、アカリさんの言葉を真に受けちゃっていて……」
「そうなの……」
ケビンとカリンはこの翌日に707番州駅を出発した。アカリは仕事でヒロは学校の為に見送りできない事がわかっていた。またカリンの精神的負担にならない為に見送り自体しない方が良いだろうと事前に話し合っていた経緯もあった。
「おい、浮かない顔するなよ。向こうでそんな顔したら嫌われるぞ」
「ねぇ、ケビン」
「何だよ?」
「私達、生まれてきて良かったのかな?」
「良かったに決まっているだろ! もうその話はするなって言っているだろ!」
「わかっているわ。わかっているけど……」
「カリン……」
リニアの座席に座ったカリンの顔は絶望の色を残したままだ。ケビンは言葉を失ったが、その瞬間に彼は窓越しにアカリの顔を見た。アカリは制服姿で見送りにやってきていた。アカリは窓をドンドンと叩き続けている。驚くカリンだが、彼女は無意識のうちに窓を開けずにはいられなかった。
「アカリさん!?」
「はぁ、はぁ、良かった、間に合って。カリンちゃん! ごめんなさい!!」
「え…………」
「ジャックの事は私以上にショックだっただろうに、あんな酷い事を言ってさ、本当に、本当にごめんなさい!!」
「アカリさん……」
アカリはケビンにもしたように深々と頭を下げて謝罪した。カリンはただ驚くばかりだったが、アカリは今にもリニアが出発しそうだと言うのにも関わらず、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「カリンちゃん、勝手な約束だけどさ、勝手な私からのお願いだけどさ、大人になったらこの街においで! うんと勉強して! うんと賢くなって! この街に来るんだよ! 私待っているから!」
「アカリさ――」
カリンが何かを言おうとした時にリニアは加速を始めた。カリンの席の窓は自動で閉まった。アカリは首元に巻いているスカーフをとって、それを遠くからもよく見えるように大きく振って見せた。渾身の満弁の笑みだった。カリンは溢れる涙を抑えられずにいた。
「良かった……良かったよぅ……」
「ああ! 良かったな! カリン、大人になったら一緒にこの街に帰ろうな!」
「うん…………うん!」
アカリはリニアが見えなくなるまでスカーフを振り続けた。
「アンタ何やっているの?」
「ガーディ先輩!?」
「休憩時間5分オーバーよ。もうっ、こういうのは特別なのだからね!」
「えへへ。すいません。すぐ戻ります!」
「お疲れ様」
「?」
「何でもないわよ! ほら戻るわよ!」
希望の灯火は決して消えることはない。そこに確かな人の絆がある限り――
∀・)読んでいただき、ありがとうございました!
A・)とても辛い展開となりましたが、めげずに力強い一歩で歩み始めたアカリを応援して貰えたら幸いです。
∀・)恋は力なり。ラヴラヴな2人を執筆していて妙な充実感がありました。いいですね。恋って。
∀・)本日明日で4話と5話を連日投稿していきます!明日5話を投稿する予定です。乞うご期待ください。