猫の家
加織はノイローゼ気味になっていた。
目が血走って、いつもイライラしている。
猫が、うるさい。
どこにいても覗き込んできて、どこにいても加織を追いかけて来る。
姿も音もないのに。
そんな妄想とも現実ともつかない状況の中、加織は保育園の帰り道の車を走らせる。
家に帰って、洗濯機を掛け、掃除をして。洗濯物を干したら姑の昼ご飯を作らなきゃいけない。
(どうせ文句を言われるのに…)
昼ご飯を作っても、味付けや具材の切り方で嫌味を言われる。
嫌なら自分ですればいいとも思うが、それを言うと嫁としての自覚がない。姑にさせる嫁などいないと謗られる。
(家族として、認めてくれたことなんてないじゃない。)
くらくらと暗い感情が蝋燭の炎のように揺れる。
赤信号になった。
チッと舌打ちが漏れる。こんな些細な事にもイライラしてしまう。
(早く、早くしないとあの女に…)
乱暴にブレーキを踏み込んだ。
「……っ」
アイドリングしている車の中、視線を感じてバッと振り返る。死角と視界が捉える境目に、するりとしなやかな尾が消えていったように見えた。
しかし、そんなはずはない。
キョロキョロと視線を巡らせ、僅かなシートの隙間に目を凝らすが、視界の届く場所に猫は見えないし、今も運転中も気配などなかった。
「…なんなのっ…」
気味が悪くなり、じとりと嫌な気配を感じていると、耳障りにクラクションを鳴らされた。前方に向き直れば、信号が青になっている。
焦りと苛立ちでアクセルを踏み込んだ。
目の端に猫が並んで見ているような、サイドミラーやバックミラーに猫が写り混んでいるような、そんな姿の見えないものに終われるような不気味さを感じていた。
「…ぃ…、…わ……じ…なぃ……」
震える声で、加織は繰り返し呟いていた。
「私のせいじゃない、私のせいじゃない…っ」
自分自身を守るために、言葉を繰り返す。
安寧を求める思いと裏腹に、口調は追い詰められて悲鳴を噛み殺した物になり、早口にその言葉を繰り返させた。
「私のせいじゃない!」
地を這うように追ってくる気配は加織を追い続けた。




