第14話 立ち止まらない選択
朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
カーテン越しの光はまだ柔らかく、部屋の中は静かだった。時計を見ると、いつもより少し早い時間。以前なら、もう一度目を閉じていただろう。でもその日は、そのまま起き上がった。
終わったのだ、と頭では分かっている。
彼と、きちんと話して、きちんと終わらせた。曖昧なまま距離を取ったわけでも、フェードアウトしたわけでもない。自分で選んだ結論だ。
それなのに、心のどこかでまだ、余韻のようなものが残っている。
キッチンで湯を沸かし、コーヒーを淹れる。カップを持つ手は、思ったよりも落ち着いていた。泣いてもいないし、胸を掻きむしるような痛みもない。ただ、空白がある。
それが、少し不思議だった。
出勤の準備をしながら、無意識にスマートフォンを探しそうになって、やめる。連絡を待つ必要は、もうない。待たないと決めたのだから。
仕事は、淡々と進んだ。
集中できないかと思っていたが、意外とそうでもない。むしろ、やるべきことが明確になった分、頭の中が静かだった。
昼休み、同僚たちの何気ない会話が耳に入る。
「最近、婚約したんだって」
「式場探し、もう始めてるらしいよ」
以前なら、胸がざわついていたかもしれない。けれど今は、少し距離を置いて聞いている自分がいた。羨ましいとも、焦っているとも違う。
――私は、私の選択をした。
それだけが、確かな事実だった。
仕事帰り、寄り道をして本屋に入った。特に目的はなかった。ただ、まっすぐ家に帰る気分でもなかった。
棚の前をゆっくりと歩きながら、ふと目に留まった本を手に取る。以前、彼が好きだと言っていた作家の新刊だった。
一瞬、指が止まる。
それから、そっと棚に戻した。
今は、それを選ばなくていい。
家に帰ると、部屋は変わらず静かだった。けれど、昨日までとは少し違う。ここには、私の時間しかない。その事実が、少しだけ心を軽くする。
夜、ベッドに入って目を閉じると、彼の顔が浮かんだ。最後に見た横顔。引き止めなかった、その選択。
胸が、少しだけ痛む。
それでも、後悔はしなかった。
立ち止まらないと決めたのは、彼のためではない。未来の誰かのためでもない。
自分のためだ。
失ったものは確かにある。けれど、同時に、取り戻したものもある。それは、自分の時間と、自分の人生を選ぶ感覚だった。
眠りに落ちる直前、ふと思う。
もし彼が、本当に選ぶ覚悟を持ったとしたら。
そのとき、私はどんな顔で会うのだろう。
その答えは、まだ分からない。
ただ一つだけ言えるのは、もう同じ場所には戻らないということだ。
選ばれるのを待つ私ではなく、
立ち止まらずに歩く私として。
夜は静かに、更けていった。
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もうあと数話で完結となります。
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