15:28~初恋の赤いマフラー~(春編)
儚夢さんとのコラボ作品です。
大まかな設定のみ決め、あとは自由に執筆致しました。
まだ空気が澄んでいる、誰もいない教室。
いつものように、一番乗りに教室に入った『宍戸 春』(ししど はる)は、手提げバックを下ろすと窓際の席に鎮座した。
この席から見える景色が好きで、席替えの際は決まってこの場所を選んでいた。
だが、今回ばかりはそれだけじゃなく、密かに思いを馳せていた『涼峰 優』(すずみね ゆう)の席が前だからというのが理由だった。
人を好きになるという感情が薄かった春だが、優だけは違った。
明るく、誰にでも優しい人柄は、異性だけじゃなく同姓からも人気があった。
簡単に言えば、春とは真逆の性格である。
もともと人付き合いが得意じゃなく無口な春は、あまり印象のいい方ではなかった。
自分なりにその欠点がわかっていた為、一歩踏み出すことがどうしても出来ず、もう夏だというのにただの一度も優に話し掛けたことがなかった。
◇◇◇◇◇◇
――おはよう――
クラスメイトが、続々と登校して来る。
そんなことはお構いなしに、春はただ外の景色を眺めていた。
本当は他のクラスメイトのように、明るく振る舞いたかったが、不器用な春はそれが出来なかった。
「おはよう~」
その声を聞いた瞬間、春の胸は高鳴った。
何とも心地の良い、優しい『優』の声が教室の雰囲気を変える。
仲の良い『月島 蒼』(つきしま あおい)と話ながら、優は席に着く。
いつもと同じ、見慣れた光景だ。
優と蒼は、朝から楽しそうに、流行りの歌や恋の話をする。
春は聞こえないふりをしながら、無意味にノートを開いたり閉じたりを繰り返す。
これもまた、見慣れた光景だ。
窓から夏の風が教室へ流れ込むと、優のシャンプーの匂いが共に香る。
こうして、春の学校生活が始まる。
◇◇◇◇◇◇
賑やかになった教室も、授業が始まると静寂に包まれる。
しかし、一時限目のホームルームで、担任が『体育祭』について話を切り出すと、一変して教室は再び、ざわつき始めた。
クラスメイト達は皆、お祭り気分で高校生活最後の体育祭とうことで盛り上がっていたが、春は興味のないふりをしていた。
――体育祭か……。俺には関係のないこと――
盛り上がるクラスメイトとは、異なり春のテンションは落ちていった――――が、担任の話に事態は急変した。
「え~では、記録係は、宍戸と涼峰に決める。いいな?」
それぞれ担当の割り当てが決まる中、偶然にも春と優の名前が挙げられた。
春が前の席の優を見ると、特別変わった態度は見れず、
――やっぱりな。俺なんかと、組むのはイヤなんだな――
と、思い込んだ。
しかし、心臓は高鳴る一方で、周りにそれを悟られぬよう平静を装った。
◇◇◇◇◇◇
一週間後、体育祭の日はやって来た。
ここ最近ないくらいの、雲一つない晴天だ。
クラスメイトは、目を血走らせ、張り切っている。
他のクラスに負けたくない気持ちと、個々の限界に挑むことに闘志を燃やしていた。
春はというと、周りから見ると気だるそうに見えるが、スポーツだけは万能だった。
普段は無口で、あまり目立つことはなかったが、この時ばかりはクラスメイトからの期待がかけられ、春も悪い気はしない。
そしていよいよ体育祭の幕は開けた。
春と優は、予定通り記録係りの仕事を全うするべく、競技会場へと足を運んだ。
柔らかな風が二人を包み込む中、春は言った。
「頑張ろう」
たった一言だったが、春にとってはフルマラソンを走りきったほどの労力を要していた。
そんな春に、優は笑顔で、
「うん。頑張ろうね」
と、返した。
――なんで、今まで話すことが出来なかったんだろう――
春は心につかえていた何がが、取れたように清々しい気分になり、それからは自然に優に話し掛けることが出来るようになっていた。
そして、いよいよ春の出場する100m走が始まろうとしていた。
「それじゃ、俺……行ってくるから」
「うん。頑張って! 期待してるよ」
競技に出場する春を、優は笑顔で送り出す。
春は軽く手を挙げ、持てるだけの笑顔を返した。
――さて、やってやるか。アイツだけには、負けたくないな――
春がライバル視する『アイツ』とは、他のクラスの『杉田 冬馬』(すぎた とうま)だ。
杉田とは一年からのライバルで、対戦成績は一勝一敗。
最後のこの体育祭で、きっちり勝ち越したいと考えていた。
お互い難なく予選を突破し、迎えた決勝戦。
「宍戸、この勝負でケジメを着けさせてもらうよ」
杉田にはギャラリーが多く、黄色い声援が飛び交う。
ここで、杉田に勝ったら大顰蹙を喰らいそうなくらいの勢いだ。
「俺は、負けない……」
春は、視線を優に向けながら杉田に返し、静かに闘志を燃やした。
「よ~い、スタート!」
先手を取ったのは、杉田の方だ。
力強くトラックを蹴り上げ、さすがに速い。
だが、春も負けてはいない。
ラスト10mで追い付き、勝負は互角。
ほぼ同時でゴールテープは切られ、肉眼ではどちらが勝ったかわからないくらいに、勝負はもつれ込んだ。
「ハァ……ハァ……どっちだ?」
息を切らしながら、結果を待つ春。
杉田はというと、自分が勝ったかのように、右腕を突き上げている。
「只今の競技、判定の結果……杉田選手の勝ちとさせて頂きます」
アナウンスが流れると、ギャラリーから歓声が沸き上がり春は居場所を失った。
「くそ……アイツには負けなくなかった……」
悔しがる春を見た杉田は、
「いい思い出になったよ。ありがとう」
と、爽やかに言い放った。
そして、正々堂々と戦った春にも、惜しみない拍手が贈られた。
その中の一つに、優の姿もあった。
「惜しかったね」
優の慰めの言葉に、余計悔しさが募る春だった。
自分が出場する競技が終わってからは、優と記録係に専念しクラスメイトの応援をした。
優と一緒に過ごせる時間は夢のようで、同じ係ということで昼食も一緒に取った。
今までは勇気がなくて、手が届かないと思っていた優が傍にいる。
それだけで、春は嬉しくなり優への想いがより一層強くなっていった。
◇◇◇◇◇◇
体育祭も無事終わり、夏が終わりを告げようとしていた。
春は、あれ以来優とは話すことが出来ず、優への想いを胸にしまいこんでいた。
話そうと思えば、いつでも話せたのだが、変に意識してしまい中々話すことが出来なかった。
そんなある日、いつものように教室に一番乗りに入ろうとしたその時、先客がいることに気付いた。
優と蒼だ。
二人は、何やらコソコソと話をしている。
悪いとは知りつつも、春は二人の会話を聞いてしまった。
「……そうなんだ。優は冬馬君が好きなんだ~。いいよね~、私も応援するよ」
「ありがとう、蒼。でも、自信ないな~。冬馬君人気あるし……」
――そうか、そうだったのか。だよな……俺みたいな男のこと、好きなはずないよな。あっちは、成績優秀、運動神経抜群、しかもイケメンだもんな……それに比べたら俺なんて――
朝からその会話を聞いてしまったことで、春のテンションはより一層低くなっていった。
そして更に事件は続いた……。
その日の授業が終わり、帰宅している時のことであった。
偶然にも、優と出くわしてしまった。優は、春の存在には気付いていない。
――気まずいな……どうしよう? でも、見た所一人のようだしな。声を掛けようか――
歩幅を合わせ、迷いながら一定の距離を保っていると、目線の先にはあの杉田の姿あった。
途端に、優は歩みをやめ立ち止まる。
それに合わせて、春も歩くのをやめた。
なんと、杉田は彼女らしき人物と手を繋ぎ楽しそうにしていたのである。
優は、今にも溢れそうな涙を我慢しながら、その場を走り去っていった。
その光景を目の当たりにした春は、どうすることも出来ず呆然と佇んだ。
――優……切ないよね……俺なら君を悲しませたりしないのに――
思ってはみたものの、何も出来ない自分に春は嫌気がさした。
心の何処かでは、これで良かったのだと思う自分もいたからなのである。
次の日、いつもと変わらない優の姿があった。
無理をして、蒼に気丈に振る舞ってはいたが、その姿を見て春は胸が傷んだ。
誰よりも優を傍で見ていた春だからこそ、優の失恋は他人事とは思えなかったのである。
――俺にもっと勇気があったら――
そんなこと思いながらも、何も出来ないでいた。
◇◇◇◇◇◇
月日は流れ、山々は紅葉で色づき始めた。
もうすっかり、季節は秋になっていた。
相変わらず春は、自分の想いを優に打ち明けることが出来ないでいた。
何度か告白しようとはしたが、あの一件以来、優の気持ちを考えるとそれも出来なかった。
今日も一番乗りに教室にやってきた春。
悴んだ手を擦りながら、窓からの風景を眺めていると、赤いマフラーをした優が教室にやって来る。
日増しに強くなる優への想い。
春は決心していた。
『今日こそは、想いを告げる』と。
一時限目が過ぎ、昼休みを過ぎ……なかなか言い出せない。
いよいよ今日最後の授業になってしまった。
――ああ、今日も言えずに終わるのか。今日こそはと、意気込んでいたのに――
春は授業の内容も上の空で、その事ばかりを考えていた。
気が付くと、ノートの端っこに言葉を綴っていた。
『今日の15時に、屋上に来てくれないか? 大事な話がある』と。
もうすぐ授業が終わるチャイムが鳴る。
――早く、この手紙を渡さなくては――
気持ちだけが焦っていく。
「今日の授業はここまで」
教師が授業の終わりを告げた瞬間、意を決して春は優に手紙を渡した。
優は、不思議そうな顔をしたが、その手紙を受け取った。
◇◇◇◇◇◇
放課後、約束の屋上に春はやって来た。
屋上からの眺めは、普段見る窓からの景色とは違い格別だ。
冷たい風が、春を突き抜ける。
もうすぐ約束の時間がやって来る。
これで、何かが始まり何が終わる。
春はそんなことを思い、一人黄昏ていた。
しかし、約束の時間が過ぎても優は現れなかった。
――俺の恋は、終わったんだ……こんなことなら、あんな手紙書くんじゃなかった――
腕時計の針を見ると15:28をさしていた。
約束の時間はとうに過ぎている。
諦めてもう帰ろうと思ったその時、息を切らし優が屋上へとやって来た。
「ハァ……ハァ……ごめんなさい。進路のことで、先生に捕まっちゃって……」
トレードマークの赤いマフラーが、風に揺れる。
「いや、俺の方こそごめん。いきなり呼び出しちゃって……」
体育祭以来の優との会話に、春はどぎまぎした。
「わぁ、綺麗。ここからの景色ってこんなに綺麗だったんだ~」
手摺によじ登り、目を輝かせる優。
春もその隣に近付き、一緒に遠くを眺めた。
言葉が喉まで来ているが、支えてそれ以上、上がってこない。
想像を遥かに越える、胸の高鳴り。
しばらく二人の間に、静寂の時が訪れた。
「あのさ……」
「何?」
いつも席から見える後ろ姿じゃなく、正面を向いた優が春を凝視する。高鳴る胸の鼓動。
「俺…………」
春が話し始めると、何かを悟ったかのように、優は優しい表情を浮かべ、春を見つめた。
「俺、優のことが好きだ! ずっと前から好きだ!」
冷たく吹いていた風が一瞬やみ、優は言葉を返した。
「……うん。私も…………」
そのまま二人は言葉を交わさず、ただ屋上からの景色を眺めた。
ほんのちょっと、近付いた距離で。
ある秋の日のことだった。
そこには、昨日までと違う二人の姿。
優の赤いマフラーは、二人を祝福するかのようにフワリと揺れた。
儚夢さんの優編をご覧になっていない方は、続けてそちらもご覧になって下さい。
尚、この二つの小説の若干の相違点はご了承下さい。
私達も、相手の小説を見ずに投稿したので。