旅人と妖精の秘密
毎朝のルーティーン。
顔を洗う。
朝食をとる。
焚火を消す。
今日もまた、旅が始まる。
毎朝のあるべき姿。
風は爽やかに。
陽は優しく。
足は軽やかに。
今日もまた、旅が始まる。
自分なりの旅のルール。
荷物は少なく。
歩幅は小さく。
それでも、希望は大きく。
「今日は何が見れるかな?」
旅人は足を進める。
時に立ち止まり、汗をぬぐい。
時に立ち止まり、木の実を手に取る。
時に立ち止まり、手元の地図に首を傾げる。
「あれ・・・この先、何も描いてない」
旅人は足を進める。
地図の先、まだ見ぬ世界へ
地図の先、この丘の先へ
地図の先、小さな足の向かう先へ。
「――ああ、これを見るために」
目の前いっぱいに広がる水。地面との境目で白くなって揺れている。水の青と空の青が交わる曲線が見える。思わず小躍りしてその場をくるくる回る。
「これが海か!本で読んだとおりだ!」
甲高い鳥の声。温かい風の音。キラキラ光る水面と瞳。
ああ、間違いなく、これが今日のメインイベントだった。
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疲れた体も、心が満ちれば動き出す。
1日は思ったよりずっと短い。
今日の寝床を探して沢を登る。
夜は思ったより速足だ。
旅人の小さな体をすぐに飲み込もうとする。
「お、いい場所だね。今日はここかな。」
一息ついたら水を汲み、火を起こす。
何度も繰り返した夜を始める儀式。
自分と獣の域を分ける結界。
揺らめく力と癒しの象徴。
横になり、今日を思う。
まだ瞼に移っている青い光景。
ああ、この甘美な風景をどうやって記そう。どうやって詠おう。ああ―
その考えを断ち切るように、突然旅人の眼に、光が入り込む。
「えっ、えっ?」
光の粒が宙を舞っている。
ひとつ、ふたつ、みっ、数えきれない。
踊るように舞う光を、瞬きもせず追ってしまう。
思わず立ち上がり、躓いて転ぶ。
整理できない頭に、現実が入ってくる。
「まさか、妖精!妖精なの?」
妖精は『さぁ?どうでしょう』と笑っている。
近くに来た粒を手のひらで掬いあげてみる。
意外と熱くなく、驚いてしまう。
光って消えて、消えては光って。まるで呼吸をしているみたい。
じっと見てみる。
「妖精って、まさか、小さな虫・・・なの。」
これにはさすがに驚いた。
妖精の正体は、お尻が光る虫だったのだ。
妖精は『内緒だよ?』と呟くように宙へ飛んで行ってしまう。
取り残されたのは、ポカンとした間抜けな顔。
「すごいもの見ちゃったなぁ。どうしよう。」
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今日はいろんなものを見た。
キラキラ光る青い海。飲み込まれそうな風の匂い。
キラキラ光る妖精。妖精の正体は―うん、内緒だ。これは自分と妖精の秘密だと思うと笑えて来る。
ああ、今日の出来事をどう記そうか、どう詠おうか。
この感動をどうやって伝えようか。
明日は何に出会うだろうか。
そんなことを考えながら瞼が落ち、夜に還る。
毎日のルーティーン。
今日を思い。
明日を想う。
旅は続く。




