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第3話「これが私の生きる道」

 迷惑な新人が入社して3カ月。入社したての頃に比べれば多少はまともな仕事をするようになった。決して優しくしてないつもりだが、何故か自分をどんどん慕ってくるようになっている。そんな彼女が不思議でたまらなかった。707番州駅受付職員チーフのガーディ・ブライアントはアカリの存在をそう捉えていた。彼女は彼女の持つポリシーから新入職員の教育を担当し、人一倍厳しく指導するようにしている。結果的に毎年春に入ってくる新入社員のほぼ全員が入社1ヵ月の内に辞職をしている。アカリもまたそんな人間の1人に思えて仕方がなかった。しかし3カ月を過ぎ、そのやる気は沈むどころか日に日に増していた。



 内心は嬉しかった。こんなに強い後輩ができたことが何よりも喜ばしかった。



 そんなガーディだが実は彼女は毎日のように悪夢にうなされていた。この日も夜中にあの忌まわしい光景が夢に浮かび、咄嗟に目が覚めてしまった。いつものように冷蔵庫から牛乳を取り出し、それを飲んで再びベッドに戻った。この病苦の為に精神科医にかかり、安定剤の服用を勧められることもあったがこれを彼女は拒んだ。あの日あの時のあの場面は彼女にとってトラウマであるのと同時に“彼女の原点”でもあったからだ。




 年月を遡ること10年前の西暦6006年。707番州駅は当時におけるCocoro最果ての地、709番州駅に向けて再改築がされたばかりだった。今は数多くの観光客を呼んでいる巨大動物園や巨大水族館も開発段階にとどまっていた。また現在と比べてみて、かつてその駅の規模ははるかに小さなものだった。



 この駅の運営を任されたのが現駅長の父であるアウム・ゴンドーと彼の腹心にあたるリッカ・ヤマノだった。2人は元々軍人であり、『ポイズニア戦役』で名を馳せた著名人であった。ポイズニア戦役とは今から20年前に発生した巨大な宇宙外生命体で、火星圏や金星圏にても同様の猛威を振るった「ポイズニア」との戦争を指す言葉である。その発生原因は現代の科学を以てしても不明で、宇宙科学の謎とも言われ続けている。ここCocoro連邦でも440万人(その多くが軍人)の犠牲を払った大災害であった。その戦いの大勝利で際立つ活躍をした800名に「Cocoro連邦軍騎士勲章」が贈られたのだが、アウムとリッカはその中の1人として1度授与を受けた人間だった。指揮官として有能と称されたアウム、戦闘機部隊のエースとして目覚ましい活躍をしたリッカはそれぞれ連邦軍内での大昇格が期待されていたが、2人の故郷である707番州市民による「殉職して欲しくない」との強い要望から軍役を引くこととなった。



 それから約数年間、アウムとリッカは707番州の政界にその身をおくことにした。その中で707番州駅の再開発プロジェクトに興味を持ち、連邦リニア社からの要望を受けたことも重なり、政治家から駅職員へと転身した。庶民の反応は選挙に出馬した時以上に期待の声が高く、それは街の盛況にも発展していった。707番州で育った人間であれば誰もが知っている英雄。そんな2人が街の玄関口に立つことに多くの人々がロマンを膨らませていた。



 リッカは元々連邦軍重役の両親の下で育った名家の娘だった。彼女は幼き頃から優秀かつ人望に厚く、金持ちの身分でありながら貧困街やナチュラルへの支援活動を自ら率先して行うなど、その行動力から街の有望株として認められていた。そんな彼女であるからこそ、街の誰しもが彼女の行動を支持していた。



 駅の再開発は小規模な駅を大規模な駅にしていく構想を練る事から始まった。



 構想が出来上がってからは早かった。2人の人脈は広く厚いものだったので、多くの支援を受けて構想の実現が着々と進んでいった。副駅長でもあるリッカは当初は重役としての仕事を任される予定だったが、本人からの熱烈な強い要望で受付職員も兼任する事となった。それは707番州を純粋に愛する彼女の気持ちの表れであった。



 やがて707番州駅は再開業の日を迎えた。運行開始早々、受付に立つリッカに会う為に人々が殺到する事態が生じた。その大盛況は駅が閉まるまで続いた。もはや「リッカ・ヤマノ握手会」の開催と言っても過言ではなかった。



 この再オープンの時からの受付職員がガーディ、ミーア、キャンベラ、リンダそしてリッカの5人であった。キャンベラは707番州ナイド1番通りの役所の物置にしまわれていたアンドロイドだった。しかし運が良かったのかアウムに発見され、さらには興味を持ってもらえたことがキッカケで街のシンボルとして再び活躍の場を持つ事となった。勿論アウムの改造を受けての復活だったので、最新のアンドロイドに性能で劣ることは決してなかった。このキャンベラの話は報道番組で紹介されたりもした。



 リッカの受付、キャンベラの30年振りの公務復活。707番州駅の再開業は人々の興味をそそった。さらにはこの1か月後に巨大動物園と巨大水族館の開園も控えており、この年は707番州がCocoroの人々の話題に最もあがる街とされていた。駅職員の多忙さも毎日のようだった。



 ガーディは当時28歳の新人だったが、これまで3つの駅で受付職員をこなしてきた受付のエキスパートだった。しかし彼女の何でもハッキリ言ってしまうキツイ性格は本人の評価を乏しめていた。ここに来てもそれは変わらず、どんくさい言動が目立つリンダやミーアに対して厳しい注意や指導を繰り返していた。



 それはある日のことだった。ガーディはリッカに事務室に呼び出された。



「失礼します。何の御用でしょうか?」

「あら、指定した時間より早いじゃない? まぁまぁ座りなさいな」

「はい。遅刻するよりかは良いかと。座らせていただきます」

「あなたって真面目ね~。これまでもずっとそうしてきた?」

「はい。悪いことですか?」

「いいえ。素敵よ。軍に来たら重宝されるわ。まぁ、興味ないでしょうけど」

「あの、要件はなんでしょうか?」

「あなた、自分が完璧な人間だと思っている?」

「いいえ。でも、自信を持ってやることはモットーにしています」

「ふうん。なるほどね。あなたほどテキパキ動けられたら、そりゃ自信もつくでしょうね」

「すいません。お褒めに預かり光栄ですが、要件を言ってくれませんか? ただの雑談の為に呼んだのなら失礼させていただきます」

「そこよ。そこがあなたのいけないところ」

「は?」

「急ぎ過ぎているのよ。じっくり構えることを知らなすぎる」

「何かいけないって言うのですか?」

「まぁ、そこは別にうるさくは言わないわ。ところであなた、リンダとミーアのことが嫌いなの?」

「いいえ。でも印象が悪いと思った事は注意させていただいています」

「ええ。よくやってくれていると思うわ。私が言おうと思ったことを全部言ってくれるのだもの。でも、どう? 彼女達、指導受けてから変わっているかしらね?」

「いいえ。あんまり変わってないです。反省してもないかと」

「そりゃそうだと思うわ~。ねぇ、一つ業務命令させていただこうかしら?」

「はい?」

「あの2人の注意と指導は全部私が引き受けるわ。あなたは今後暫くあの二人に一切注意や指導はしないこと。そのかわりに私が注意をした後に必ず褒めるなどして彼女達をフォローしなさい。それが出来なかったら、その場で私があなたにき・び・し・く・指導させていただくわ」

「え…………えぇ!?」

「何よ? できないって言うの? それだけキャリアがあるって言うのにね~」

「いえ、やります……やりますけど……」

「やりますけど? けど? 何?」

「やります!」

「うんうん。偉いコ♪」



 リッカがガーディを事務室に呼び出した翌日、早速ガーディに課せられた課題が試された。その日、前日にガーディが指摘してきた事をリンダもミーアもやはりやってしまっていた。そこでリッカはこれまでガーディがしてきた以上に厳しく、また軍隊で上司が部下を怒鳴りつけるかの如く激しくその怒声を2人に浴びせた。その迫力たるや凄まじく、怒られてないガーディすらも恐れおののいた程だった。しかしガーディはそこに困惑したのでなかった。2人をフォローしようにも全くと言っていいほど言葉がでてこないのだ。人の長所を見つけること。それは実はガーディがこれまでやったことがなかった事で彼女が苦手としている事だった。次の瞬間、怒りの矛先は彼女に向けられた。



「おい!! 何とか言えブライアント!!!」



ガーディはただ「は! はいっ!」と返事を返すことで精一杯だった。



 その日の職場の雰囲気は何とも言えないものだった。お客様への笑顔は作れても、内心はとてもそうなれなかった。仕事が終わり、更衣室に向かう際にリッカがさらっとガーディ含む全員に話しをかけてきた。



「ねぇねぇ、みんなこの後空いてないの? 飲みに行かない?」

「へ?」

「へ? じゃないわよ。せっかく頑張ったのだから、パーっとやりましょう!」

「い、行きたいかも……」

「お、いいね!ミーアちゃん! リンダも行くでしょ?」

「もちろん!」

「ガーディは?」

「わ、私は遠慮しときます……」

「何よ。つれないわね~。こういうのがダメなコ?」

「いやそうじゃなくって……」

「?」

「私、飲めない……」

「あら、そうだったの! じゃあソフトでもいいわよ! 遠慮しなさんな」

「え、いや、ちょっと、うわぁ!」



 ガーディはリッカに引っ張られて、そのまま4人でリッカお気に入りのバーに行くこととなった。ガーディ以外はみんなお酒を飲みに飲んで、仕事のことからプライベートのことまでざっくばらんに語り合う夜となった。その中でリッカの方からガーディに課題を課していた事も打ち明けられた。それをとても嫌がったガーディだったが、ミーアとリンダの反応は決して悪くなく、むしろ普段から尊敬しているガーディがそんな課題に挑戦しようとしている事に感動したと聴いたぐらいだった。日中の殺伐とした空気がいつの間にか嘘のようになくなっていた。



 職場の雰囲気の改善。それは翌日になってからも続いた。そこから仲睦ましく5人で働く雰囲気が生まれ、ミーアとリンダも少しずつミスがなくなり、確実にスキルアップしていった。



こうしたリッカによる改革は受付部署以外でも日々少しずつ進められていき、やがてリッカは受付部署のチーフをガーディに譲って、副駅長の仕事に専念する運びとなった。この頃から既にガーディはリッカに心酔する程の強い尊敬の念を抱くようになった。




 年月は流れて西暦6009年。それまでも生じていた貧困層支援・新州の開発廃止を訴えるテロが巷に溢れるようになった。特には「木星神団」と言われる過激派テロ組織の暗躍が目覚ましく、首謀者ティーヴ・マスタードの殺害まで各所各地で若者を洗脳させて自爆テロを行わせていった。特に709新州開発区域はそのターゲットとなっており、その開発に協賛する企業や地方自治体も攻撃対象となっていた。



 707番州もその脅威に瀕していることが指摘され、特に貧困街の青少年などの多くが木星神団に入団し、開発区でのテロ活動に参加した。この背景から組織滅亡までの数年間、709新州区域の開発不参加は勿論のこと、動物園と水族館の無期延期が余儀なくされていった。707番州の景気は冷え込み、さらには連邦軍の軍人が至る所に配置されるなどして街は異様な空気に包まれた。



 8月6日。季節環境整備のしっかりしたCocoroでも少し蒸し暑く感じる日。その日の朝だった。駅の受付職員はキャンベラともう1人の2人で着くようになっていた。経費削減は勿論、職員の安全面を考慮しての707番州駅の判断だった。この日の出勤はガーディとキャンベラだった。ガーディ達が出勤してすぐにリッカが2人に挨拶に訪れた。



「おはよう。ご機嫌はいかが?」

「オハヨウゴザイマス。ワタシノチョウシハイイデスヨ。モンダイアリマセン」

「おはようございます。副駅長、今日はご出勤なされているのですね?」

「ええ。ちょっとね。思うことがあって」

「思うこと?」

「うん。この写真見て欲しいの」



 リッカは2人の青年が写っている電子写真をガーディ達に見せた。



「これは?」

「うん。この6枚よく見て欲しいのだけど、これは3日分で、今から一週間前、同じ時間同じ場所を通ってリニアに乗っているの。全くロスなく。そして1時間もしたらリニアに乗って帰ってきている……」

「開発区域への出稼ぎじゃないですか?」

「そう思う? 警察と軍にも提出したけど全く相手にして貰えなくてね……」

「そうだとしても、警察と軍に任せればいい話では? 私達が関わるべき事でないと思います」

「ガーディノイウトオリ! リッカサンニ、ナニカアッタラヨクナイデス!」

「もう、私は大丈夫よ! でもこれがこの駅……いやこの鉄道を対象にしたテロの可能性があるなら未然に防ごうと思っているわ。おそらくそろそろこの2人が改札口を通る時間になる。そこで万が一何か起きた場合にね、お願いしたい事があるの」

「確かに今は8時…………じゃなくって! ちょっと! 何勝手に決めているのです!? そもそもこういう事は副駅長が携わらなくてもいい問題じゃないですか!」

「事が起きてからでは遅い!!」

「!」

「落ち着いて聴いて、これがただの一般人ならそれでいいの。でもそうでなく、私の杞憂が当たっているものだとしたら、おそらく我が駅は数億の被害額を受けるわ。こんなに街が冷え込んでいるって時にね。そんなの嫌に決まっているじゃない。軍や警察が動かないなら、私が動くって決めたの。私は元軍人よ、この私を倒すなんてありえないでしょ?」

「デモアイテハ、ジバクシテクルヨウナヒトデスヨ?」

「今の時代、瞬間的にワープだって出来るわ。まして若い時に訓練受けてきたのだから何の心配もないわよ」

「私もキャンベラに賛同します。でも副駅長のことです。1度決められた事を曲げたりなんて決してしないのでしょう?」

「あら、よくわかっているじゃない?」

「だから約束して下さい」

「?」

「必ず生きて帰って」

「チョット! リッカサンニタイシテ、ソレハシツレイダヨ、ガーディ!」

「うふふ……あっはっは! 面白い約束ね! わかったわ。オーライ。じゃあ私からのお願いも聞いて貰える?」

「はい」

「万が一の事態が生じたら駅にいる人全員『臨時大容量避難所』に集めて駅外にワープさせて。駅内の軍隊さんも協力はしてくれるでしょうけど、ここのフロア一帯は貴女達が頼りの綱よ」

「リンジダイヨウリョウヒナンジョッダッテ? ヨホドノコトガナケレバツカッチャ……」

「わかりました。副駅長が言うのならそうしましょう」

「ガーディ!?」

「助かるわ。私も後ほど向かうけど、私に構いなくワープしてね。ワープの費用は……まぁ、何とか私が州知事さんに話を通しておくから」

「お気をつけて。約束も忘れないで」

「ええ。忘れないわ。じゃ、ちょっとの間、ヤマノ大尉に戻って参ります!」



 リッカは受付の2人に対して敬礼をした。ガーディもそれに合わせた。それからリッカはその場を走り去っていった。



「チョット! ドウイウコトデスカ、ガーディサン!?」

「信じよう。私たちの先輩なのだから。約束は破ったりしないよ、ね!」

「………………」




 それから数分してのことだった。鼓膜に突き刺さるような爆発音が聴こえて、駅内は騒然とした。ガーディはすぐに駅内放送を流してキャンベラに指示をした。



「キャンベラ! 今放送したように1階のFフロアに人を集めるわよ! 私は東側に行くから、西側をお願い!」

「ワ、ワカッタ! デモ、ガーディ、ヒガシガワッテサッキノ……」

「そこまでは行かない! いいから早く動きなさい!」

「リョウカイデス! ガーディモムリシナイデ!」



 それからガーディは1階Fフロアへの避難の呼びかけをしつつ、当時の駅内エンジニア部チーフだったミナトと無線でやり取りをした。この時の駅内所在人数は361人で、367人から一気に6人減っていた。GPS反応から、駅内駐在の軍人5名中の2名が所在不明となり、さらには駅職員2名の反応がなくなった状況だとわかった。



「かなりまずい状態だ。だがガーディ、人は確実にFフロアに集まってきている。もうお前の向かっている東側には誰もいないぞ! お前も一旦戻れ! 今は361人全員を避難させることに集中するんだ! 後のことは自衛隊に任せよう!」

「何で冷静にしていられるのよ?」

「?」

「今反応が消えたのは貴方の父親よ! 貴方の婚約者よ! 何で探そうともしてないのよ!?」

「おい! 冷静になれ! 今大事なのはこれ以上被害者を増やさないことだ! 頼む! そっちに向かわないでくれ!」

「うるさい!! 役立たず!!」



 ガーディは激昂した勢いのまま無線を切った。



 地下12階リニア搭乗口近く。構内中に煙が蔓延しており、それはそこで何が起きたのかを無惨に晒しているかのようだった。



 707番州の英雄、リッカ・ヤマノはリニアにもたれるようにしてうずくまっていた。そして彼女の片半身の多くが吹き飛ばされており、出血多量で即時の緊急処置を施さない限り生存は厳しい状態にあった。



「ガーディ?」

「リッカさん!?」

「ガーディなの?」

「たいへん!! 今すぐワープか何か使って病院に行かないと! あ、あれ……これ使えないよ……」

「あなた何をしているの?」

「何を? って、助けに来たのです! この街はあなたがいないといけないでしょ!!」

「駅長は?」

「…………」

「そう。仕方ない。私も彼も軍人。こうなる運命だったのでしょうね。ゴホッ」

「や、やめてくださいよ! ミナトさんが探していましたよ! 帰りましょう!」

「馬鹿」

「?」

「今の駅内所在人数は? 避難状況は? 誰がどこに誘導しているの?」

「え、え、えーと」

「仕事は偽善でやるものではないわ。ちゃんとしなさい。こういう時ぐらい」

「リッカさ……」

「さっさと働け!! ブライアント!!!」



 リッカの怒声がガーディの何もかもを貫いた。彼女はしりもちをついて、その場から逃げ出した。リッカのいたテロの現場は引火が続いて、第二波、第三波の爆発を起こしていった。



 去っていくガーディ。リッカはその場からただ後輩を見送った。



「ガーディ……」




 駅受付センターに戻ると、そこにはミナトが立っていた。誰でもないガーディを待っていた。ミナトによると、駅で把握していた359名は臨時大容量避難所からワープをして駅外に無事避難したとの事だ。次から次へと入ってくる消防隊と連邦軍そしてマスコミ……駅内は再び騒々しくなっていった。



「すまんな。お前にあんな嫌な思いをさせて。このオレが役立たずで……」

「私もどうかしていた。私の方こそあんな心無い事言ってごめんなさいっ……」

「ああ……ああ……」


挿絵(By みてみん)


 ガーディもミナトも冷静に話をしていたが、2人とも溢れる涙を堪えることができなかった。一方的な暴力は悲劇しか生まない。人類は過ちを繰り返していた。




 707番州駅で起きたテロ事件はリニアが709番州駅に到着するのを狙った2名の自爆テロ犯によるものだった。しかし1名がトイレに行っていた際に自衛隊員から尋問を受けたのと同時に、もう1名がリッカから尋問を受けた事が災いして今回の事件が発生した。死亡したのは実行犯2名、連邦軍からの自衛隊員2名、そして707の英雄であるリッカとアウムの2名だった。



 言うなればテロを未然に防げた功績になるのかもしれない。しかし両雄を悲劇的な形で失った707番州はただ悲しみに暮れるばかりだった。駅も約半年における運行禁止の処遇を受け、また駅復旧の目途がなかなか立たない事態を生み出したりもした。




 アウム・ゴンドーとリッカ・ヤマノの葬式は事件の1週間後、駅内に臨時で設けた特別スペースにて告別式という形で1週間にわたって執り行われた。しかしガーディ・ブライアントの姿はそこになかった。彼女は精神的な病苦とただ一人闘っていた。人間が受けた心の傷の修復はそう容易くない。




 707番州駅テロ事件から半年の月日が流れようとしていた。この期間に木星神団首謀者であるティーヴ・マスタードは連邦軍によって抹殺され、コロニー内での強力な捜査も加わり、木星神団は衰退の後に滅亡した。



 あの忌まわしい事件から半年、707番州は地域の復興を進めようと、駅の再運行をはじめとし、水族館と動物園の再開業に舵を切った。



 707番州駅運行再開前日の昼下がり、ガーディはリッカの墓参りに来ていた。たまたまそこに出くわす形でリンダと再会をした。



「ガーディ! あなた大丈夫なの?」

「あら、リンダ。あなたも来ていたのね。ねぇ、この花、あの人嫌がるかな?」

「さぁ、そういう話はしたことないから、わからないわ……」

「私なら大丈夫よ。明日からまた仕事に戻る」

「!?」

「どうしたのよ? そんなにビックリしてさ? あ、そういえばこないだのミーティングにあなた来てなかったわね?」

「それは……」

「そう。無理ないわ。同情する。私も医者から『もう辞めなさい』って言われたものだから」

「ガーディ……」

「でも、あなたがいないのは寂しいわね。ちゃんとした新人がくればいいけど。あなたみたいにしっかりしたね」

「私が仕事できるようになったのはあなたのお蔭よ。あとは……」

「ううん。私はただ厳しくしているだけよ。あの人みたいにはできないわ。でもね、一つ決めたの」

「?」

「もう一度この仕事と向き合おうって。もう一度自分と向き合おうって」

「偉いわね」

「それを教えてくれたのはあの人と貴女達よ。感謝しているわ」

「こっちの台詞よ。お元気でね。ガーディ」

「そちらこそ。いつでも駅にクレームがあったら電話かけてらっしゃい」

「うふふ。そうね。ねぇ」

「?」

「これ素敵な薔薇ね」

「うん。お花には花言葉っていうのがあるのよ。この花にはね――」


挿絵(By みてみん)


 ガーディとリンダは話し終えるとリッカの墓に向けて敬礼をした。もう2度と会うことはない。しかし彼女たちの微笑みはどこか颯爽としていた。人間の心は死なない。何者からも忘れ去られない限り。




 あの時代から約10年。ガーディはリンダに替わる新人が入社する度に厳しくあたり続けた。それはきっとあの時代に未練がある彼女の心の表れでもあるのだろう。ミーアもキャンベラも駅長のミナトもそれに共感し、それを認めている。



 この日、ガーディは一人残業をして仕事を終えた。



 ふと駅職員事務室に入ると、そこに受付職員全員とミナト、アカリと養子縁組届を正式に終えたヒロがガーディを待っており、一斉に声を揃えて彼女の祝福をした。



「入社・誕生日おめでとう!!」

「え?」



 祝福の声と一緒にその場にいた全員がクラッカーを鳴らした。彼女はすっかり忘れていたが、この日は彼女の誕生日にして入社日にあたる日であった。このサプライズを考えたのはミナトであり、アカリ達がノリノリで協賛してきたようだ。実は10年目の節目にもあたり、彼女にとってこれ以上にないほどのサプライズであった。



「あ、ありがとう。何ていうかこういうのって……」

「まぁまぁ、遠慮なんかしないで。これ受け取って♪」

「いや私はこの花あんまり好きじゃ……」

「そんなこと言うなよ! 姉ちゃんがお金出して買ってきたのだからさ!」

「ヒロ君。てか、これアンタが買って来たの?」

「はい! 先輩コスモスが似合うなって思って!」

「誰が何に似合うだって?」

「す、すいません」

「なんてね。ウソウソ。ありがとう」

「えへへ~」

「御礼は明日からきちんとさせてもらうわ」

「本当! 嬉しい!」

「ええ。誠心誠意。ビシバシいくわよ♪」

「え、えぇ~そっちの意味なの~」



 ミナトは腕を組んで優しくその雰囲気を見守った。一瞬誰かが隣にいたような気がしたが気のせいのようだ。きっとこの場にリッカがいたらすごく喜んでいたのだろう。だが嘆く必要はない。今自分がした事が今自分のできる1番の善い事なのだから。そしてここにきてこの職場に若く明るい灯火が灯るようになったのだ。今はこのコの可能性にかけてみても良いだろう。




あれから10年たった今日。707番州駅は愛と美しさに満ちた笑顔の花で溢れるようになっている――




∀・)読了ありがとうございました。この話が3日連続投稿の3日目3話目になります。色々考えましたが、やっぱりこの続きを書いていこうと思います。アカリの成長した姿をもっと書いてみたいというか…まぁ、読んでもらえた皆様にもそう思ってもらえたら幸いです。


またどこかで正式な声明をだせたらと思いますが、私は何であれテロ行為というものに対して断固批判の思いを持っています。その思いで何かメッセージを残したいと思い、このような話の執筆を致しました。平和は簡単に築けるものではない…そうかもしれませんが、それを共々に願い続けることは決して無駄なことじゃないと思います。どうか今日も世界中の多くの人が平和な1日を過ごせられるように――

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話も読み応えがあり、ぐっと胸に迫りました。 リッカの最後の叫びがかっこいいです(かっこいいなんて言っちゃいけないのかもしれませんが)。 文章表現も、たとえば >リッカの怒声がガーディ…
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