18話 そっと寄り添うかわいさを
クロエちゃんは、魔法を教えることに失敗した。その時に、ちょっと拒絶されちゃったみたい。
だから、私に抱きついたまま震えている。しゃくり声まで、聞こえてきたよ。
きっと、私には分かる。友達ができるかもって、希望があったんだよね。でも、全然ダメだった。それどころか、余計に距離ができてしまったんだ。
希望を持ってしまったばっかりに、突き落とされたみたいな気分なんだと思う。
今の私にできることは、感情を受け止めることだけ。きっと、本当にクロエちゃんの心を癒やすのは、時間だけだから。
そっと、クロエちゃんを抱きとめる。ぽつりぽつりと、声が聞こえたよ。
「どうして、ダメだったんだろう。アミカちゃんに、せっかく教えてもらったのに……」
クロエちゃんの目が赤いのは、夕陽のせい。そういうことで、良いんだよね。
どうして涙を流すかなんて、分かりきっている。触れないことが、かわいさだよ。
気持ちに寄り添う言葉が、言えたら良いんだけど。でも、私も初めてみたいなもの。優しく、クロエちゃんの背中を撫でる。それが、一番気持ちを伝えてくれるはずだから。
「クロエちゃんの魔法、本当にすごいですからね。私も、絶対にできないです」
「アミカちゃんは仕方ないよ。でも、ちゃんと魔力を持っているのに……」
魔力を持っていれば、魔法なんて使えて当然。当たり前のように、言ってしまえる。
だけど、クロエちゃんが何もしていなかったはずがない。そうじゃなきゃ、難しい魔法理論なんて分からないんだから。
私には分かるよ。クロエちゃんは、誰よりも努力を重ねてきたんだって。それを、天才だからって言われ続けてきたんだって。
なら、私のやるべきことは簡単。ちゃんと、努力を認めてあげること。
「それこそが、クロエちゃんの凄さなんですよ。当たり前のように、努力ができることが」
「努力なんてしてないよ? 普通に過ごしているだけだよ」
クロエちゃんは、本当に天才なんだね。ここまでくると、悔しさもわかないかも。魔法が使えたって、きっと勝てなかっただろうし。
でも、かわいさだけは負けないよ。クロエちゃんの魔法みたいに、誰も私には勝てないんだから。
たとえクロエちゃんでも、星々をつかむようなものなんだから。なんてね。そのかわいさで、クロエちゃんの力になるんだ。
だから、ここで押しちゃうよ! クロエちゃんのことも、メロメロにしちゃう。私と居れば、笑顔になれちゃう。それが、アミカちゃんなんだから!
「違うんですよ。ちゃんと勉強して、しっかり訓練する。それって、意外と難しいんです」
「そうなんだ……。アミカちゃんが言うのなら、本当なんだろうね……」
クロエちゃんの震えが、ほんの少しだけ収まった。私は、またゆっくりと抱きしめていくよ。今度は、ぎゅっと抱き返されたんだ。
ただ受け止め続けて、しばらく。顔を上げたクロエちゃんは、少しずつ話しだした。ほんの小さな声だったけれど。
「魔法の天才を通り越して、化け物って思われる。それが私なんだ」
それが、クロエちゃんの傷。苦しみの根源。ずっと、じくじくと痛んでいたんだ。
心の傷は、何度も何度もトゲのように心を刺してくる。終わったことでも、痛みが繰り返しちゃうよね。
でも、大丈夫。クロエちゃんは、化け物なんかじゃない。そう、信じさせてあげるから。
私の力になってくれる、大切な人。そうでしょ?
「私のために使ってくれた力で、怖いなんて思うはずがないです。クロエちゃんの優しさを、ずっと信じますから」
「そっか。アミカちゃんが言うのなら、きっと本当になるんだろうね」
クロエちゃんは、少しだけ瞳を揺らしている。抱きつく力が、また強まったよ。
きっと本当になる。その言葉が、恐怖の証。信じることが、怖いんだよね。分かる。私には、誰よりも分かるんだ。
だけど、大丈夫。私は、ソフィさんを信じることができた。きっと、クロエちゃんにだって。
クロエちゃんの目を、まっすぐに見る。少しでも、気持ちが伝わるように。目を逸らそうとされて、頬に両手を添える。
そして、最高の笑顔を浮かべちゃう。太陽よりも、輝く笑顔を。
「今だって、ずっと信じていますよ。ペアを組んだ時から、ずっと」
クロエちゃんは、しばらく目をさまよわせていた。そして一度だけうつむいて、まっすぐに目を合わせてくれたよ。
少しも瞳は揺れていなかった。私の気持ちが、届いたみたい。やっぱり、今の私は最高にかわいいよね。
「私も、ずっと信じてる。アミカちゃんとなら、どんな試練だって乗り越えられるって」
「もちろん、私もです。私たちふたりなら、無敵になれますよ」
「ただ、ね。アミカちゃんが魔法を使えないのなら、私が力になれる。それが、ちょっと嬉しくて。悪いことだって、分かってはいるんだけどね」
モジモジしながら、言われたこと。悪いことだとしても、私の胸は暖かかったんだ。クロエちゃんの両手を、しっかりと握る。
もう一度、私はまっすぐに目を合わせた。そして、今度はどんな花よりも華やかな笑顔を浮かべたんだ。
「実は私も、ちょっと嬉しいんです。クロエちゃんが、私に頼ってくれること。みんな、私を助けようとするばかりでしたから」
「アミカちゃんが、初めての友達だからね。人と話すの、本当は苦手なんだ」
クロエちゃんは、私の手を握り返してくれたよ。それだけで、気持ちは通じ合っている。何も言わなくても、分かるよ。
だけど、ちゃんと言葉にするのも大事なこと。そうだよね、クロエちゃん。
「私もです。ずっと、嫌われるのが怖かった。見下されるのが嫌だったんです」
「そっか。私も、嫌われるのが怖かった。恐れられるのが嫌だったんだ」
「おそろいですね、私たち。理由が真逆だとしても」
「だから、きっと誰よりも仲良くできるよ。ね?」
私たちは、お互いに笑顔を浮かべた。それから、どちらともなく指切りをしたんだ。
絶対に、最高の友達になる。そんな誓いが、込められていたよ。
「クロエちゃん。絶対に、一緒に卒業しましょうね」
「もちろんだよ。どんな敵からも、守ってみせるから。私が、絶対に」
「クロエちゃんの魔法が届かないなら、私が届かせます。ね?」
「ディーハルト君の動きを、誘導してくれたみたいに?」
「はい。私は、そういうことが一番得意なんです」
「ふふっ。もっと、聞かせてほしいな。アミカちゃんのこと」
「クロエちゃんのことも、ですよ。でも、そうですね……。ソフィさんってメイドさんがいて……」
私は、いろんなことを話していったよ。
美味しい料理を毎日作ってくれること。何度も何度も、心の支えになってくれたこと。クロエちゃんが、向き合う勇気をくれたこと。
そして何より、ソフィさんがくれた気持ちが、今クロエちゃんを支える力になっているってこと。
クロエちゃんは、痛ましそうな顔をしたり、目を輝かせたり、何度も頷いたりしていたよ。
いろんな顔を見せてくれて、もっと見たいなって思ってみたり。
やっぱり、クロエちゃんはかわいい。私に、かなり近いところにいるのかも。
そんなクロエちゃんに話し続けて、終わった頃。嬉しそうな笑顔で、言われたことがあるんだ。
「ねえ、アミカちゃん。そのソフィさんに、会ってみたいな。私、きっと仲良くできると思う」
「それ……。良いですね。ふたりが仲良くなってくれたら、とても嬉しいです」
「でしょ? 今日だと、迷惑かな?」
「まずは、ソフィさんに聞いてみますね。話は、それからです」
「そっか。本人の予定が、一番大事だもんね。焦りすぎちゃった」
自分の頭に手を乗せて笑うクロエちゃんを見て、ふたりとなら楽しい時間を過ごせるだろうなって思えたんだ。




