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復讐の炎は愛へ ~禁断の薔薇  作者: 朧月 華


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第4話 過去の刃

桜庭玲奈は蓮のベッドサイドで一晩中付き添い、一睡もできなかった。高熱に苦しむ息子の小さな体を撫でながら、五年前の記憶が何度も脳裏をよぎった。あの夜、全てを失った彼女を支えたのは、この子への愛と、もう二度と誰にも屈しないという強い決意だけだった。明け方、ようやく子供の熱が下がったのを見て、玲奈は安堵の息をついた。全身の力が抜け、ソファに深く凭れかかった。


その時、控えめなドアベルが鳴った。ドアスコープ越しに見たのは、意外にも鷹司怜司の姿だった。こんなにも早く、しかもこんな時間に来るとは。躊躇したものの、彼女はドアを開けた。


「お子さんの具合はどうだ?」彼は直接的に尋ねた。その手には、昨日パーティーで身につけていた完璧なスーツ姿からは想像もできない、子供用の解熱剤と栄養ドリンクの袋が提げられていた。その不器用な優しさに、玲奈の胸の奥で、微かな、しかし確かな波紋が広がった。


「おかげさまで、かなり良くなりました。ご心配いただきありがとうございます。」玲奈は、彼にここまで気遣われることに少し戸惑いを覚えた。「鷹司様がこんなに早くお見えになったのは、ご挨拶だけではないでしょう?」


怜司はスイートに入ると、一度だけ寝室の方へ視線を向け、それから玲奈に向き直った。「話す必要がある。五年。君が突然戻ってきて、子供を連れて、しかも私を指名した。桜庭玲奈、一体何を企んでいる?」彼の言葉は鋭いが、その瞳の奥には、彼女への深い探求と、昨日見せた仮面の下の素顔への戸惑いが混じっていた。


玲奈は、この男には何も隠せないと悟った。だが、まだ全てを打ち明けるつもりはない。「鷹司様は相変わらず単刀直入ですね。」


「叔父様、と呼ぶのはやめてくれ。」彼の声が、突然、感情を帯びて低くなった。まるで、二人の間に引かれた線を消し去ろうとするかのように。「私は悠斗より十歳しか年上ではない。君も知っているだろう、玲奈。」彼の視線が、彼女の瞳を真っ直ぐに射抜く。その中に宿る、熱を帯びた感情に、玲奈の心臓が不規則に跳ねた。


空気が妙に曖昧になる。玲奈は背を向け、水を注ぎながら彼の視線を避けた。この男の存在は、常に彼女の冷静さを乱す。「ええ、鷹司怜司。私が戻ってきた目的は二つ。一つは自分の事業を確立すること、もう一つは、私に属するはずだった全てを取り戻すこと。」


「悠斗と麻衣への復讐も含むのか?」


「それはついでに、ね。」彼女は微笑んだが、その瞳は氷のように冷え切っていた。


怜司はしばらく沈黙した後、切り出した。「子供は、悠斗のなのか?」


玲奈の手が微かに震え、カップの中の水が揺れた。この質問が、来ることは予期していた。「いいえ。この子は、私だけの子供です。」彼女はきっぱりと言い放った。悠斗に、父親としての権利など、与えるつもりは毛頭なかった。


「時期が合う、桜庭玲奈。」怜司は、玲奈から目を離さずに歩み寄り、彼女の傍らに立った。「あの夜、君が去った時、既に妊娠していたのだろう?そして、その血の繋がりは、私にも分かるほど、悠斗の幼少期に酷似している。」


玲奈はハッと息を呑んだ。しかし、すぐに冷静を取り戻した。「たとえそうだとしても、それがどうしたというのです?藤原悠斗はあの時、裏切りを選んだ。父親になる資格など失ったわ。蓮は、私、桜庭玲奈の息子よ。誰にも、彼を奪わせはしない。」彼女の声には、蓮を守るための、深い決意と、わずかな焦りが混じっていた。


怜司は玲奈の顔をじっと見つめた。その瞳に、怜悧な光が宿る。彼は、悠斗の浅はかさを誰よりも知っていた。そして、玲奈がどれほどの覚悟でこの子を守ろうとしているか、痛いほど理解できた。悠斗に蓮を渡せば、玲奈の人生は再び複雑な泥沼に引きずり込まれるだろう。いや、それだけではない。この子が鷹司の血を引くとなれば、一族の者が黙っているはずがない。玲奈を守るためには、より確固たる立場が必要だ。


「そうか。」怜司はゆっくりと頷いた。そして、決然とした声で言い放った。「ならば、蓮は私の息子だ。」


玲奈は衝撃で言葉を失った。目を見開き、怜司を見上げる。彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。彼は、一体何を言っているのだろう?


怜司は彼女の手をそっと取り、その温もりを伝える。「私が、蓮の父親になる。それが、君と蓮を守る、最も確実な方法だ。そして、君が望む復讐のためにも、鷹司グループの真の権力者である私の協力は不可欠だろう。」


玲奈は混乱した。彼の言葉は、あまりにも唐突で、そしてあまりにも重い。彼がなぜそこまでしてくれるのか、その真意が読めない。


怜司は彼女の動揺を察したかのように、ゆっくりと、しかし確信に満ちた声で続けた。「だが、その前に、君に知っておいてほしいことがある。五年前、なぜ悠斗が君を裏切ったのか、本当の理由を。」


玲奈は呆然とした。「なぜって…吉田麻衣の誘惑に負けたからでしょう?誘惑に弱かったから。他に何か理由が?」あの夜の記憶が、再び刃のように心を切り裂く。


「違う。」怜司は玲奈の瞳を真っ直ぐに見つめた。「吉田麻衣が彼に、君と彼女の父親が不貞関係にあると告げたからだ。」


「な…っ!」玲奈は信じられない思いだった。「吉田麻衣の父親ですって?私と父親くらい歳の離れた男と?悠斗がそんな馬鹿げた嘘を、まさか…!」彼女の声は、震えていた。あの夜の絶望が、再び津波のように押し寄せる。


怜司は頷いた。「それだけではない。彼女は巧妙に偽造した写真や、捏造されたチャット履歴を悠斗に見せた。悠斗という愚か者は、彼女の甘い言葉と、その偽りの証拠に、まんまと騙されたのだ。」


**玲奈は耳元で、ガシャンと何か壊れる音を聞いた気がした。五年間抱き続けてきた傷と、決して癒えることのなかった心の奥底の凍てついた感情。それが、今、新たな真実によって、粉々に砕け散った。裏切りの苦痛だけでなく、自分の潔白まで汚され、あざむかれていたという事実に、彼女は激しい憤りと、そして言いようのない虚脱感に襲われた。膝から力が抜け、玲奈はソファに崩れ落ちた。**


怜司はそんな玲奈の傍らに、静かに膝をついた。「なぜ、そんなことを今になって私に教えてくださるの?」玲奈の声は、か細く震えていた。


「五年前、私は君に真実を伝えたかった。だが、君は誰にも機会を与えず、そのまま姿を消した。」怜司の声は、深い後悔を滲ませていた。


玲奈は五年前、怜司が確かに彼女に連絡を取ろうとしていたことを思い出した。だが、あの時の彼女は絶望の淵にあり、何の連絡も受け付けなかったのだ。


「…今、教えてくださるのも、一体何のために?」玲奈は、掠れた声で問いかけた。


怜司はゆっくりと玲奈の頬に手を伸ばし、優しく触れた。「君に憎しみの中で生き続けてほしくないからだ。そして…」彼は一瞬言葉を詰まらせ、その瞳に深い感情が宿った。「あの夜は、悠斗と君の婚約披露宴であると同時に、私が君に想いを告げようと決意した夜でもあったからだ。」


玲奈は衝撃で何も言えなかった。鷹司怜司。鷹司家の真の権力者、あの高みにいる男が、自分に…?彼女の知る彼は、常に冷静で、感情を表に出さない鉄壁の男だったはずだ。


「不適切だと分かっていた。君は悠斗の婚約者だったから。だが、私の感情を抑えきれなかった。」怜司の声は、懺悔のように響いた。「初めて家族の宴で君を見た時から、私は君に惹かれていた。その笑顔も、振る舞いも、全てが眩しかった。子銘(悠斗)の婚約者という立場が、この感情を心の中に閉じ込めるしかなかった。」


彼の指が玲奈の頬をそっと撫でる。その温かさが、凍りついた彼女の心に、微かな熱を灯す。「君が傷つけられるのを見て、誰よりも憤りを感じた。君が姿を消した後、私は狂ったように君を探した。だが、何も見つけられなかった。この五年間、君を愛し続けない日は一日もなかった、玲奈。」


怜司の瞳は、これまでの冷徹な光を失い、ただひたすら玲奈への深い愛情と、五年間の苦しみを宿していた。「残念ながら五年遅すぎた。だが、今の君は、この遅すぎた想いを受け入れることができるだろうか?」


玲奈は、この男の底知れない深さに、そして自分に向けられたあまりにも純粋で、しかし禁断の愛情に、ただただ呆然としていた。彼女の中に、長年閉ざされていた感情が、少しずつ、しかし確実に解けていくのを感じた。


就在その時、寝室のドアが開き、蓮が目をこすりながら出てきた。「ママ、お腹すいた。」


子供は怜司を見ると、少しも驚かず、むしろ嬉しそうに駆け寄ってきた。まるで、彼が来ることを知っていたかのように、自然に怜司の腕の中へと収まる。「おじさん!僕に会いに来てくれたの?」


怜司は自然に蓮を抱き上げ、その小さな頭を優しく撫でた。「ああ、君が病気だと聞いてね。おじさんが様子を見に来たんだ。もう元気になったか?」蓮は満面の笑みで頷いた。


玲奈はこの光景を見て、再び複雑な感情が込み上げてきた。蓮は幼い頃から人見知りをしたが、怜司にはこれほどまでに懐いている。これは、血の繋がりというものなのだろうか?いや、それだけではない、と彼女は思った。怜司が放つ、どこか包み込むような、しかし揺るぎない安心感が、蓮を惹きつけているのかもしれない。


しかし、彼女が知る由もなかったのは、ドアの外で、吉田麻衣がわずかに開いたドアの隙間から、二人の会話を全て聞き、その顔色を紙のように真っ青にしていたことだった。麻衣の目には、憎悪と、そして絶望的な怒りが燃え盛っていた。玲奈が、悠斗だけでなく、まさか鷹司怜司まで手中に収めようとしているとは。そして、あの子供が…!彼女の頭の中で、新たな、しかし非常に危険な策略が蠢き始めていた。


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