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インケルトゥス・コーザリティ――未確定因果の恋  作者: ののそら
世界は静かに傾いた

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干渉の起点

科学研究部の机の上には、プリントアウトされたグラフと数式が散らばっていた。


「……相澤くん」


久遠が言った。


「一つ、聞いていいですか」


俺は顔を上げる。


「なに」

「あなたが“危険を察知するようになった”時期。思い当たる出来事はありませんか」


唐突だった。


「事故とか、大きな怪我とか。強い衝撃を受けた経験」


俺は瞬きをした。


「……いきなりだな」

「ですが、必要です」


久遠は真っ直ぐこちらを見る。


「現在の現象は、自然発生とは考えにくい。何らかの外力――初期条件が存在するはずです」


鷹宮が横から口を挟んだ。


「要するにさ」


椅子を逆向きにして腰掛ける。


「能力スイッチ入った瞬間、ってこと」

「……能力って言うな」

「じゃあ“異常な察知力”」


余計だ。久遠はホワイトボードに線を引いた。歪んだ波形。その中心が、二点で示されている。


「現在、確率振幅の極小点が二つ存在します」

「……二つ?」

「私と、この周辺」


もう一つの円は、俺の位置に重なっていた。


「久遠が“溜まり場”で、俺が――」

「干渉源です」


即答。


「観測と介入によって、局所的に確率場を撹乱しています」

「……なんか物騒だな」

「事実なので」


さらっと言うな。


鷹宮が眉を上げた。


「で、その干渉源が生まれた瞬間が分からないと、原因追えないわけだ」

「はい」


久遠は続けた。


「外場が加わると基底状態が変わることがあります。突然、井戸が深くなる。位相がずれる」


ホワイトボードに、新しい式が走る。


「この街の確率場は、過去に一度、大きく励起されています」

「……研究施設の事故?」


鷹宮が言った。久遠は頷いた。


「仮説としては最有力です」


俺は腕を組んだ。


「それと俺の覚醒が繋がってる?」

「断定はできません。ただ――」


一拍。


「相澤くんの変化は、その後です」


言われて、記憶を探った。――いつからだ。信号が止まりそうだと思ったのは。踏切に入るな、と直感したのは。


「……春休みの終わり頃だ」


久遠のペンが止まる。


「何かありましたか」


俺は少し迷ってから言った。


「……バイクに撥ねられた」


鷹宮が目を細める。


「ああ」


俺を見る。


「やっぱあれか」

「……知ってたのかよ」

「病院で会ったでしょ」


そう言われて思い出した。待合室。生徒会の腕章。白衣姿でスマホを打っていた二年生。


「……そういえばいたな。あれ部長だったのかよ」

「酷いなーこんな可愛い女子校生を忘れるなんて」


久遠が顔を上げた。


「病院?」

「春休み。軽傷だったけど搬送された」

「……初耳です」


食いつき方が違った。


「詳細を」

「横断歩道で、突っ込んできた原付。間一髪で避けたけど、転んで頭を打った」

「骨折は」

「なし。打撲」

「意識は」

「失って通行人に救急車呼ばれて搬送された」


久遠は無言で時系列を書き込む。


春休み――事故。数週間後――異常察知開始。


「……一致します」


低い声だった。


「何が」

「あなたの干渉が観測され始めた時期と」


鷹宮が腕を組む。


「それだけで能力生えたとは言えないでしょ」

「ええ。ですが――」


久遠は別の円を描いた。


「同時期、そういえば私にも軽傷がありました」


俺は目を瞬いた。


「は?」

「階段で躓きました。捻挫程度ですが」

「……そんなの」

「普通です」


即答。


「ですが、その直後から、未遂事象の密度が私の周囲で増えています」


嫌な沈黙。


「……リンクしてんのかよ」


久遠は答えなかった。代わりに、二つの点を細い線で結ぶ。


「私は収束点。相澤くんは干渉源」

「二人とも、同じ時期に怪我」

「偶然かもしれません」


言いながらも、線は消さなかった。鷹宮が息を吐く。


「偶然って言葉、最近信用できなくなってきた」


俺は頭を掻いた。


「つまり俺は、事故で何かズレた?」

「量子系では、強い外乱は状態を別の準安定点に移します」

「……日本語で」

「世界の揺れに巻き込まれて、立ち位置が変わった可能性があります」


怖い。


「で、戻れない?」

「未検証です」


余計怖い。久遠は続けた。


「現在の問題は二つ」


ホワイトボードに番号。


① 何が確率場を励起したか

② なぜあなたが干渉源になったか


「研究施設事故が①。相澤くんの事故が②に関係している可能性があります」


鷹宮が顎に手を当てる。


「久遠の母親は①の中枢側にいたんだよね」


久遠は一瞬だけ目を伏せた。久遠は少し間を置いてから言った。


「……母は、こう言っていました」


視線を落とす。


「都市災害の発生確率を数理的に扱う研究だと。

交通事故、インフラ故障、医療リスク……そういう“起こり得る最悪”を減らすためのモデルを作っていたと」


鷹宮が小さく息を吐く。


「それ、めちゃくちゃ真っ当だね」

「ええ。論文も、その分野のものばかりです」

「なるほどな……で」


俺は言った。


「結局、俺は何なんだ」


久遠は少し考えてから答えた。


「……測定器に近い存在です」

「は」

「世界の確率分布に触れてしまった観測者」


嫌な肩書きだ。鷹宮が苦笑した。


「人間センサー」

「言い換えが雑です」

「でも的確」


全然嬉しくない。俺は机を見る。


「……俺、普通に生きてただけなんだけど」


久遠は静かに言った。


「私もです」


短い一言だった。でも、それで十分だった。二人とも、選んでこの位置に立っていない。立たされただけだ。


「これ、もっと悪化する?」


久遠ははっきり言った。


「可能性は高いです」


容赦なかった。


「局所干渉が続けば、確率場はさらに歪みます」

「止めたら?」

「収束が進みます」


詰みじゃないか。鷹宮が肩をすくめる。


「選択肢ゼロ理論」


笑えない。久遠はホワイトボードの二点を見た。細い線で繋がれた、俺と彼女。


「……少なくとも」


静かに言う。


「あなた一人で背負わせる気はありません」


俺は一瞬、言葉に詰まった。


「……それ慰めになってるか微妙」

「事実です」


鷹宮が立ち上がった。


「よし」


手を叩く。


「今日の結論」


指を二本立てる。


「相澤の事故は要調査。久遠の怪我も洗い直し。あと研究施設事故の資料、もう一段掘る」


俺を見る。


「逃げるのは禁止」

「……聞いてない」

「却下」


俺はふと思い出して言った。


「……そういえばさ」


鷹宮を見る。


「なんであの時、病院にいたんだ?」


一瞬だけ、空気が止まった。


「え?」


鷹宮は瞬きをしてから、肩をすくめる。


「お見舞い」

「誰の」

「妹」


それ以上は言わなかった。久遠がちらっとこちらを見る。


「……入院していたんですか」

「たまたまその時体調悪くなってね」


さらっと言うが、語尾は少し軽すぎた。鷹宮は一瞬だけ黙ってから笑った。


「事情があってさ。病院通いが日常だった時期」


それ以上、踏み込ませない空気。俺は何となく察して、それ以上聞かなかった。

俺は天井を見上げた。普通の春休みだった。ただの交通事故だった。そう思いたい。

でも。

世界の確率に触れた、と言われた後で、あれを偶然だと信じるのは――もう、無理だった。

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