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因果は、まだ名前を持たない

放課後の空気は軽い。

人が減ると、街は余計な音を落として、世界は未確定のままそこにある。

だから俺は、帰り道が好きだった。


相澤悠真、高校2年生。

身長も成績も運動能力も、きれいに平均値。

通知表に書くことがないタイプだ。

突出も欠落もなく、平坦な毎日を淡々と歩く。

友達からも「普通でいい」と言われる。悪くはない。だが、少しだけ退屈だ。


隣を歩く久遠理沙も高2。

全国模試で名前が載る天才で、理系脳の塊。

でも性格は遠慮という概念をどこかに置き忘れた女子高生。

俺を馬鹿にするのが日常茶飯事だ。


そして俺たちは、科学研究部に所属している。

放課後は部室で実験や討論をしていることもあるが、今日は部活の後に少し寄り道をして帰ろうとしていた。


「また遠回りしてますね」

久遠の声が響く。少し呆れたように。


「最短ルートは踏切です」

「今日はやめとく」

「理由は?」

「……なんとなく」


久遠は足を止め、俺をじっと見た。

まるで俺という存在を、実験装置のデータポイントのように扱っているかのようだ。


「相澤くん、その“なんとなく”、統計的に一番信用できない言葉ですよ」

「知ってる。でも嫌なもんは嫌だ」

「……相変わらず、勘だけは冴えてますね」


踏切が見えた瞬間、胸の奥がざらついた。

息が詰まるほどではない。ただ、足が前に出ない。

警報音は鳴っていない。遮断機も上がったまま。


「来てませんよ、電車」

「分かってる」


久遠は一拍考えたあと、淡々と口を開く。

「相澤くんって、本当に平均値ですね」

「今それ関係ある?」

「あります。判断基準が曖昧で、根拠がなくて」

「悪口だろ」


彼女は半歩、前に出た。

――その瞬間、胸の奥が一気に重くなる。

普通の踏切だ。通学路にある、ただの踏切。

なのに、嫌な予感がする。


「久遠、待て」


反射的に、彼女の腕を掴んで引き戻す。

「ちょっ、何するんですか!」

小さく声が震えている。

でも俺も、声を出す余裕はなかった。


――カン、カン、カン。


警報音が鳴り、遮断機が勢いよく下りる。

電車が目の前を通過した。

風圧で制服が揺れ、踏切の柵がわずかに震える。

金属と風の音が混ざって、世界の密度が一瞬変わったように感じる。


「……」


久遠はしばらく踏切を見つめていた。

「今の」

「言うな」

「0.8秒」

「言うなって!」


彼女は眼鏡を押し上げる。

「あなたが掴まなかった場合、私は踏切内にいて、列車と接触――」

「やめろって!」


一拍。

久遠は淡々と言った。

「……結果論ですが、正解でした」


妙に腹立たしかった。

偶然だと思いたいのに、偶然は綺麗すぎる。

この“重さ”は何なのか、説明できない。

説明する必要も、今はない。


遮断機が上がり、日常が戻る。

歩き始めた足は、少しだけ重い。

久遠は俺をチラリと見て言う。

「相澤くん、こういうの多いですよね」

「なにが?」

「無駄に立ち止まって、結果的に助かる」


俺は答えなかった。

これは勘だ。

説明できないし、したくもない。


踏切を渡りきったあとも、胸の奥には違和感が残る。

世界は平穏で、誰も何も言わない。

でも、俺の勘は、まだ何かを察していた――

ほんのわずかに、確率が狂っているような気がして。


――帰り道は、だいたい安全だった。

だけど、勘は告げていた。

この日常が、そのままでは終わらない、と。

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