悪い選択
ステーキハウス。
普段の当麻であれば、
まず入店する気すら起こらない店。
ステーキといえば高い。
ハンバーグだけでも1000円ほどは行く。
安い店であっても、
安いラーメン店に比べれば倍以上かかる。
極力出費を抑え、
パチンコに資産を投じるくらいの気狂いである限り、
「贅沢は敵だ」と言う言葉が頭を過る店。
……もっとも、
パチンコはあくまで余暇の過ごし方の1つであり、
既に贅沢であるということを、気狂いたちは理解できない。
そんな気狂いとは無縁の店に入った理由は、
「じゃあ、ステーキ食べる?」という、
当麻の提案であった。
茜は一瞬固まったが、
「う、うん」と快諾。
細道のすぐ先にある、こじんまりとしたステーキハウスに、
すぐさま入店した。
着席後、メニューを確認。
やはり、高い。
ハンバーグ 1000
リブロース 200g 1200
300g 1600
等など、200gは果たして多いのか少ないのか?
そこからして当麻には未知の領域。
リブロースとは何か?
店が言うレア、ミディアムとは?
どれほどしっかりした焼き加減なのか?
茜はハンバーグを。
当麻はランプステーキの400gレアを。
それぞれ注文し終えると、
茜はニッコリと笑顔を向けた。
「お肉の匂いがすごいね~」
「え? そうだね」
「煙草よりもいい匂いだねー」
パチンコをやめて欲しいという遠回しな台詞かな?
当麻はパチンコをやめる気はないことを伝えようとして、
思いとどまった。
次の台詞で、言わんとしていることが分かったからである。
「すっごいいいにおいでさ~。
これ、明日も服が覚えてそうだね~」
食べる前に胃が縮小する当麻。
迂闊だったと、自分の粗野を呪う。
さっき、口喧嘩でも言っていた、
「専用装備」。
それは、彼女が長い時間かけた末に得た答え。
今日のために用意した衣装だ。
一張羅であろう。
ところが自分はどうだと振り返る。
何処に行くかも決めていなければ、
何を食べるかも、ましてや自分ですら、
あまり乗り気ではなかったかもしれない場所を選び、
肉の臭い漂う場所に連れて来てしまった。
その杜撰な適当加減に、
愛想をつかされてしまうのではないか?
つかされても何も文句など言えまいと。
思ったらすぐさま、
当麻はテーブルに額を打ち付けた。
茜は驚いき、当麻は両掌を合わせる。
「ごめんなさい!
そんなつもりはなかったんだ!
嫌いだからとかそんなんじゃないんだ!
ぼ、僕が全然来ないような、
おしゃれなお店ってあんましわからないし、
ステーキならって安直な考えで、
ここに来ちゃったんだ! だ、だから」
当麻の頭にチョップが振り落とされた。
痛みは全くない。
「お店の人にしつれ―です。
それ以上の暴言は、茜ちゃんが許しません」
「……」
おどおどとする当麻に、
茜は優しくデコピンする。
「デートにスキルは最底辺だけど、
頑張って選んでくれたんでしょう?
時間絶対かかってないだろうし、
適当に言ったのかもしれないけどさ」
バレている。何もかも見透かされている。
当麻は恐怖を感じた。
「でも、その心意気が大事なんだよ当麻君。
次の次でも何でもいいからさ。
今度は私の満足するような、
素敵なお店に連れて行ってよ」
「う、うん。必ず。約束する」
「じゃあ、服なんか気にせず食べようか!」
さり気なく店内に入り、ステーキ丼を頼んでいた黒騎。
会話を聞くに、腹の底から怒りが沸き立つような、
仲睦まじい男女。
全く羨ましくはないものの、
何故かイライラしている。
「……あーあ。パチンコで青春とか、
いったいどうなってやがんだ全く」
運ばれてきたステーキ丼を腹に掻っ込み、
食べさせ合いを強要する茜を尻目に黒騎は店を後にした。
1000円損したと、渋い顔をしている。
「……マジでパチンコに微塵も興味が無いんだな……。
どうなってやがんだ……」
ヒントらしい会話の1つもない。
もしもパチンコに乗り気な会話があれば、
即座に闇パチへの勧誘をしようとまで思っていたが、
あてが外れたと黒騎はため息をつく。
嗜好品のミントガムを取り出して噛み始めると、
ぼやけていた頭がすっきりとし始めた。
「……せめて、俺と当麻。
それ以外に4,5人。
あれに勝つには、……それくらい欲しい」
全員銀河の祝福を受けた猛者であること。
でなければ烏合の衆に他ならない。
闇パチ。
法の外で行われるギャンブル。
勝てば一夜にしてこの世の覇者になりうる、
巨額の金を得ることが出来るパチンコ大会。
「当麻に、その気にさせるか……。
しかし、そういう相手の気持ちを踏みにじるってのは、
あんまり好かんな……」
勝って、景色を見たい。
普通にパチンコを打ち続けているだけでは、
普通に真面目に生きているだけでは、
決して手に入らない一発逆転劇を。
そしてそれを見るのは、
あの日負けた自分ではなく、
今の自分なのだと。
黒騎は銀紙にガムを包んで捨てる。
開催までまだまだ日は長い。
ふらりと寄ったパチンコ屋で、
黒騎は3500円勝った。
不満気だが、ステーキ丼のマイナスを埋めたのだと思い、
納得して帰っていった。




