33話 きっとかわいさと同じもの
王子様は、教室に向かってまっすぐに歩いていく。影のある道を選びながら。
きっと、心に影が残っちゃったんだと思う。ついていくと、教室で座り込んでいたよ。席について、ただ遠くを見ていたんだ。どこか、気が抜けたみたいに。
私は、そっと近づく。王子様は、また目を真ん丸にして私を見ていたよ。
「王子様、追いかけてきちゃいました。どこか、悲しそうに見えたから……」
「……そんなことは、ない。俺のことは、気にしないでくれ」
どこも見ないまま、ただうつむいている。とても、はかなく見えたよ。今すぐにでも、消えちゃいそうなくらいに。
私に負けたのが、ショックだった。素直に考えるとそうなんだけど、違う気もしたんだ。
まずは、私は目を合わせていくよ。ちゃんと、話ができるように。
「いいえ。私を認めてくれるのなら、受け入れてください。認めるって、言ってくれましたよね?」
「アミカ……。すまなかった。俺は、お前の努力を見ることもせず、ただののしるだけだった」
立ち上がって、頭を下げてくれたよ。そっと肩に触れると、体勢を戻す。そのまま、王子様は立ち続けていたんだ。
どこか悲しそうに私を見ていて、首を振って返したよ。
「いいえ、良いんです。王子様は、分かってくれましたから」
「そう、だな……。アミカはずっと、カインを支えていた。自分を的にすることで。そして、仲間たちを信じていた。俺とは、大違いだ」
「私には、信じられる仲間がいただけです。それだけ、なんです」
「そう、なんだな……」
王子様は、少しうつむく。しばらく机だけを見て、それから私の方を見てくる。まっすぐに決意を込めたように、だけど迷うように瞳を揺らしながら。
「……なあ、ディーハルトと呼んでくれるか……? お前が嫌なら、諦めるしかないが……」
声が、消え入りそうになっていたよ。もしかしたら、図々しいって思っているのかも。
決闘の最中だって、ずっと私を否定していたもんね。罪悪感があるのは、仕方ないと思う。
でも、分かるよ。名前で読んでほしいくらいに、私を好きになってくれたってこと。私のことを、認めてくれたってこと。
だから、良いんだ。そんな気持ちを込めて、穏やかな笑顔で返したよ。そっと、落ち着くような顔で。
「もちろんです、ディーハルト君。あなたは、努力が好きなんですね」
「好きというわけではないが……。誰よりも努力を重ねてきたという自負があった。だが、うぬぼれだったのかもな」
「そんな事ないですよ。ディーハルト君は、確かに強かった。私だけじゃ、勝ち目なんてないほどに」
「いや、俺は負けた。言い訳の余地もなく。だから、姉さんの足元にも……」
そう言って、うつむいていたよ。震えるくらいに、拳を握りしめているのが見えたよ。
やっぱり、フィリアさんに勝てないことを気にしていたんだ。
だけど、ディーハルト君の考えはきっと違う。私はクロエちゃんに勝てないけど、それで良い。カイン君は、きっと一対一で正面から戦っていたら負けていたけれど、それでも良い。
なら、ディーハルト君だって同じはずなんだよ。私には、分かるんだから。
「ディーハルト君は、目を押さえていましたよね。でも、目には光が入っていなかったんじゃないですか?」
両目を、大げさに覆っていた。それに、カイン君に負けた後は、まっすぐに立ち上がっていた。
私の狙った場所は、右目。両目を覆う必要なんて無い。本当に目がやられていたのなら、しばらくは立つのにも苦労すると思うんだ。
ディーハルト君は、わざと負けを選んだのかも。下水で顔を洗う覚悟までして。それはつまり、心から私を認めてくれたってことだから。
それが分かるから、私はただ笑顔を向けられたよ。
「……俺が無様をさらした。それだけのことだ。情けない事実だがな」
ディーハルト君は、そっぽを向いていたよ。きっと、それが答え。
でも、追求するのはかわいくない。本人が負けってことにしたいのなら、そうしてあげるだけ。簡単なことだよね。
「そうですか。なら、きっと次は対策できますよね」
「ああ、そうだな。次こそは、お前に勝ってみせるさ。もっと努力を重ねて、堂々と、な」
笑顔を見せているけれど、努力という言葉には強い力が入っていた。目も、どこか揺れていたよ。努力しか、すがるものが無いみたいに。
いつか、鏡の前で見たみたいだった。笑顔の練習をして、それでも引きつった顔しかできなかった頃を思い出したよ。
だから、分かったんだ。ディーハルト君の努力は、私のかわいさと同じだってこと。
誰からも見向きもされなくて、だから努力を武器にしようとした。信じ抜こうとした。私が、かわいさだけを頼りにしていたように。
なら、大事なことを伝えなくちゃ。今の私が持っているかわいさとディーハルト君の努力が、本当の意味で同じになるために。
クロエちゃんと出会って、ソフィさんの優しさに触れて、分かったことを。
私は、そっとディーハルト君の手を取ったんだ。すべてを受け入れるような、穏やかな笑顔を浮かべて。
「ねえ、ディーハルト君。あなたの努力は、本当に凄いと思うんです。だからこそ、誰かを認めてあげてください。私を、認めてくれたみたいに」
そう。私だって、ただ自分のかわいさだけで乗り越えてきたわけじゃない。
クロエちゃんはかわいい。ソフィさんだって。カイン君たちも、みんなかっこいいんだから。そのおかげで、私は勝てたんだから。
「ああ……。そうだな。俺は……誰も認めてこなかった。俺より努力しているやつなんていないと、信じ込んでいたんだ」
「でも、今は違うんですよね?」
「その通りだ。アミカ、お前の努力は本物だ。カインも、クロエも、ローランドも、スミスも、マイケルも。署名の紙、見せてもらえないか?」
「はい、もちろんです」
手渡すと、ひとつひとつの名前を確かめるように見ていたよ。何度も、頷きながら。
そっと、指先でなぞりながら読む。その姿は、心に染み込ませているみたいだったよ。
「これだけの人に、認められているんだな……。マイケルやスミスも、駆け回っていたものな……」
「だったら、それを褒めてあげてください。きっと、喜んでくれますから」
「そうか……。そうだな……。アミカ、お前は本当に凄いな。もっと早く、気付いていれば……」
私から、目をそらしちゃった。まだ、後ろめたいんだと思う。
でも、一歩一歩近づいていけば良いよね。きっと、仲良くなっていけるから。
その証になるように、私はふわりと微笑んだんだ。ディーハルト君を照らす星々を思わせるように。
「言いっこなしですよ。ね、ディーハルト君」
「ありがとう。こう言うのはなんだが、お前と戦えてよかった」
「こちらこそ、です。ディーハルト君のこと、分かった気がしますから」
「ああ。俺も、お前をよく理解できた。心から、尊敬すべき相手だ」
「ふふっ。なら、これからは色々と手伝ってください。ディーハルト君がいれば、心強いです」
カイン君より強いくらいだし、王子様としての権力もある。なんてね。ちょっとだけ、下心はあるかもだけど。
でも、心強いのは本当。それに、きっとけじめは必要だから。自分を許せるようになるためにも、ね。
私は強力な手助けが得られて嬉しい。ディーハルト君はわだかまりが解けて嬉しい。これが、かわいさってやつなんだよ。
「もちろんだ。お前の剣となり、盾となってみせよう。それで、少しは罪滅ぼしもできるだろう」
「ディーハルト君も、私に頼ってください。つらいことがあったら、今すぐにだって聞きますよ」
「……ああ、そうだな。やはりお前は、周囲を照らしているんだな……」
どこかまぶしそうに、私のことを見ていたよ。ディーハルト君は、きっと誰かに照らしてほしかったんだと思う。
なら、ちょうどいい機会だよ。私は、ディーハルト君の手を握りしめたんだ。
「嫌じゃないのなら、聞かせてください。ディーハルト君の痛みを」
「……そう、だな。お前には、知る権利がある」
「権利なんかじゃありません。私が、ただ寄り添いたいだけなんです」
ディーハルト君は、下の方を見ていたよ。あごのあたりに手を触れて、少し悩んでいる様子みたい。
しばらくして、私の方を見て、もう一度下を見て、ため息を付く。そして、私に目を合わせてきたんだ。
ゆっくりと、言葉を探しているのが分かったよ。
「……そうか……。……俺は、多くの女から誘惑された。王子を落とせば、権力を手に入れられると。姉さんに勝てない程度の弱者だと、見下されながら」
「そう考える人も、いるんですね。いえ、人間としては当たり前かもしれません」
「薄暗い顔ばかり、見てきたよ。俺を誘惑する女どもも、その周りの者達も。俺を信じると言った口で、裏で俺をバカにする奴らの顔ばかりを」
ディーハルト君が歯を食いしばっているのが分かった。顔を思い出すのも嫌なんだと思う。
だから、私を恨むくらいに嫌っていたんだ。理由としては、とても納得できるよ。
「きっと、見たくもないものだったんですよね。たぶん、私も同じように見えた」
「だが、違った。勝ったお前の周りは、笑顔であふれていた。それだけで、思い知らされたよ」
「その中に、ディーハルト君も入ってください。私と一緒に、笑顔になりましょう」
「できるだろうか、俺に」
「はい、きっと」
ディーハルト君は、私の手を見て、しばらくじっと見ていたよ。そして、ゆっくりと私に笑顔を見せてくれたんだ。心から、信じてくれているみたいに。
「まずは、お礼を言わせてくれ。ありがとう、アミカ」
「はい、嬉しいです」
「そして、見ていてくれ。俺は、みんなの努力を認められる男になる」
決意を秘めた顔で、私に誓ってくれたよ。胸のあたりに、手を置きながら。
そして、ディーハルト君は去っていく。
次の日、ペアの人に話しかけている姿が見えたよ。
「いつも、世話になっているな。お前が俺を支えてくれるおかげで、これまでの課題を乗り越えられたんだ」
ペアの人は、ディーハルト君に笑顔を見せていた。私は、そっと遠ざかっていったんだ。ちょっとだけ、笑顔を隠しながら。




