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第2話「迷子の君へ」

 アカリが駅職員となって一カ月が経った。上司のガーディに怒られ続けながらも、彼女らしく一生懸命に仕事に取り組んでいた。出勤早々彼女は受付の電話対応に追われていた。



「もしもし707番州駅受付です!」

『もしもし。一昨日電話したアレックスという者です。ポーターに預けた荷物がまだ届かないのだけども、ホテルの人が駅から送られてこないって言っていて。ねぇ、どうなっているのです?』

「え? えっと、落とし物の問い合わせですか?」

『だ・か・ら、ポーターに預けた物が届いてないって言っているの!』

「す、すいません!」

『一昨日の電話対応もアンタだったでしょ? ポーターの意味わかっているの?』

「え? えーと……オシャレなバッグですよね! 結構高価な品物であるかと!」

『馬鹿かアンタ! 一体どんな教育受けてきたの?』

「え? ええと、理科とか社会とかの授業はひと通り受けてきたと思います!」

『知るかそんなこと!』

「す、すいませんでした!」

『ちゃんと謝りなさいよ!』

「え、あ、うぅ……本当にこのような事が無いように、あの~駅長に成り代わり、厚く、厚く、ご御礼申し上げます!」

『御礼なんかいらんわ!!』



 たじたじするアカリを見兼ねてか、アカリのすぐ横で対応をし終わったキャンベラが体当たりをアカリにかましてきた。キャンベラは「ドケヨ! オマエ!」と吐き捨ててそのままアカリの電話パネルを奪い取り、強引にクレーム対応の交代をした。



 キャンベラは707番州創設以来から街のシンボルとして100年以上勤め抜いてきたAI(感情)機能搭載の人型アンドロイドだ。ここ十年は707番州駅の職員として街を支えている。彼女への信頼は厚く、707番州では多くの人達に愛されて認知されている。どう聞いても悪印象しか残らないアカリの対応だったが、キャンベラの手に掛れば何てことない事にして解決するのだった。



「ありがとう。キャンベラ」

「オマエ、デンワニデルナ。ワタシガゼンブスルカラ、ココデタッテナサイ」

「お! じゃあ私はここでやってくる人の応対をすればいいのね!」



アカリを睨み付けて「チッ!」とキャンベラが舌打ちした時に、受付裏口からもう一人の職員がやってきた。髪を洒落たポニーテールで結んだ美人だ。アカリとは初対面であった。



「あらあら。随分とキャンベラに嫌われているのね~」

「初めまして! アカリ・クリスティです! 宜しくお願いします!」

「知っているわよ。わざわざ言わなくても。今日は教育係さんがいないのね?」

「係? あ、ガーディ先輩は休みです。あの、ミーア・ランバードさんですか?」

「そうよ。それぐらい察しなさい。ここの受付職員は貴女入れて4人しかいないのだから」

「うわぁ! やっぱりそうだ! 先輩から聞いていたけど、すごく美人さんですね!」

「なっ……何よ! べ、別に嬉しくないのだから……そういう学生的なノリやめてくれない?」

「え~素直にそう思ったのに~」

「それより貴女、今日何するか聞いているの?」

「え? ああ! 『ミーアさんに事務処理に関して教えてもらいなさい』って」

「ったく。事務処理ならさっき済ましたわよ」

「じゃあ、ここで仕事したらいいのですね! 頑張るぞ!」

「イヤダ! ヤメテホシイ!」

「キャンベラ〜そんなつれないこと言わないでよ。さっきまで笑っていたじゃんよ~。何がそんなに面白かったのかわからなかったけど」

「ワ、ワラッテナンカイナイヨ!」

「笑った!」

「ワラッテナイ!」

「これはなかなかの強者ね。貴女、駅の場所とかは覚えたの?」

「え? あ、はい! 多分大丈夫です!」

「多分じゃいけないわよ。それぐらい答えられるようにならないと。ほら、地図をあげるから今日は完璧に覚えてきなさい。この駅を見回って貰おうかしらね。それが完璧にわかるようじゃないと事務処理は教えられないわ」

「あ、はい、そんなのでいいのですか?」

「ええ。いや待て。制服から私服に着替えていきなさい。それで駅を30周はしてもらおうかしらね?」

「30周!?」

「ええ。だってあと5時間は出勤時間があるのだから、数周じゃ足りないでしょ? 地図にマークしてある所を一度訪ねたら、ここのデルモに写真を送って。これを15周したら一度ここに戻って。そこで一旦休憩させてあげるから。どう?」

「うん。なんか楽しそう! やります!」

「そう? じゃあ早速着替えて貰える?」

「はい!」



 アカリは特に反抗することなくミーアの指示に従って更衣室に向かった。その直後にキャンベラは深く溜息をついた。



「アイツヤダ。ハヤクヤメテホシイ。アノバカトイルト、アタマガオカシクナル」

「こらこらキャンベル。そんなこと言わないの」

「ミーアサンハイヤダト、オモワナイノデス?」

「そりゃ見る限りとても一緒にやっていきたいなんて思わないわよ? それは同感。でもあのコ、あんなにガーディに叱られても平気で続けているじゃない?」

「タシカニ、ムダニメンタルガタフダ」

「それが無駄でなかったら、ちょっとはここも善くなると思わない?」

「?」

「ほら、お問い合わせさんがこっちに向かってきているわよ。私はこれから3件電話しないといけないから、キャンベルに任せられる?」

「ハイ、リョウカイデス。ミーアサン」



 それからアカリはミーアの言われるとおり私服姿で駅の見回りをして回った。駅のあちこちを電子写真に残していった。そしてそれをデルモで受付のPCへと送った。意外にも楽しいと感じる作業にアカリの心は弾んだ。その最中、西側改札口でたまたまガーディとアカリは出くわした。



「アカリ? アンタこんなところで何しているの? 今日は出勤の筈じゃあ?」

「わわっ! ガーディ先輩! そんな格好でまた動物園にお一人ですか!?」

「う、うるさいわねぇ! それよりもアンタ、今日は仕事しなくていいの?」

「これは仕事ですよ」

「仕事? アンタ私服じゃない?」

「うん。ミーアさんから『私服で駅を30周しろ』って言われて……」

「何てこと……全く、あのおばちゃんは人の言うこときかないのだから!」

「でも楽しいですよ! 見てください! 視点を変えるとこんなのもあって!」

「ふうん。どれどれ……ああ、これなんかは上手く撮っているね~」

「えへへ~。これ12週目で撮ったの。いいでしょ?」

「素敵~。こういう目で見たことないかも……ってアンタはカメラマンか!!」

「ひっ!」

「今日は事務処理を教えて貰う筈でしょうが! 今すぐ受付センターに戻って制服に着替えなさい! ミーアには私からよくよく言っておくから!」

「え……う……はい?」

「ぼさっとしない! 急ぎなさい! 急げ! 早く! ほら早く!」

「すいません!」



 アカリはガーディに叱られるまま、猛ダッシュで受付センターまで向かった。ガーディは溜息をついて、電話パネルを開き707番州駅受付センターに電話をかけた。




 アカリが戻ると、受付前に立っている幼い少年と彼の話を聞いているミーア達がいた。アカリが尋ねる前にミーアがアカリに気がつき、話をかけてきた。



「あら、クリスティさん。ガーディと会ったのだって? 災難だったわね」

「はい。楽しかったのですけど、『仕事しろ』って怒られちゃって。うぅ……」

「私も怒られちゃったわ。この歳で年下の上司に怒られるなんて結構堪えるわね」

「そうだったのですね……あの、私どうしたら……?」

「あ、ちょうど良かった。実は今、迷子のコが来て。お母さんとはぐれちゃったって。さっき放送はしたのだけど、まだ来ないのよ」

「そうなのですか……」

「それで貴女にお母さん探しをしてもらおうかと!」

「え、私が? ですか?」

「ホラ、ヒロクン、コノオネエチャンガイッショニサガシテクレルヨ!」

「え、キャンベラまで何言っているの?」



 迷子の少年、ヒロはアカリの方に振り向いた。アカリと同じ東洋祖先系の顔だ。茶髪のボサボサ髪が特徴の小さな男の子である。でも何より印象が強いのはその絶望を纏ったような深く暗い表情だった。



「あ、あははは、宜しく! 私はアカリ・クリスティと言います。一緒にママを見つけようね!」

「………………」



 ヒロは差し出された手に躊躇しながらも、それに応じる形でアカリと握手を交わした。その次の瞬間、アカリは勢いよくヒロに抱き付き、頬に彼女なりの挨拶を与えた。



「うわぁ! やめろぉ! おばちゃん!!」



 ヒロはアカリの両肩を掴み、これまた強い力で彼女を押し返した。勢いのままアカリは後ろに押し倒された。



「ご、ごめんねぇヒロ君……でもそのお姉ちゃん、すごくお人好しさんだから頼りにしてあげてね」

「ふん」




 アカリとヒロの2人によるヒロの母の探索は多くの不安要素を残しながらも、ヒロの了解の下で開始された。駅長やガーディまた警察への連絡報告はミーアが全て請け負うと言うので、アカリはその言葉を信じ込むことにした。また「私服のままでいい」と指示も出たので、そのまま私服で仕事に従事することにした。私服のアカリ。どう見ても職員に見えない彼女だからか、ヒロはより不安な表情を色濃くさせていた。




 ヒロの母探索を開始して3時間。30分おきに駅内での放送も流されていたが、一向に見つかる気配がなかった。またアカリと同行し続けているヒロの全く何も喋らない態度が続いていた。ただでさえ駅内を歩き回っているアカリは「休もう」と言い、近くのベンチで2人して休むことにした。ベンチの向かい側の液晶画面、そこにアカリの好きな男性アイドルグループ『アクシス』のライブ映像が流れた。アクシスが熱狂的に好きなアカリは喜び、流れる歌に合わせて鼻歌を歌いだした。ちょっとした事で元気を取り戻すのは彼女の癖であり、習性でもあった。しかしヒロにはそれが至極頼りない大人の姿に感じられたようだった。彼は深く溜息をついた。



「もうどうしたって無駄なのだろうな……」



 アカリはハッとしてヒロの顔を見た。その顔はこれまでになく暗黒に包まれた表情を見せていた。同時にこれまで無口を貫いていた彼の言葉だっただけに彼女はとっさにアクシスを忘れて自然とこう反応していた。



「諦めないでよ!」



 アカリがその言葉を言い放った途端、ヒロはアカリをキッと睨みつけた。無理もない。3時間も歩き続けたのに見つからない。そして一緒に探してくれている大人が疲れてアイドルに現を抜かしているのだ。これがどうして平然としていられようか。そう思い返したアカリは瞬時にしゃがみ込み、ヒロと目を合わし、彼の手を掴んで満弁の笑顔を送った。ヒロはあまりにも突然なアカリの言動に驚きを隠さずにいた。



「よし! ちょっと遊んで休憩しよう!」

「は……?」

「遠慮しないの! せっかく707に来たのだから楽しまないと!」



 アカリはヒロの手を強引に引っ張り、駅内にあるゲームセンターやカラオケ、また写真館に連れ回していった。その内容もひどいもので、ゲームセンターでは数々のゲームでヒロを打ち負かし、カラオケでは彼女ばかりが歌を歌いあげ、写真館では嫌がるヒロに無理やりコスプレをさせて「可愛いね~!」と写真を撮りまくった。もちろんヒロにとっては嫌な思い出ばかりが残っていったが、一方でアカリの「尽くそう」という気持ちをその身に感じてきてもいた。



 写真館に行った後に駅内設置のミニ水族館に行こうとしたが、その道中でヒロのお腹が鳴った。光合成によって日頃から栄養を取り入れているアカリにとって、それはとても衝撃的な出来事だった。



「え? 今のヒロ君?」

「ち……違うよ!おばちゃんじゃないの?」

「私じゃないよ。だって私たちみんな光合成で食事とっているから」

「コウゴウセイ?」

「ねぇキミ、お腹すいているの?」

「う……」

「んん?」



 再びヒロのお腹が鳴った。その時になってやっと「お腹すいた」という彼の本音が飛び出した。現代の人間はその多くがイヴォーヴといい、出生前より科学的処置を受け、光合成を取り入れる生命体として出生するようになっている。だが場合によっては稀にナチュラルという光合成ができない新生児が産まれる事もある。勿論イヴォーヴでも経口摂取はできるし、光合成ができないナチュラルの為に各市町村中心部に大型食堂が設置してある。707番州駅も例外ではない。この日見回ったポイントの中に食事処があった事を思い出したアカリは「食べに行こう!」とまたも強引にヒロの手をとり、そこへ急いで連れ込んだ。



 707番州駅の大型食堂の片隅に2人は座った。席に座るなり、アカリはヒロに何がいいか元気よく尋ねた。



「別に何でもいいよ。食べられたら」

「そう? じゃあ私が選んじゃうよ?」

「う、うん……」



 ヒロはアカリの言葉にただならぬ嫌な予感を感じた。次の瞬間、それは現実となった。アカリは10種類以上のお子様セットをまるまる頼んだのだった。



「さぁ! お食べ!」



 アカリが両手を広げてそう言った時には机いっぱいに広がったお子様セットが並んでいた。最初はドン引きしたヒロであったが、一口二口とそれを食べだすとフォークとスプーンの動きが止まらなくなった。彼は本当に空腹だったのだ。


挿絵(By みてみん)


「ふふふ~可愛いね♪美味しそうに食べるのを見ると嬉しくなっちゃう♪」

「知るかよ! オレは腹が空いているんだ!」

「ねぇ」

「何?」

「美味しい?」

「うん。美味しいよ」

「ふふふ~いいね~」

「イチイチ聞くことかよ?」

「ねぇ」

「何だよ! 食べることに集中させてよ!」

「あなたどこから来たの?」

「!」

「あ、ごめん。聞かない方が良かったかな?」

「わからない」

「?」

「わからないんだ。みんなで宇宙船に乗って、急にここで降ろされて……」

「どういうこと? 家族と来たってことじゃないの? 何人家族なのよ?」

「50人」

「50!? 凄いね! そんなに兄弟がいるの! 私は全くいないから羨ましいな~」

「あのさ」

「何♪」

「食べることに集中させて」

「ごめん」



 ヒロは結局机いっぱいに広がったお子様セットの全てを食べきった。とんでもないほどの金額になったが、国会議員の父から毎月貰っているお小遣いの許容範囲を超えてなかったし、何より彼女の御心はこういう時に発揮するようなものであった。駅内設立の大型食堂を出ると、タイミングよくミーアから電話がかかってきた。話があるので受付センターにヒロと戻ってきてほしいというものだった。



「ヒロ君、受付のお姉ちゃんたちが呼び出してきたよ! 見つかったのかも!」

「そうかなぁ……」

「信じようよ! 私は最後までご一緒するよ!」

「……うん。そうだね。おばちゃんありがとう!」



 アカリの差し出した手に微笑んでヒロは手を重ねた。彼が迷子にならない為にアカリはずっと手を差し伸べ続けたのだが、それがやっと実を結んだようだった。同時にそれはこれまで心を閉ざしていたヒロが心を開いた瞬間でもあった。



 アカリとヒロは手を繋いで受付センターまで帰った。



 受付センターではミーア達の他にガーディとミナト駅長が待機していた。



「ただいま! わぁ~みんながいる! 感激!」

「おかえりなさい。どう? 見つかったの?」

「え? 見つかったって? ここにお母さんいるのじゃあ?」

「ちょっとアンタこっち来なさい」

「え? どうするの? ガーディ先輩」



 ガーディはアカリを駅職員事務室まで引っ張り込んだ。



「ちょっと! どうしたっていうのですか?」

「しっ! 大きな声ださない! 私の話をよく聴きなさい」

「え、あ、はい……」

「あの子はおそらく宇宙孤児よ。それにクローン生体の可能性が高い」

「えぇ!? それってどういう!?」

「だから静かに聴きなさいって言っているでしょうが!」

「す、すいません……気をつけます」

「そう。それぐらいのトーンよ。お願いね。今日、宇宙船停留所から2人の宇宙孤児が発見されたの。2人とも『ママとはぐれた』と訴えていたそうよ。どうも10分だけ停留した宇宙船があって、その女性船員が3人の子供を受付センター近くまで案内して放置して宇宙船に戻ったみたい。んでね、発見した2人を精密検査したところ、クローン生体反応の陽性が出たって話だそうよ」

「そんな……そんなことって……」

「よくある話よ。こんなの。まさかアンタあの子に肩入れし過ぎてない?」

「ちょっと遊んだり、ちょっとご飯奢ったりは……」

「はぁ? 何やっているの! 仕事中よ! 馬鹿にも程があるでしょ!」

「すいません……あの、先輩、声でかいです」

「う……わるかったわね。ああ。でもそれならそれでアンタに任せたい事があるわ」

「はい?」

「2人の孤児たちは2人とも精密検査を受けることを激しく嫌がったみたいだわ。もしかしたらそういうふうに吹き込まれているのかも。アンタ、あの子と仲良しだって言うなら病院まで同行お願いできる? 残業代はちゃんとつけるようにするから。お願い」

「はい♪」

「へ、返事早いわね……でも、ありがとう。感謝するわ」

「えへへ」



 アカリはガーディの要望を快く受け入れ、ヒロと共に駅近くの病院に向かった。もちろん「クローン生体反応の検査」だとは言っていない。嘘をつくことは至極嫌うアカリではあったが、事情が事情なだけに伏せておくしかなかった。



 ヒロは何も抵抗することなく検査に応じた。




 結果はやはり「陽性」であった。




「おばちゃん、オレ大丈夫だったのか?」

「え? ああ、うん! 大丈夫! 至って健康体だよ! 食いしん坊さんだから!」

「そっか。良かった。でも、結局母さんは見つかってないんだよね……」

「ヒロ君……」

「いいよ。ここまでしてもらって。何ていうか、おばちゃんありがとう」

「どういたしまして。あ、駅長が「駅に戻ってくるように」って言っていたから、戻ろう」

「うん」

「ちょっとワープ使ってみる?」

「ワープ?」



 アカリたちはワープを使って一瞬で707番州駅に戻った。これまで経験したことのない体験にヒロは目を輝かせていた。それを見たアカリはほっと息をつき、微笑んだ。この子に辛い現実を伝えなくてはいけない。アカリはそれまでに何を彼にしてあげられるのか。思考を巡りに巡らせていた。



 陽は沈み、空は木星圏から見える星空を映していた。時刻はすっかり夜の時間を指していた。駅が閉まっていたので、アカリたちは駅裏口にある職員専用出入り口から駅に入った。駅職員事務室にはミナト駅長とガーディ、ミーアの3人が待機していた。この部屋に入るなり、ミナトは「どうだった?」とアカリにアイコンタクトを送ってきた。アカリは首を横に振り、ヒロがクローン生体であるのを知らせた。事実を確認したミナトは「そうか……」と俯き、息を詰まらせた。同席したガーディとミーアも同じ反応を示していた。



「ヒロ君だったか?」

「うん」

「まぁ、そこに座ってくれたまえ」

「うん」

「落ち着いてオレの話を聞いてくれるか?」

「?」

「何ていうかな、その、君は人間だけど、クローンだ」

「クローン?」

「ああ。申し訳ないが、その為に君のママは君をこの駅に置いてきぼりにしたということだ」

「ちょっと駅長! そんなにハッキリ伝えちゃいけないでしょ!」

「いいよ。そんなものだと思った」

「ヒロ君……」

「どうせ見つからない気がしたし。何も思い出せないし。もうどうでもいいよ」

「ヒロ君」

「好きにすれば? それでこれからどうしたらいいの?」

「冷静だな。助かるよ。端的に言うとだ、君と同じような子供達が集まっている学校がある。533番州という街にね。まぁ、そこまでおじさんたち大人が案内するという事だ。辛い旅にはなるが、どうだ? 受け入れてくれるかな?」

「いいよ。どこに行ったって同じだ。どうせオレは役立たずのポンコツだ……」

「ポンコツなんかじゃない!!」



 アカリの声が事務室中に響き渡った。その声にミナト達だけじゃなく、暗澹とした表情に戻っていたヒロも驚愕をした。



「ヒロ君はいっぱいご飯食べるし! いっぱい歩き回れるし! どんな遊びでも付き合ってくれるし! 元気いっぱいなイケてる男の子だ! それにどこに行っても同じだって!? 707の動物園も水族館も知らないクセに偉そうなこと言うな!!」

「アンタ大概にしなさいよ!」

「このお姉ちゃんなんかね! ここの水族館と動物園が大好きだからいつも休みの日は欠かさず行っているんだよ!」

「ちょっと……やめなさ……」

「私だって友達と何日だって行った! 全然退屈なんかしない! とっても楽しい所だよ! 行ったこともないのにそこが他の所と同じだって何でわかるの! 私たちの愛している街を馬鹿にするな!! 何より神様から生を授かった自分を馬鹿にするんじゃないよ!!」

「お、おい……」

「駅長!」

「お、おう……」

「このコに私たちの愛する街を、私たちの世界を私は教えたい! ちょっとでもさ、ちょっとでもいいからこのコを私の家族にしてくれませんか!」

「正気かアカリちゃん?」

「私はいつだってマジですよ!」

「アンタ、彼みたいな子がこのコロニーに年間何人来るのか知っているの!?」

「そんなもの知らない!」

「知らないじゃない! 1年に3000人以上よ! 毎年毎年それ全部アンタが面倒みていくって言うの!?」

「そんなにはみられない! でも私はヒロ君を見捨てることなんてしたくない!」

「やめなさい2人とも!! ヒロ君がどんな思いで聴いていると思っているの!」



 ミーアの怒声によって駅職員一同はヒロに視線を合わした。ヒロは驚いた顔をしたまま両目から涙を流していた。アカリはヒロの側に駆け寄り、彼に抱きついた。その場に居合わせた誰もが言葉を失った。




 アカリの住む2人暮らし用アパートはアイシャの退居によって一人分が空いていた。そのスペースに臨時対応の一環という名目でヒロを入居させることにした。ミナトの寛大な受け入れ、いや、何よりも頑ななアカリの熱意によってその決定は為された。



 アカリたちが帰ってからもガーディとミーアは事務室に残った。



「とんでもない新人が入ったわね(笑)」

「(笑)じゃないわよ! こんな常識はずれなことってある!?」

「ないでしょうね。でも良かったじゃない。あの子も満更じゃない感じだったし」

「大体ね、あなたが彼女に私服で仕事に出すから、駅の娯楽施設なんかに二人が行ったりしたのよ! どう責任とるのよ!」

「あら、それは知らなかったわ……それはキッチリ怒らないとね。教育係さん。でもリツカさんが彼女の立場だったらどうしていたでしょうね?」

「!」

「こんなこと言ったら不謹慎だけど、さっきの彼女見て私は思い出したな。ここ最近ずっと忘れかけていたものというか……きっと駅長も同じ気持ちだと思う」

「ふ、ふざけないでよ! あの人とあの子を一緒にしないで!」

「わかっていますって。ごめんなさい。でも私も“彼と同じ人間”だから、あの子の言葉は凄く底まで響いちゃったな。私にもああ言ってくれる人がいたら人生違ったのでしょうけど……」

「………………」

「あ、ごめんなさいね。余計な話をしちゃいましたね。今日のことで何か処分があるのならご自由にどうぞ」

「別にないわよ。でも、あなたとアカリは当面同じシフトには入れないわ。私がアイツにみっちり教育していくから!」

「うふふ。期待していますわ。教育係さん♪」

「もう! 馬鹿にしないで! 私は帰る!」

「お気をつけて」



 それからミーアは適当な椅子に座って天井を見上げた。明日も出勤だが、出勤時間までさほど時間はない。「さてこれからどうするものか」と考えながらも彼女は呟いた。「本当は自分が1番認めているくせに……」




 アカリとヒロはアカリの住むアパートに向かって歩いていた。時刻は真夜中の時間を指し、街灯ばかりが街を照らしていた。アパートが近くにさしかかった時、アカリは「あ! そうだ! こっちおいで! 見て欲しいものがあるの!」とヒロの手を引っ張り、707川流域まで連れ出した。



 そこには夜空に大きく映る木星と衛星のカリスト、河川敷にはそれを飾るように夜桜が並んでライトアップされていた。



「すげー大きいなーあれが木星か」

「うん! 凄いでしょ! でも君は男の子だね。お花に興味は持たないのね」

「え? ああ、そこら中にたくさん生えているのは?」

「桜だよ。今ここでは季節が春だからね。最近は仕事が終わったらここに来るんだ。桜と木星を楽しめるなんて、これは木星圏だけの贅沢な楽しみだよ♪」

「ふうん」



 夜景に見惚れるアカリの左手にヒロは自然と右手を差し出した。手と手が重なった瞬間にアカリは驚いた。アカリの反応に応じるようにヒロは重ねた手を一旦離した。アカリはそんなヒロを見てニンマリとし、彼女から再び手を繋ぎ合わした。そして右手で木星を空高く指さした。


挿絵(By みてみん)


「さ! 一緒におうちに帰ろう!」



 アカリたちの遠く後ろ。腕を組み、微笑んで彼女たちを見守るガーディの姿があった。



∀・)どうも。ちょっと遅れましたが3日連続投稿の2日目2話目です!わかる人にはわかると思いますが、某有名ボカロヒット曲がこの話のモチーフになっています。実際にその曲を聴きながら執筆に取り組んでいました♪他にも色々とパロってるところありますが、それがどこかは内緒(探してみてください)♪


∀・)ではでは。明日の3話目も乞おうご期待お願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アカリがヒロくんに叫ぶ台詞を聞いているうちに(聞くアプリを使ってるのです)涙が出てきました。そこに至るまでの二人の交流もよかった。嫌がる子を連れまわしたり、食事したり……そこを丁寧に描いて…
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