191
パチンコの異能力バトルです。
パチンコ店に入る際は、
眼球力の低下、
空腹感の減退、
血流の不安定、
肺がんのリスクを背負った上で、
楽しく逝きましょう♪
初めて店内に入った時の、
あの衝撃は今でも忘れられない。
鳴り響く音。騒音。
光る台、光る銀玉の入った箱。
ぱちぱちと爆ぜる音もする。
そんな光に目が眩んでいて、
居並ぶ皆の目が光っていた。
でも、目は死んでいた。
その日僕は、退屈な日々を変えたかったんだ。
大学も行かず、安穏とした生活の中で、
とりとめもなく……することもなく。
目的も、夢も、何もない。
突き進むことが出来なかった僕が行った、
初めてのパチンコ屋。
ゲームセンターなんかとは、
比較にならない熱がそこにはあった。
胸が高鳴った。
呼吸するのもためらうほどの、
見えない煙の中でも、
僕は胸が踊った。
その日僕は10万円を握っていた。
適当な台に座り、
適当に打っていたら、
適当に当たって、続いて。
帰る頃には6万円になっていた。
退くタイミングを間違えたんだと思う。
でも次はもっと楽しめると思った。
それから、仕送りの金も、
全部、全部費やして、
勝つために、毎日パチンコ屋に行った。
これっきりと思っても、
体が疼いて仕方がなかった。
あの光と騒音の坩堝に、
この身と財布を委ねる、
快感にはまっていたんだ。
ふと気付いた時にはもう、
後戻りできないほど、
金を使っていた。
ああ、金を使っていた。
両親にバレて、
仕送りも終わり、バイトも手につかず。
1円、0,5円。どんどん、
値段の低い、パチンコの楽しめるだけの、
そんな価格帯に落ちていく。
徒労感か、高揚感か。
どちらの後にも、
後悔だけが残る。
僕はまだ22歳だ。
それなのに何もないんだ。
働く意欲も、実力も。
夢も。何もないんだ。
家で食べるのは3日前に炊いた米と塩だけ。
水もあるか……。
ひもじいなんてもんじゃない。
本当に餓死する。
僕には余裕が無い。
手元に残ったのは3万円。
これが全財産だ。
僕の全部だ。
僕は明日。死にに行こうと思った。
パチンコで火が付いたと思っていたんだ。
でも、燃えていたのは心じゃなくて、金と命だった。
4円パチンコに行く。僕はそこで全財産を失って、
死ぬんだ。
僕はもう、それでよかった。
パチンコ台数総計500台。
パチスロ台数総計500台。
地都内でも有数の大量動員店。
名は、パーラー・クリスタル。
4円パチンコと1円パチンコ、
そして20円スロットを主な収入源とし、
4:6の割合で、若干店が勝つ程度の調整をしている。
他の店舗と違うのは、比較的勝ちやすいとよく噂されること。
連日稼働率8割、休日などになればその割合は満員以上に跳ね上がる。
そして驚くことに、極端な回収をしない店舗としても有名だ。
休日にはその釘や設定が極端に甘くなる。
回収どころか、大盤振る舞いだ。
それでも利益を上げているのには理由がある。
全台自動計数機による人員の大幅削減。
新台を他店の 1/10 程度に抑える。
客足は途絶えないので宣伝費もない。
1000台は入れ替わりも殆どない、
真新しさはないものの、安定していて、
台を買う必要もない。
台購入による大幅な回収が必要ないため、
自然体での営業で毎日600万円の利益。
毎月約2億の利益を叩き出す。
このクリスタルには、
1人のスターがいる。
彼が来た日は、必ず店の設定が甘い。
幾度登場した時も、
店が好調でなかった日は存在しない。
そんな彼は今日、
ホールを一望できるモニタールームのソファにくつろいでいた。
「黒騎さん、本日はどうぞ、よろしくお願いしますね」
黒騎道雄。
パチンコ業界の中でも有名な打ち手だ。
どんな荒い釘の森でも悠々と回す、
超然とした打ち手。
彼は数々のモニターを見て、
そこに映る様々な人間を観察していた。
喜ぶ者、憤る者。
悲喜こもごも渦巻く映像は、
下手なドラマよりも面白い。
「おうよ。俺が回すのはどれだっけ、
タンバリンだっけか?」
「そうですね。4階にあります333番。
どうぞよろしくお願い致します」
打ち手というのは基本、
裏にヤの字が付く者が胴元として存在する、
お抱えのパチプレイヤーのことを指す。
だが、彼の背後にいるのは、
このクリスタルのオーナー。
宝来国人。
宝来は黒騎を、月1000万円で雇い、
ここぞという時に店内で打ってもらい、
他の客の活況を盛り上げている。
月1000万円という高額報酬もさることながら、
極めつけはパチンコで買った分は全て別途報酬という厚遇っぷりだ。
彼がいることで店に入る金額は、
それを補って余りあるのだ。
無論、彼が座る台に細工が施されるわけではない。
あくまでも自然体で打ってもらう。
「タンバリンか……通常がツマラナイが、
当たればデカイな」
黒騎は立ち上がると、
モニタールームから出る。
地下3階という深い場所にあるモニタールームには、
関係者以外誰も入ることは出来ない。
専用エレベーターで2階へ。
そこも関係者以外立入禁止という念の入りようだ。
別の扉を開けるとそこは非常階段になっており、
そこから3階へ。
3階扉を抜ければレストルームである。
既に老人や若者がそこで休憩をしていた。
「パチンコ屋に来てパチンコしねえとは勿体無えな」
黒騎が現れた。
その一事が、パーラー・クリスタルを熱くする。
今日は出る。
そんな確信を得た者達が、
サンドに金を入れていく。
銀色の玉が溢れでて、
活気が生まれた。
彼がどの台に座るのか?
皆興味を持っている。
座ったのは、CR魔戦士タンバリン。
超継続スペックという極端な台だ。
見事大当たりを決めたその後に、
約 1/2 の確率でSTに突入する。
ST
突入後の継続率は9割を超え、
爆裂すれば100回連続大当たりも夢ではないほど、
破壊的な大連荘を叩き出す。
パーラー・クリスタルはこの台を他にも3台保有している。
その内の1台は、黒騎の左隣にあった。
「……ぶつ………ぶつ……」
異質なつぶやき声を、黒木は感じた。
彼の目先には、大学生程度の年齢の若者がいる。
目立つ特徴はない一般人A。
彼は虚ろな目で、各台の回転数や、大当たり回数の表示される、
データカウンターを眺めていた。
「5……12……191……え、
191……うん……そうだな……これだな」
気味が悪い奴だと、
黒騎は舌打ちした。
ただでさえ確変突入前がツマラナイ、タンバリン。
精神に異常をきたしてる風の青年と肩を並べて打つのが、
黒騎にはどうにも気に入らない。
「191……191……」
呟きは黒騎以外には届かない。
取り憑かれたような声で、
彼は一万円札を握り、サンド(※)に入れた。
※金を銀に変換する装置
2500玉の銀河が、
大当たり目指して釘の森を流れだす。
「……(こいつ、さっきから191としきりにいっているが)」
191と言えば、普通は回転数のみを指す。
しかし、タンバリンに限り、
大当たりが爆裂するこの台に限り、
191は、大当たり回数のことも指し示す。
「(191回大当たりしようってのか?
意気込みは立派だが、この台でもそうそう出ないぞ?)」
何故、191なのか。
黒騎はこの時点で、何も気付かなかった。
瞬く間に銀河は途絶えるも、
若者はサンドへ再び万札を入れる。
「(……!?)」
麒麟柄の保留が、若者の台に実る。
近年パチンコにおいて、保留変化というものは日常的な風景だ。
だが麒麟柄。
これは、この台を作ったメーカーが打ち出す、
大当たり確定級の熱さを誇る。
「きた!」
「(叫ぶのはマナー違反だが……いや、
それよりも本当に当たりを引いた!?)」
そのまま危なげもなく、
大当たりの伏線ともいうべき演出が重なり、
当然のように大当たりが決まる。
「……」
大当たりを決め、
さらに確変の権利をも引当て、
若者は放心状態になった。
「(……ここまでは順調だな。
だが、どう足掻いても、191回など……)」
確変継続率は、
大当たりにしやすい状況(確変)の続く指針。
90%を超える継続率を誇るこの台は、
初めて打つ者には衝撃的で、
全能感を得ることも出来る。
「来てくれ……」
20,31,1,3,61……
データカウンターの回転数がその数値に達した時、
大当たりの福音が鳴り響く。
10回の大当たりは、
若者に6000玉を与えた。
しかし、確変はまだ続いている。
「(単純な確率であれば、10回の内1回は……。
大当たりが来ないまま終わるはずだ)」
タンバリンのスペックは単純で、
80回転の内に 約1/32 を引き当てれば、
再度確変に突入する。
しかし当然、当たりやすいと言っても、
確実に当たるわけではない。
中には確変になったとしても、
即座に抜けてしまう者もいる。
「(……馬鹿な……!)」
唖然とする黒騎には未だ大当たりは来ない。
しかしそんなことをよそに、
若者は快調に大当たりを続けている。
その数、60。
道行く者が必ず見てしまうほどの注目度に至っている。
出玉は既に30000玉を超えている。
「あ」
黒騎はこのタイミングで大当たりを引いた。
しかし確変には至らず、
50回転のチャンスタイムもふいにしてしまう。
「(60回……191には……いや、もしかしたら、
本当に!?)」
だが黒騎の予想は外れた。
63回目の大当たりの後、
何も起こらず80回転目が終わり、
通常画面に移行する。
「……」
黒騎は、言いようのない不安と、
確信めいた畏怖を知ることになる。
並大抵の人間ならするであろう思考。
「ここまで」「打ち止め」「これ以上は出ない」
という、吹きすさぶ冷風のような悪寒。
ものともせず、若者は出玉を費やして打ち始めた。
確変に至る道は遠い。
300回転ほどで1回という、
名目上はその確率で収束する台であれ、
運が悪ければ4桁の回転数を積み重ねても、
大当たりにかすりもしない。
「191……」
「おい……マジかよ……」
黒騎の声は若者には聞こえない。
いや、若者は目の前にある台の音すらも聞こえていないだろう。
完全に自身の勝利をその目に宿し、
目に映る好調感以外を排した、薄ら笑いを浮かべている。
回転数320。
大当りに至る。
しかし、チャンスタイムに移行した。
……だが、チャンスタイムの50回転は特別で、
ここで大当たりを決めることが出来れば、
問答無用で確変に突入する。
24回転。
そこで確定音が鳴り響いた。
大当たりが確定したのである。
「(引き戻した!?)」
「わっ、わっ……わ、わ!?」
動揺した若者は、
その心だけを置いて右手に力を込めた。
体と心がちぐはぐで、
悦びと動揺がいっぺんに襲いかかる。
彼はそのデータカウンターに、
1つずつ、高速で大当たりを積み重ねていった。
ああ、誰がここまでの大勝を予想しただろう?
唯一若者の声を聞こえていた黒騎だけが、
事の大きさに心臓が張り裂けるほど伸縮している。
それ以外、全ての通行人が、
大当たり191回を目にして驚愕と羨望を若者に向けた。
若者には、彼らの視線も、
どよめきもない。
薄ら笑いと、
勝利の目と、
振動と肩こりでしびれている右手、
血流の悪くなった太もも。
若者はゆっくり、甘い痺れを全身に宿して、
立ち上がった。
カードを引き抜いて、
フラフラと景品交換所に向かう。
パチンコは一旦、景品交換という名目で、
銀球をg単位で金景品に変換する。
変換した金を、
金を買い取る場所に持って行き、
そこで日本円に変換するのだ。
若者が今日出した大当たり出玉は、
10万発を超えた。
通常、そんな出玉はありえない。
金景品も大量で、持ちきれないほどあった。
会員カードに貯玉することを店員は強く勧めたが、
若者はそのまま全部変換し、
一直線に金交換場に持っていく。
落とした金景品を拾ってしまおうという、
ハイエナどころか窃盗まがいの連中もいたが、
黒騎がしっかりと背後で目を光らせていたため、
何も出来ずにいた。
若者が手に入れたお金は、
40万円弱。
見たこともない大金を手にして、若者は軽い興奮状態だったが、
それ以上に黒騎は興奮していた。
「見つけたぞ……ランクS……!」
これから起こるであろう出来事を想像し、
黒騎は歓喜の身震いを起こした。
続く




