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7:配給

 サムはバリケードの補強や強化を手伝いつつ、誰かのために力になれる喜びを感じていた。それは言葉にしがたい爽やかな心地よさだった。

 時々すれ違うクリスと軽く手をあげ合う。やがて作業を終えたサムは、さてと工具を腰袋にさし周囲を見渡した。

(本部からの救助隊が出動するまであと五日。……ここで残り五日すごせば、地球に帰れるってわけか)

 あんなにうんざりしていた広いだけの海、オリーブ畑、廃れた工場、退屈な毎日そのすべてがすっかり恋しくなっていた。

 

 工具片手にしばらくぶらついていたが、にぎやかになりつつある食料コンテナ付近にそれとなく足先が向く。

 どうやら配給の時間らしく、コーヒーやビスケット、小さなパンと氷砂糖が配られている。湯気だったコーヒーの香りが心地いい。

 サムは鳴るお腹をひとなでし、人だかりの流れままに配給の列に並んだ。デスクの中心では伍長が取り仕切り配給している。

 しかし伍長はサムを見るなり、犬を追い払うようにシッシと手を払った。

 

 手ぶらで列を抜けたサムは、苛立ちと惨めな気分ままに適当なマットに腰をおろした。食えないとわかると余計に腹が減るもので、あたりの食べ物のニオイに敏感になっていく。

 伍長に尻尾をふっていれば、ビスケットの一枚でももらえたかもしれない。しかし頭を下げるくらいなら、ぶん殴って奪う方がマシだと心から思った。

 

 ふと、足元が陰る。

「ここにいたの」

 可愛い声に顔を上げると、エイミーが天使の笑顔でサムを見下ろしていた。

「ねえ、クリスを見なかった?」

 サムは知らないと身振りで応えた。エイミーが残念そうな鼻息ひとつ、サムの隣に腰掛ける。

「残念。一緒に食べようと思ったんだけどな」

 エイミーの手には配給があった。伍長に色をつけてもらったのか、缶詰やパック飲料まである。サムの視線をみて、エイミーはきゅうと目を細めた。

「ふふ。これ、食べたいでしょ?」

 サムはなんだか嫌な気分になって、ついと視線をそらした。

「随分とご執心みたいだけど、クリスは奥さんも子供もいるらしいな」

 とたんエイミーはプイと顔をそらし、いじらしく靴のつま先同士をもじつかせる。

「だから何? 恋愛と結婚って別なのよ、家族と恋人が別なように。家庭をこわそうなんて思っていないわ、私はクリスが心休める場所になりたいだけ……」


 サムは一気に嫌な気分になった。略奪愛だか不倫だか知らないが、人畜無害な面してよくそんなセリフが言えたものだ。

 これまでサムのまわりにエイミーのような人間はいなかった分、薄暗い嫌悪感が腹の奥でうずく。空腹もあいまって、苛立ちに拍車がかかった。

「俺なら、好きな人が不貞する姿なんざ見たくないけどな」

 言って、内心余計なことを言ったかとエイミーをみた。


 エイミーはまだつま先を見ている。髪で表情はうかがえないが、その姿のなんといじらしい事だろう。泣かせてしまったのではないかという罪悪感で胸がチクチクしたが、それは杞憂に終わった。

「もう武器はいらないわね」

 エイミーはぱっと顔を上げ、うんと身を寄せサムを見上げた。

「伍長に見つかると大変よ。配給と交換してあげるわ」

「あ……いや」

 虚を突かれたサムはちょっと言葉に詰まって、肩をすくめた。「最後まで作らなきゃ納得いかない質でな」

 エイミーはフゥンとつぶやき、指先でサムの二の腕をなぞる。

「サムってかっこいい腕してるわよね。太くて硬くてすっごく大っきい……。私の個室でマッサージしてあげたいなあ」

 男ならハイ喜んでとお世話になるところだが、サムはどこか不気味に感じた。少なくとも、エイミーがまともな精神状態にはみえなかったからだ。

 過去に〔命の危機を感じた動物は性欲が上がる〕という話を耳にしたことがあるサムは、エイミーはおそらくその状態なのだろうと感じた。さっと身を引き、エイミーを見る。

「あんたちょっとおかしいぞ。少し休んだ方がいい」

 とたんエイミーの顔から笑顔が失せ、無感動に立ち上がる。ゴミをみるような目で髪を耳にかけ、さっさと人だかりの中へ消えていった。きっとクリスを探しに行ったのだろう。サムは女の怖さをみた気がしたのだった。

 

 中央の配給所を囲んで、マットは放射状に設置されていた。板をたてかけ個室をつくる様子に、サムはジャパンの被災地を思い出していた。戦争が起こる前、自然災害が相次いだのだ。

 ぐらつく板に困っているクルーたちを見て、サムはよしきたと腕をまくったのだった。

 

 板の固定を手伝い終わった、ちょうどその時だった。サムからちょうど見える遠くで、クリスがきょろきょろしながら歩いているのが見える。友達でも探しているのかと思ったが、そうではない様子だ。

「ここにいたのか」

 サムに気付いたクリスが駆けよる。その手にはハンカチの包みと、小さな小袋があった。目ざといサムが後ろ手のそれに身をふる。

「お、なに隠してんだ?」

「配給と物品だ。君の分だ、食え」

 クリスはどうということなく言って、包みを手渡す。サムはありがたく受け取り、声をひそませた。

「サンキュ! もしかして伍長に内緒で持ってきてくれたのか?」

 クリスは背をしゃんと伸ばし、お上品に膝にハンカチを広げ配給を並べる。

「直訴しただけだ。窮地こそ公平であるべきだと」

 言ってビスケットの袋に手をかけ、ちらとサムを見る。「いらないなら返せよ、ヒゲ男」

「いやいや、いります食べます感謝します、大統領殿」

 おどけたサムはさてと包みを開けた。中にはありがたい事にラップできちんと蓋されたコーヒーまである。サムは配給を広げつつ、中にあった物品の小袋をあけた。小袋は避難袋で、衛生用品や懐中電灯が入っている。

 懐中電灯のレンズを手に、そういえば武器を作るのにレンズが足りなかった事を思い出した。

(うーん、懐中電灯のレンズはプラスチック製か。すぐ溶けちまうなあ)

 考え込むサムにクリスがまばたきひとつ。

「懐中電灯も食う気か?」

「んなわけねえだろ、レンズがほしいだけだ」

「どうだか」

 冗談で笑いあい、クリスは食事にかぶりつく。ようやく腰をおろせたようで、長い溜息まま咀嚼をしていた。

 パンは固くてまずかったし、コーヒーも出がらしのようだったが、空きっ腹には最高だった。あっという間にたいらげた二人はマットに仰向けになる。ライトが眩しいほどだったが、それが心地よかった。


「つかれた」

 クリスが大きなため息をつく。今の今まで作業の手伝いをしていたのだろう。やっと一息といった様子だ。

「ここならあと五日、無事に過ごせるだろう。君のおかげだ、ありがとう」

 そのあまりの素直さにサムは少し驚き、何だかむずがゆくなった。

「別に俺は何もしちゃいねえよ。あんたが渇を入れなきゃ今頃ヤシログモの仲間入りだったんだぞ。こっちこそありがとう」

 言って、自分のガラの無さに気恥しくなりつつ横目見るが、クリスはいつの間にかすっかり寝入っていた。

 サムが頬をかく。大の字に完全無防備のクリスに、そばにあったブランケットをかけてやった。それからしばらく、サムはマットの上であぐらを組み、ポケットから出したスクラップの塊をドライバーでいじっていた。

 

「な~んじゃそれは」

 嫌な声に顔を上げると、伍長が目を眇めてサムを見下ろしていた。サムはうげっと言いそうになったがクリスの忠告を守って軽く頭を下げてみた。

 伍長は腕を組み、フンと鼻息を返す。そして屈んで、サムの手のスクラップをまじまじとみた。

「なんじゃこれは、と訊いとるんだ」

「趣味の作りもんですよ」

 サムは今度は敬語を使ってみた。案外悪くない。「完成したらヤシログモを一撃で倒せるんです」


「はん! そりゃみものだな」

 伍長はくだらなそうに笑い飛ばした。そのまま、サムの手のスクラップをひょいと奪い取る。

「どれ、みせてみろ」

 それにサムが噛みつくように奪い返した。

「おいおい勝手にいじんなよ、壊れるだろ」

「なんじゃァ! ワシに指図する気か若造が!」

 伍長はサムを見据えながら、内ポケットをあさり始めた。銃でも出す気かとサムは慌てて身構えるが、サムの胸につきだされたのは、二本の懐中電灯だった。超硬製の立派なタクティカルライトだ。

 ライトの立派なレンズに、サムが目覚めるように伍長をみた。伍長は日本の歌舞伎のように口をひんまげたままだ。ひんまげた口がくわっと開く。

「いらん! 捨てておけ!」

 うんとライトを押し付け、お奉行様のような大股で人だかりへと消えていった。

 

 サムはその背を見送って、さてと作業を再開した。

(変なおっさんだな、でも捨てるならもらうまでだ。これで部品は全部そろった。あとは調整期無しでどこまで出力を安定させるか……)

 

 少々やっかいな問題だったが、それでこそやりがいがあるというものだった。ひとまず懐中電灯をわきに置いたサムは、配給の氷砂糖を一つ口に放りこみ、発揮揚々に武器の作成に没頭した。

 そうとも、こうでないと。

 今まさに、長年使い続けた工具は手足同然に作業を続けている。まわりのクルー達がちらちら集まっては、サムの様子に関心したのだった。

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