激戦
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「紙辞書派not電子辞書」と「残す」。
炎天下の中学校の運動場、二つの陣地に切り分けられたコートで少年たちが向かい合っていた。両者は互いに相手をめがけボールを投げていくが、どちらもそれを的確にかわし、受け止めていく。
そう、運動場では今ドッヂボールが行われていた。
両のチームとも一歩も譲らず大接戦をしていたが、中でも目を引く二人の人物がいた。
強烈な速度と精密なコントロールで、相手を徹底的に追い詰めようとするAチームの平田誠。
素晴らしい動体視力と反射神経でボールを捉え、強靭な足腰でボールの勢いを殺し受け止めるBチームの佐古明。
二人は両のチームのエースであった。
二人のエースにより、激しいボールの投げ合いの応酬がなされるがどちらもそれを防御する。
そうして、試合開始から五分が立ち、こう着状態に陥ったように思われた。だが、Bチームの劣勢は火を見るより明らかであった。
誠は明に捕らえようの無いようなところへボールを投げ、受け止められなかったBチームの選手が一人、また一人と脱落していく。更に、視線による華麗なフェイントの交えられた誠の攻撃は明を幻惑し、その防御を困難にする。これはフェイントだ、そう思い目線とは違うところへ明が動けば、今度は目線の先にいるBチームの選手へとボールが吸い寄せられるように投げ込まれる。
それでも何とか、Aチームの選手が固まっているところへ切り崩すようにボールを投げ入れ、少しずつそちらの選手も減らしていく。
開始からおよそ十分が経過したとき、当初コートの中にいた十五人はAチームが誠を含め四人、Bチームには既に明一人を残すばかりとなってしまっていた。試合時間は十五分。残りの五分で四人を討ち倒さなければBチームに勝利は無い。
だが、数の上では明らかに劣勢。まして、盾たる明には矛たる誠を打ち破るだけの能力は無い。誠は外野に控えた選手たちと連携し、目にも止まらぬ猛攻で明に休む暇を与えず明の体力を消耗させる。
しかしそこで外野の選手がミスを犯す。ボールを投げ損じ、Bチームの外野のもとにボールが渡ってしまう。それを受け取った少年は素早く彼と明の間にいる少年へとボールを投げつける。後ろへの警戒が不十分だった少年は何とかそれを躱すが、ボールを受け取った明が隙を逃さず彼を仕留め、誠たちの軍勢の一人が脱落する。コート端に落ちたボールはBチームの外野へ転がり出る。
再び調子づいたBチームは遂に誠一人を残すまでに達する。こうなれば、もう勝負がつくのは時間の問題だ。
少し気を抜いたように、誠が急に口を開いた。
「そういえばお前ってさ、電子辞書じゃなくて紙の辞書を選ぶような奴だったよな。」
「は?」
「いや、いちいち七面倒くさいことが好きだよなと思ってさ。さっき投げたときに俺に当てようと思えば出来たのに、わざわざ他の奴を狙っただろ。俺の方がお前にとっちゃ鬱陶しいだろうに。」
「だってその方が面白そうじゃん。それにお前が外野に出てきたらそのほうが面倒だよ。」
「ま、いいや。試合時間も残り一分だっていうし攻めのトップと守りのトップ。二人の頂上決戦といこうじゃねえか。」
後ろで声援を送っていった女の子たちの黄色い声が突如大きくなったような気がしたが、二人は気にしない。
互いに真剣な顔でボールのやり取りをする。だが決着がつく気配はない。やがて試合終了を示すホイッスルが鳴り響いた。
二人は、互いに握手を交わした。
スピード感が足りないと友人に言われました。