決定の拒絶
『リーチですわよっ!』
『あ~ん、きゃんわい~♪』
『萌え萌えRUSH!』
『おかえりニャさいませ♪』
『存分に玉子焼きを焼いてやろう!』
『皆、神に従えやおらあああああ!!』
『おめでとう!』
『キュインを鳴らしてね♪』
当麻は背筋がゾワゾワとする感覚を味わっていた。
やたら甘い声、完全にオタク層を狙い撃ったかのような、
そんな作りの台。
大当たり回数38の台を選んで座ったものの、
隣の台は91回と非常に格差がある。
無理もない。
新台導入時は、
『何故か』大当たりの格差が平然と生まれるものなのだ。
そして新台に座るとなれば、
朝から並んで整理券を得る必要がある。
「おい当麻。もう7時だぞ。
8時までには並んどけよ」
「ま、待ってください、暇つぶしのゲームを落としていて」
「てめえ、運絡みのゲーム入れるんじゃねえぞ」
「わかってますって!」
黒騎に急かされた朝。
無料電話アプリの『SKIN』から、
茜からのチャットが来る。
『ねーねー、今日は新台って言ってたよね?
それ終わったらご飯食べに行かない?』
「……時間があれば」
チャットを打つスピードは、
当麻よりも茜がずば抜けて早い。
即座に返信が来た。
『楽しみにしてるね―っ!』
新台導入というのは一つの祭りだ。
ただし、盛り上がるかどうかは、
台の種類にもよる。
当麻は最寄り駅から遠征。
初めて立ち入るその店には、
『山賊乙女外伝 超銀河ライブ!』が、
10台も入荷されるのだ。
少ないと思ったら、それは空物語など、
最大手の新台導入と混同している。
出せば一定数客が座り採算が必ず取れる、
そういう知名度があるからこそ、
何十台と導入できるのだ。
無名の、長期化動画見込めないかもわからぬ台を、
おいそれと導入はできない。
10台と言うのは相当の強気。
そしてそれが可能なのは、
オタクの街、秋葉原。
空シリーズを置かない、萌え関連台のみに特化した、
純オタク向けのパチンコホール。
当麻の入手した整理券は、
2時間近く前だというのに、9番目。
新台に間に合ったものの、
勝てる台に座れるかどうか怪しい。
待っているのは当麻を除いて全員オタク。
同じと思われるのが何となく嫌な気持ちの当麻。
整理券を持ってしばらく。
後ろに回ったのもオタク。
……が、
「……お兄、さん。カタギ、ですな?」
「はい?」
突然当麻に話しかけてくるオタク。
見れば女性。
チェック柄のシャツや色気のないジーンズと、
女らしさの欠片もない。
寝癖でボサボサながら、シャンプーの匂いだけはしっかりとしている。
当麻よりも頭一つ分小さな背をした彼女の顔は、
僅かに口元を緩めていた。
「オタク関連の、なんというか……独特の臭いを、
感じなかった、もので……ね」
気持ち悪い奴に絡まれてしまったと、
当麻は露骨に嫌な顔をする。
「あ、ああ……そうですね」
今すぐ逃げ出したい衝動。
しかし逃げれば整理券が無駄になる。
イヤホンをして、
音楽を流し、アプリを起動。
これで良しと、
無視を決め込む当麻。
相手も諦めたのか、
当麻に話し掛けるのをやめ、
スマホをいじり始めた。
開店までそのまま待ち続け、
ついに整理券順に席の取り合いが始まる。
しかし、10台ある内の1台を選ぶだけ。
しかも、前にいた8人は全員新台目的。
つまり、当麻は二者択一を迫られていた。
データカウンターを見れば、
38と1。
天と地を分ける歴然とした差だ。
当麻は嫌な顔をした。
自分は負けたくないものの、
38の台に座れば、真後ろにいた気持ち悪い女に、
負けを引っ掛けることになる。
気持ち悪いからとはいえ、
やはりそれは可哀想だと当麻は思った。
そういう後味悪い出来事があるため、
当麻は今まで並ぶことはあっても、
すぐには座らなかった。
新台となれば容赦は出来ない。
「(悪いけど。これも勝負だしね)」
38の台に座る当麻。
女はやはり1の台に座るが、
当麻の視線は既に台に向けられている。
サンドに万札を入れる準備をして構えた。
盤面には釘の森。
可愛らしいを可愛らしいでゴテゴテに混ぜあわせた、
奇妙奇天烈な意匠。
座るだけで恥ずかしいという経験を、
当麻は初めて経験する。
そして、サンドに金が、一斉に投じられた。
当麻は打ち出す。
100回転したところで、
右隣の台が大当たりを出した。
大当たり回数は驚愕の91回。
終日打っていても問題なく勝てるだろう。
一方で左隣の台は、0。
打っても勝てない地獄台だ。
おそらく誰かが台パンを入れるほど、
酷い有様になるであろう。
そして当麻もうかうかしていられない。
38回の内、出玉のあまりない大当たりも、
この台には含まれている。
※大当たりしたらさらに抽選があり、
何割かは出玉多い。何割かは少ない。
終日打てば必ず負けるのだ。
出来るだけ早く大当たりを勝ち取る必要が出てくる。
顔は平静、目は死人。
しかし心はマグマのように猛り狂う。
打ち手は全員、このマグマを制御することを強いられ、
制御できねば暴力となって台に襲いかかる。
恥ずかしい気持ちというのは、
このマグマに影響を与える。
可愛いキャラがリーチ演出を外すと、
可愛らしく甘えた声で、
「ごめんなさい」「許してください」「お仕置き、する?」
などなど、打ち手を誑かすセリフ回しをする。
300回転。当麻の左隣の客が台パンをした。
相当イライラしている。
熱い演出をしたのに負け、
上記のような台詞を言われれば、
怒りも納得だ。
可愛さ余って憎さ百倍。
先人は的を射た発言が多い。
「大当たりだよお兄ちゃん!」
310回転目で大当たりをして、
いよいよ始まる。
この台は50%の確率を得て、
確率変動に突入するのだ。
でなければ時短もなく、そのまま通常モード。
残念ながら当麻は通常に転落し、
またしても大当たりを地道に目指す必要が出る。
既に投資額は3万を突き抜けようとしていた。
当麻のような目を持たない者は、
この時点で怖気づく。
強靭なる意思ではなく、
狂気を孕んだ意思でなければ、
パチンコを打つには足りない。
4枚めの万札をサンドに投入し、
構わず打ち続けた。
総回転数450ほどで、左隣の台の客は、
背もたれを思い切り倒して反り、
その姿勢で台に蹴りを入れる。
見かねた店員が注意を促すと、
「詐欺だ!」「遠隔だ!」
と散々喚き散らし、
最後は屈強な見た目の店員に囲まれて青ざめた後、
裏にある控室に連行された。
当麻は可哀想とは思わない。
遠隔や詐欺。
そんなものがパチンコ界隈で横行しているのは、
誰しもわかっている。
しかしそれを口に出さない暗黙の了解があって、
皆ここに来ているのだ。
遠隔でも詐欺でも、
最終的に自分に都合よくなればそれでいい。
なんとも利己的な道徳がそこにはあった。
しかし、蹴られた台はヒビ一つなく、
悠然と構えている。
以後も勝てない台。そこにまた客が座った。
当麻から見れば目に見えた蟻地獄であっても、
普通の客から見れば、450回転も回した新台だ。
あと一押しで勝てるかもしれないという誘惑が、
台から漂うのである。
派手な音も可愛いキャラも、
蟻地獄をカモフラージュするものでしかない。
「ラッキーパトランプ!」
キュインという音が鳴った。
他の台で当たったのだろう。
当麻が5枚目の諭吉を用意したところで、
大当たり告知が来る。
今度は確変だ。
快調な右隣の台は、
確変を12連荘決めていて、
先ほどようやく通常に戻る。
大勝ちしているためか、
店員に休憩を申し込んで40分の休憩に向かった。
きっと豪勢な昼飯になるに違いない。
「たのむよ」
当麻はここで7連荘。
出玉は8000。
あと少しで今日の投資分が全額回収可能な範囲。
しかもまだ続く。
恥ずかしい演出は更に過剰になってきたが、
大当たり時の快感に更なる高揚感を生み出す。
何だ、萌台も悪くはないじゃないか。
可愛い声で祝福する。
先程までの謝罪などはもうどうでも良くなっていた。
こうなれば神経でも背筋でもなく、
快感を逆撫でられている超感覚に酔いしれることになる。
しかし、そんな楽しい時間は15連荘で幕を閉じた。
出玉は2万近い。
潮時だと当麻は立ち上がった。
38回中、16回大当たりを決めたのだ。
残る23回は恐らく、夜。
その時もう一度来れればと思ったが、
既に茜との先約があるため、
そこで球を流すことにした。
そういえば、先ほどの気持ち悪い女はどうしたか。
当麻は大景品13個抱え、先程までいた島を見る。
気持ち悪い女の台は……。
「……え!?」
大当たり回数、11。
見間違えたのか? そう思っている間に、
確変中の大当たりを引いて、
今まさに大当たり回数が12に上塗りされた。
「…………なんで……」
戦慄する当麻。
この異常事態に目を、心を奪われる。
もしや自分の目が効果を亡くしたのか?
そう思って他の台を見るが、
やはり最終大当たり回数が見える。
どうなっているのか。
昼時の空腹など吹っ飛び、
当麻はその場に立ち尽くすのであった。
恥ずかしい台なんて打てない?
大丈夫。パチンコに行くだけでも恥ずかしいやつだから。
無論私も。




