生涯収支
ミー君……ミー君。
起きて。
ほら、朝だってば。
綺麗だねー。
まるで宝石のように。
太陽ってば、どうしてこんなに綺麗なんだろうね―。
ミー君。
あーんしてあげ……あれ、もう食べ終わっちゃったの?
もぉ、いいもん。勝手に食べちゃうから。
ミー君。
そんなにパチンコが好きなの?
私あそこ嫌いだよ。
え? 祝福を受けたの? 誰から?
パチンコに?
……ミー君、ちょっと私と病院行かない?
ミー君。
お姉ちゃん、最近冷たいの。
どうしちゃったのかな……。
ねー聞いてる? え、月のもの?
ミー君、覚悟はできてるかな―。
『ミー君。
ごめんね』
「小百合!!」
ベッドから跳ね起きた黒騎の体には、
嫌な汗がじっとりとまとわりついていた。
闇パチで敗れたあの日よりも、
もっと辛い、楽しかった日々を合わせたフラッシュバック。
「……小百合……」
どっかとベッドに腰を下ろすと、
軋む音と柔らかい感触が出迎える。
黒騎は、頭をかかえた。
「……待ってろ……金を……手に入れりゃあ、
帰ってくるんだ」
以前、黒騎は宝来に諭されたことがある。
『例えば、一日平均4万円勝ったとしましょう。
それを毎日、365日。何年も続けた時。
アナタのもとには10年後に億のお金が積まれています。
同時に、深刻な肺へのダメージも得るでしょう。
倦怠感を伴う肉体も得られるはずです。
……が、それだけです。
パチンコで生計を立てる者には、
それ以外の経験や実績など、何も伴いません。
そして、やがてパチンコは淘汰される。
……それでも、パチンコで生計を立てると言う、
そういう馬鹿者こそが、
ある意味私の求める者に近い』
1億では足りない。
取り戻すには、その10倍は必要だ。
大企業に入社したとしても、
そんな金を用意出来る者は傑物だ。
自分にその才覚はないことなど、
黒騎は理解していた。
あるのはただ、祝福だけ。
それを除いて、
希望など無い。
黒騎は、隣の部屋の布団で寝る、
自分よりも強い祝福の青年を思い出す。
「……」
そして思い知るのだ。
自分は、中途半端な希望に踊らされ、
より大きな絶望に押しつぶされているだけなのではないか……と。
ランクBの能力は、
パチンコを打つ者としては是非とも欲しい能力だ。
ランクSは、
殺してでも得たい能力である。
BではSには及ばない。
自分が敗北した、若い男の顔を思い出し、
そして、傍らにいた誰かの顔を朧気に思い出し、
身をすくめた。
ライオンは地上で最も強い。
しかし、火山や地震などには無力だ。
為す術がない。
怯えるだけのライオンに、
自分はなりたくない。
黒騎はその一心で、
パチンコに没頭した。
それは忘れたいがための逃避だったのだと、
自分を笑う日もある。
「……」
もしも、祝福が移るのだとしたら。
1人でいくつも得られるのだとしたら。
そうであれば文字通り、
移すためなら何でもしただろう。
殺めることだって、
黒騎は躊躇わなかったはずだ。
それが出来ないのであれば、
闇パチに連れて行くしかない。
自分の未来の為に。
「今度こそだ……」
スマホを手に取り、
オーナー宝来に電話をする。
『おはようございます黒騎さん』
「おう。今日は朝から行くわ」
『……珍しいですね?
よろしいのですか?』
「釘設定は甘くしてるんだろ?
だったら問題ない」
『こちらとしては助かりますが、
繁忙時間が盛り下がってしまいますね』
「だーもう、全部出る。
今日はオールだ。
全ツッパだ」
『……では、少し色を付けますかね』
「頼むぜオーナー。
俺には色々金がいるんだからよ」
眠っている相棒のために手紙を書き、
シャワーを浴びて、
いつもの服に着替えて、
黒騎は外に出た。
パチンコは3歩進んで落とし穴ばかりで、
藻掻いている内に時間ばかりが過ぎていく。
結局、まっとうに生きる人間には、
どう足掻いても追いつけない。




