22話 本当の想いを伝えて
エルカ先生の心を解きほぐすには、私の気持ちを伝えるだけじゃ足りない。どんな苦悩を抱えているか、聞くべきなんだ。
だけど、それには必要なことがあるよ。私が、本当の想いを伝えること。
諦めたくない理由を、どこまでも。きっと、一度では届かない。それでも。
私には、宝物がある。それは、ユミナス学園で手に入れたものなんだから。
「いいえ。私は諦めません。ここに来たから、大好きな人と出会えた。未来に希望を持つことができたんですから」
エルカ先生は、ため息を付くよ。きっと、呆れているんだと思う。
確かに、青臭いって言われる理想なのかもしれない。だけど、大人の都合で折られるだけの、弱い気持ちじゃないんだよ。
私たちの絆は、鋼よりもずっと硬いんだから。どんな刃物でだって、断ち切れやしないんだから。
一度首を振ったエルカ先生は、もう一度私と目を合わせてくる。説得したいという気持ちが、見えてくるようだった。
「商人ではダメなのかね? 君ほどの器量と愛嬌があれば、大儲けできるだろうに。なぜユミナス学園にこだわるのだ」
「逆に聞きますけど、どうして先生は私を退学させたいんですか? 私が出来損ないだからですか?」
私は、じっと目を合わせたよ。数秒ほどして、エルカ先生は目を逸らしたんだ。そして、目を伏せる。
しばらく、黙り込んだままだった。迷うように、目をさまよわせていたよ。
そして、先生は一度頷く。まっすぐに、私を見つめてきたんだ。決意を込めたような瞳で。
「……そうだね。これを言わないのは、卑怯というものだね。君は、退学をかけているのだから。理由が分からなければ、納得もできないだろう」
「聞かせてください。まずは、それからです」
エルカ先生は、窓から夕日を見ていたよ。遠くを見るような目で、昔を懐かしむように。
胸のあたりに拳を持ってきて、ぎゅっと握りしめるのが見えた。ため息をついて、私の方に向き直る。
もう一度だけ夕日を見て、ぽつりぽつりと話し始めたんだ。
「私はかつて、大きな挫折をした。そうだ……。私は、絵が好きだった。魔法の天才と言われながら、ずっと画家を志していたのだ」
先生は、ただ淡々と話していた。事実だけを、語ろうとするように。それでも、時々声が震えていたよ。本当に苦しい気持ちを、吐き出しているみたいに。
私は、たぶん全部分かった。だけど、少しだけ演出をするよ。少しでも、かわいくいられるように。
「でも、今の先生は……。あっ…! だから、私を……」
エルカ先生は、画家になれなかった。それだけの、簡単な話。夢を見て、追いかけて、全部無駄に終わった話。
だから、私を退学させたかったんだ。同じ傷を、私に負わせないために。
エルカ先生は、もう一度私をまっすぐに見てきたよ。真剣な、思いを秘めた目で。
「察しが良いね。やはり、君は優秀だ。そうだ。私は天才ではなかった。ただ技術的に優れた絵を描くだけ。それだけだったのだよ」
「エルカ先生……」
「絵を志した時間がなければ、私は校長にでもなれていただろうと言われたよ。おそらく、正しいのだろうね」
エルカ先生は、机のあたりを見続けている。筆を握るような動きをしながら。
きっと、まだ未練があるんだと思う。それでも、捨て去るしかなかったんだ。
後悔と羨望と、いろんな感情でぐちゃぐちゃ。適当に混ぜられた絵の具みたいに。
私も、そうなるのかもしれない。でも、今することは、怖がることじゃない。私のかわいさは、笑顔が中心なんだから。
そう、笑顔を浮かべるよ。未来にだって、負けないって。
「私は、きっと大丈夫。そうしてみせます。そうなってみせます。だから……」
「アミカ君。君は、輝く才能を持っている。私の魔法と同じように。魔法使いさえ志さなければ、大成できるはずだとも」
いくつかのことが、私の頭の中でつながったよ。エルカ先生は、きっとカイン君よりも魔法がうまい。そういうことじゃないかな。
私は、ちゃんと確かめなくちゃいけないよね。
「もしかして、あの時私を守った魔法も……」
「……ああ。私は、君を退学させたいだけ。傷つけるつもりはなかった。ソフィ君にも、そうなったら刺し違えてでも止めると言われたよ」
エルカ先生は、ちょっとだけうつむいていた。目頭を押さえて、震えていたよ。
そっか。だから知っていたんだ。私が木から落ちたことも。小竜の攻撃にあたりかけたことも。
もしかしたら、一度ペアの試験に戻ったのも、筆記試験に変わったのも、私が傷ついたからなのかもしれない。
私が傷だらけになって、悲しかったんだと思う。エルカ先生は、涙をこぼしていたから。
本当は、もっと楽に退学してほしかったんだね。別の道で、幸せになってほしかったんだね。
エルカ先生は、優しい気持ちを抱えた人だったんだ。それを知れたのは、良かったのかも。
それに、ソフィさんも。私を大好きでいてくれるって誓いは、決して破られることはない。よく分かったよ。
気付いたら、両手で胸を抑えていたんだ。
「ソフィさん……」
「間違っても傷つかないように、魔物を放つ時は戦力を集めろ。他の課題でも、しっかりと守れ。それが、ソフィ君の出した条件だよ」
その条件は、私を傷つけないためだけのものじゃない。集めた戦力があれば、課題を乗り越えられると思ってくれていたんだ。
目頭が、熱くなってくるよ。下手したら、声だって出ちゃいそうなくらい。
ソフィさんを信じていて良かった。大好きでいて良かった。私の、大切な家族を。
全部全部、報われたんだ。私の苦労も、嘆きも、悲しみも。ずっと、支えてくれていたんだ。
抑えた胸が、暖かいよ。日向ぼっこしている時よりも、ずっと。これはきっと、体温じゃない。ソフィさんの愛情が、届けてくれたものだよ。
つい、ニヤけそうになっちゃう。かわいくないから、我慢するけれどね。
やっぱり、私のするべきことは、エルカ先生と戦うことじゃない。その心を解きほぐすこと。
誰かを笑顔にするのが、私のかわいさ。それで、良いんだよね。ね、ソフィさん。クロエちゃん。
私は、しっかりとエルカ先生に向き直ったよ。
「助けてくれたのは、ありがとうございます。でも、分かりますよね」
「諦めたくないというのだね。そうだろうとも。私とて、諦めなかった。だからこそ……」
その先は、言わせちゃいけない。今だって、声が震えているんだから。
私は、取りこぼした後悔を、もう一度拾い上げたいんだ。エルカ先生が、過去を捨てなくて良いように。
「それは、無駄じゃない。決して、無駄じゃないんです」
ハッキリと、キッパリと。私は宣言したよ。エルカ先生は、私の気づかないところで私を守ってくれていた。それはつまり、見つからない魔法を使えていたってこと。
どこまで隠れられていたのか。どれだけの精度だったのか。見ていない私には、まだ分からない。
だけど、言えることがあるんだ。
唇を引き結ぶエルカ先生は、きっと胸を刺されたみたいな痛みを感じているんだと思う。
だけど、私が振り払ってみせるから。私の道は、間違っていない。そう示してみせるから。
アミカ・ショウタイムは、まだまだ続くよ。ここからが、第二幕なんだから!




