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桃太郎のおじいさんとおばあさん、人類最強

作者: たこす

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。


 おじいさんとおばあさんはとても仲睦まじく、つつましく暮らしておりました。

 けれども二人には子どもはおりません。

 子どもが欲しいと思ったことは何度もありましたが、授かることはできませんでした。

 それでも二人の仲は変わりませんでした。



 そんなある日のこと。


 いつものようにおじいさんは山へ柴刈りに。

 おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃がどんぶらっこ、どんぶらこっこと流れてきました。



 さて、この物語はここから始まります──。



────────────────────



 トメは洗濯している手を止め、上流から流れて来る大きな桃を見やった。


(なんだい、あの珍妙な桃は……)


 大きい。

 あまりに大きい。

 そして、なんの迷いもなく自分トメのところに向かってくる。


 トメは瞬時に、過去に敵対していた組織の罠かと身構えた。


 しかし、そんな気配はない。

 むしろ普通に美味しそうな桃に見える。


 トメは桃が大好物だった。

 これだけ大きな桃なら、腹いっぱい食べられるだろう。

 トメは洗濯桶を脇に置き、流れてきた桃を片手でひょいと持ち上げた。

 屈強な大男でさえ持ち上げるのが難しいであろう大きさの桃である。

 それをトメは難なく持ち上げた。



 そう、彼女はかつてもといちと言われた怪力の持ち主だった。

 多くの暗殺者から将軍を守り、時には敵組織をたった一人で壊滅せしめた女。

 その美貌で数多くの殿方を虜にしたこともある。

 歳はとったが、その怪力はいまだ健在だった。


「これだけ大きな桃なら、あの人も喜ぶわねぇ」


 そう言って、トメはルンルン気分で帰途についた。

 洗濯桶を忘れていることにも気づかずに。




 いっぽうその頃。



 山で柴刈りをしていたゲンゴロウは──……。


「チェストォォォォ!!!!」

「グオオォォォ!!!!」


 熊と戦っていた。


 柴刈りをしていたら、運悪く腹を空かせた熊と遭遇してしまったのだ。


 長年の経験から逃げられないと悟ったゲンゴロウは、持っていたなたで戦うことを決意。

 しかし、もといちの剣士と言われたゲンゴロウであっても、刃こぼれだらけの鉈では思うように斬れなかった。


「ふぅ、ばあさんの言った通りだ。普段から研いでおけばよかったのぉ」


 普段からトメに「定期的に刃物は研いだほうがよい」と言われていたにも関わらず、柴刈り程度なら自分の腕でなんとかなったため、ゲンゴロウは研ぐことをしていなかった。

 まさかこんな場所で熊と遭遇するとは。


「仕方ないのぉ」


 ゲンゴロウは近くにあった竹を3尺ほど(約1m)に切り、それを斜めに切断。

 即席の竹やりを作成した。


「ふむ、これなら」


 ポンポンと手の平で固さ具合を確かめ、そのまま一気に熊に突進していった。

 意表をつかれた熊は咄嗟に身構えるも、一足早くゲンゴロウの突きが熊の頭に突き刺さった。


「ガァッ!」


 熊は大きな声をあげて倒れた。


「今夜はクマ鍋だわい」


 ゲンゴロウは倒れた熊を軽々持ち上げるとホクホク顔で帰途についたのだった。



     ※



「ふふふ、ばあさんめ。この熊を見たら驚くぞ」


 そう言っていたゲンゴロウは、逆に持っていた熊を落としてしまった。

 家に帰ると、見たこともない大きな桃が調理場に置かれていたからだ。


「……ばあさん、なんだいこの桃は」

「お帰りなさい、おじいさん。ふふふ、見たこともないでしょう、こんな大きな桃」

「いったいどうやって手に入れたんだい」

「川から流れてきたんですよ」

「川から?」


 聞いたこともない話だった。

 しかし真面目なトメは冗談を言ったことがない。

 彼女が言うのなら本当なのだろう。


 それよりも何よりも、美味しそうに熟れている。

 ゲンゴロウもまた桃が大好物だった。


「こんなにも大きな桃なら思う存分食べられるね」

「そう言うと思って包丁も研いでおきました」


 トメはそう言って研ぎ澄まされた包丁をゲンゴロウに手渡した。

 光り輝く包丁を手渡されたゲンゴロウは、「ふむ」と頷くと目にも止まらぬ速さで切りつけた。



『秘剣・瞬殺斬り』



 現役時代のゲンゴロウの必殺技である。

 この剣技を見て生きていた悪党はいない。

 ちなみに男にまったく興味のなかったトメの心を射貫いたのも、この瞬殺斬りである。


「わあ、すごい! おじいさんの瞬殺斬りはいつ見ても惚れ惚れしてしまいますわぁ」

「ふっ。そうじゃろう、そうじゃろう」


 得意げに鼻をこするゲンゴロウ。

 心なしか顔が赤い。

 しかし、斬ったばかりの桃からなぜか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「……?」


 二人は顔を向けると目を見開いた。

 なんと斬った桃の中から玉のような可愛い男の赤ん坊がいるではないか。


「な、なんだ、この子は……!」

「あらまあ!」


 ゲンゴロウもトメも驚きのあまり腰を抜かしてしまった。

 桃から生まれた赤ん坊は大きな産声をあげている。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 その瞬間、ゲンゴロウとトメは赤ん坊に駆け寄り、その小さな身体を抱き上げた。


 かわいい。

 あまりにもかわいい。


 ゲンゴロウとトメはお互いに見つめ合って頷いた。

 長い間戦いに明け暮れていた二人に会話はいらなかった。

 子どものいなかった二人は、これぞ天が授けてくれた宝物だと思い、赤ん坊を育てることにしたのである。



     ※



 桃から生まれた赤ん坊の噂はたちまち広まった。


 小さな田舎村の片隅に住む老夫婦の家で桃から生まれた子どもがいる。

 その子は桃太郎と名付けられ、それはそれは玉のように美しい男の子であった。


 村人たちは桃太郎を一目見ようと連日ゲンゴロウたちの家に押し寄せた。



 その噂は時の将軍にまで届き、将軍は一目見ようとその子どもを城に連れてくるよう命じた。




 しかしそれが悲劇の始まりであった。


 これだけ可愛い子だ。

 城に連れて行けばきっと将軍が自分の子としてゲンゴロウとトメに召し出すよう命じるだろう。

 そう思った二人は将軍の申し出を拒否したのだ。


 その返答に将軍は大激怒。

 家臣にゲンゴロウとトメを罪人としてひっ捕らえるよう命じた。

 かつては日の本いちのツワモノと恐れられていたゲンゴロウとトメだったが、月日の流れとともに彼らの強さは人々の記憶から忘れ去られていた。



「ゲンゴロウ、そしてその妻トメ! お館様のご命令に背いた罪で連行する! おとなしくお縄につけ!」



 やってきた数人の役人に、朝食を食べていたゲンゴロウとトメは「やれやれ」と重い腰をあげた。

 その脇では幼い桃太郎がきょとんとしながら二人を見つめていた。


「桃太郎や、少しだけ離れるが決して表にでるんじゃないよ」

「可愛い坊や。すぐに終わるからね」


 二人の言葉に桃太郎はこくんと頷くと、ゲンゴロウとトメは安心して外に出た。



 家の外には縄を持った役人たちと、刀を差した侍がいた。

 しかしゲンゴロウもトメも動揺していない。

 落ち着いた顔で侍たちを見つめている。


「どこのどなたかは存じませんが、我らはしがない老夫婦。見逃してはもらえませんかのぉ」


 ゲンゴロウの言葉に侍は「ふん」と鼻で笑った。


「罪人の分際で我に意見するか。おとなしくお縄につけばそれでいい。しかし抵抗するなら痛い目を見るぞ」

「罪人とはこれまた異なことを」


 従う様子のない二人の態度に、侍は役人たちに命令を出した。


「お前たち、この二人を引っ捕らえろ」

「は!」


 ゲンゴロウとトメを縄で縛り付けようとしたその時。

 役人たちが遙か彼方へと吹っ飛んでいった。


「な!?」


 吹っ飛んでいく役人を見て侍は目を見開く。

 驚いたことに、ゲンゴロウとトメの周りからゆらゆらと湯気のようなものが立ち上っていた。

 しかしそれは本物の湯気ではない。

 二人の身体から発する殺気である。

 本来なら見えるはずのない殺気が、侍の目にははっきりと見えていたのである。


「な、なんだ、貴様ら……」

「我らの名前を聞いて何も気づかないとは、時の移り変わりは寂しいのぅ」

「私たちが活動してたのは50年も前のことですから仕方ありませんわ、おじいさん」


 そう言ってトメが構えると、殺気の湯気は一層大きくなった。

 ゲンゴロウも足下に落ちていた木の棒を拾い上げると、ものすごい殺気を侍に放った。


「……くっ」


 二人の強烈な殺気を浴びて後ずさりする侍。

 ただの老夫婦にこれほどの殺気が放てるものなのか。


 あまりの迫力に、背中から汗がしたたり落ちる。


「ええい、刃向かうならば殺すまで!」


 侍は刀を抜いてゲンゴロウに飛びかかった。

 日々鍛錬しているだけあって、その剣筋は迷いがない。

 並の男だったなら瞬時に斬り捨てられていただろう。


 しかしゲンゴロウは拾った木の棒で刀を受け流し、根元の部分で侍のみぞおちを打ち付けた。


「ぐふぅ!」


 速い。

 速すぎる。


 侍は踏ん張りながらもさらに一撃を加えようと刀を振った。


 だが、その刃先はトメの手で防がれた。

 驚くことに、トメは指先で侍の振るった刃をつかんでいたのだ。


「……ぬう!」


 しかも侍が力を込めても微動だにしない。

 なんという怪力か。


 そうこうするうちに、ゲンゴロウが侍の頭を木の棒で小突いた。


「あ……」


 脳しんとうを起こした侍はそのまま白目を向いて倒れ込んだ。

 倒れながら侍は思い出していた。



 かつて、絶対に手を出してはいけない夫婦がいたという話を。



 日の本いちの剣士と日の本いちの怪力の美女。



 それがゲンゴロウとトメのことであると気づいたのは、侍が気を失う直前だった。




「おじい、おばあ」


 桃太郎が家の外に出てあどけない顔で二人を呼ぶと、ゲンゴロウもトメも満面の笑みで顔を向けた。


「おお、桃太郎。出てきてはダメだと言ったろう?」

「本当にこの子は、好奇心旺盛なんだから」


 デレッとしたその表情からはかつての怖さは消え失せている。

 むしろ孫を溺愛する老夫婦のそれである。


「さあさあ、朝食を食べましょう」

「うむうむ、そうじゃな」

「あ、桃太郎。ご飯粒がついてますよ」

「桃太郎のご飯粒を取るのはワシの役目じゃぞ?」

「いいえ、私の役目です」


 桃太郎の顔についたご飯粒を巡る攻防。



 親馬鹿丸出しの老夫婦が、後に桃太郎の鬼ヶ島退治にまでついていくのは別のお話。




おしまい

お読みいただきありがとうございました。

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