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インケルトゥス・コーザリティ――未確定因果の恋  作者: ののそら
世界は静かに傾いた

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30/36

動き出した時計

ホワイトボードには、ここ数日の議論の名残が消されずに残っていた。


《保存量》

《再配分》

《収束》

《局所干渉》

《観測》


その端に、控えめな字で二つ追加されている。


《確率偏差》

《外乱》


久遠はその前に立ったまま、腕を組んで画面を睨んでいた。机にはノートパソコンと、何枚ものグラフ。


「……今日は何も起きてないな」


俺が言うと、鷹宮が椅子に斜めに座った。


「未遂も事故もゼロ。珍しいね」

「皮肉だろ」

「半分」


久遠は静かにこちらを振り返った。


「今日の分布です」


ノートパソコンを回される。街の地図に、淡い色が重ねられている。赤の楕円は、昨日より薄い。


「……減ってるな」

「はい。発生頻度は下がっています」


グラフが切り替わる。

鋭かったピークが、丸くなりつつある。


「尖りが削れています」

「いい傾向じゃないのか」

「短期的には」


やっぱり、その言い方だった。


「……ただし」

「来たな」

「全体が消えたわけではありません」


鷹宮が覗き込む。


「拡散してる?」

「再配置されている可能性があります」


俺は画面を睨んだ。事故が減っている。街は平穏。なのに、落ち着かない。


「……これ、前にも似たことあったよな」


久遠が目を上げる。


「相澤くん?」

「俺のバイク事故のあとだ」


少しだけ、空気が張った。


「俺が都度、久遠に干渉して避けてたやつだ。ニュースにもなったろ。しばらく事故が続いたって」


久遠は静かに頷いた。


「はい。この研究のきっかけでもあります」

「……そして今は」

「沈静化している」


鷹宮が腕を組む。


「外乱後の緩和過程、ってやつ?」

「物理的には近いです」


久遠はさらに資料を出した。


「同じ傾向は、もっと昔にもあります」


別の年代。


「私の母がいた研究施設の事故直後です」


俺は息を止めた。


「……あの時も?」

「はい。全国規模ではありませんが、周辺地域で事故率が跳ねました」


折れ線の山は小さい。けれど、形は似ている。


「大きな外乱のあと、確率場が荒れ……時間とともに落ち着く」

「今回と?」

「構造は一致しています」


俺はゆっくり息を吐いた。


「じゃあ今は」

「……沈静化の途中です」


その言葉に、少し安心しかけて。


――気づいた。久遠の声が、低い。


「……久遠」


呼ぶと、反応が一拍遅れた。


「はい」

「それ、本気で安心して言ってるか」


沈黙。久遠の指が、タッチパッドの上で止まった。


「……分布の中心が、移動していないからです」


地図が拡大される。淡い赤の影が、はっきりと残っている。


「ここ」


……久遠だった。


「……周りだけ静かになってるのか」

「はい」


鷹宮が低く言う。


「嫌な収まり方」

「保存が成立しているなら……」


久遠は言葉を切った。


「……中心事象に向けて整っている可能性があります」


背中が、ぞわっとした。


「つまり」

「一点に集約される前段階かもしれません」


俺は久遠の顔を見た。唇を噛んでいる。ほんのわずかに。


「……次、調べるなら」

「はい」

「昔の資料だな」

「同意します」


久遠は頷いた。


「母の論文に、初期分布のモデルが残っている可能性があります」

「家に?」

「はい。部屋は事故後あまり立ち入った事がないのでまだ残ってるはずです」


一瞬、視線を落とす。


「今公開されている論文は…都市災害の発生確率を数理モデルで下げる研究です。交通事故、インフラ故障、医療リスク……」


鷹宮が小さく息を吐く。


「めちゃくちゃまともだね」

「ええ。全部、リスク低減が目的です」


俺はホワイトボードを見る。


確率。

再配分。

収束。


「……それが、ここに繋がってるかもしれないってわけか」

「はい」


鷹宮が手を挙げた。


「じゃあ私は明日パス。用事ある」

「……いいのか?」

「生徒会の定例会議。部長と生徒会長の二重生活は忙しいのだよ少年よ」

「それは確かに無理だな」


それ以上は聞かなかった。俺は、画面の中心をもう一度見る。事故は減っている。未遂もない。


なのに。


――何かが、準備されている。そんな感じがしてならなかった。


ぽつりと漏れた。


「平穏って呼んでいいのか」


久遠は少し考えてから答えた。


「……局所的には」


同じ言葉。でも、今度は重い。俺は心の中で決めていた。もしこの中心が久遠なら。もし取り返しの付かない何かが起きるなら。今度も、止める。絶対に。


窓の外では、運動部の声が響いている。

いつも通りの放課後。街の風景も、走る車も、通る人も普段と変わらず生活している。それが、こんなにも頼りなく見える日が来るとは思っていなかった。まるでここの三人が違う世界へ切り取られたかのように…

今日からストック確保のため1日1投稿になります…

(´;ω;`)

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