長官と
短いです。
第三師団との宴会の後、すぐに連絡を取ったのが悪かったのだろうか。
魔法庁のジェームズが作った魔道具通信機で呼び出したアディントン長官のご機嫌はあまりよろしくなかった。
ちなみに、この通信機。ある程度の魔力量が無いと起動、稼働できないのでお蔵入りとなっていたものをトマスが掘り出してきたものだ。
「レーンくん、何?こんな夜中に」
わあ、機嫌わる。
何回か呼び出した末にようやく応答したヘンリーは珍しくガウンを羽織った姿で無表情だ。彼の周りは陽炎の様に揺らめいている。
――自分は真夜中に部下の部屋に突撃したくせに。にっこにこで。世の理不尽を感じるトマスである。
「長官、ストンブリッジであります。夜分に申し訳ありません。通常では考えられない事象を確認。指示を仰ぎたく急遽連絡いたしました」
パーシーがすかさず画像機能をオフにすると魔法使いの声が若干和らいだ。
「そういう事なら仕方ないね」
(そういや、この通信機。通信機の周囲をデフォルトで画像投影するんだった)
それもお蔵入りの理由の一つである。それでジェームズは愛妻を怒らせている。
気を取り直してトマスから夫人や騎士の症状を伝えると。珍しく緊張感のある返事が返ってきた。
「典型的な魔力切れ、魔力不足の症状だね。通常の生活をしていれば起こる筈もない」
「長官、夫人や子息の周りに黒い影が飛び回っていたのですが。魔力切れの症状に関係があるのでしょうか」
そう問うと、沈黙が続いた後に大きなため息が聞こえた。『やっつけ仕事だったからか?』『何百年も浄化したはずなのにしつこすぎだよ……』何かぶつぶつ呟いた後に指令が下った。
「ストンブリッジ、レーン。このまま放置すると危険だ。早急にレーンに渡した魔道具の交換を命じる」
「今、こちらは嵐ですが」
「嵐が止んだら、すぐに取りかかりなさい。魔道具が起動すれば周辺は浄化されるから魔力切れは起こらなくなるよ」
「設置場所は小神殿の丘ですね」
「ああ、封印が◼️◼️けて周囲の魔力や精気を取り込み◼️性◼️が進んでいる様だからね。交換作業時には魔力ポーションの携帯を忘れずに。魔力を吸◼️れる危険があるからね」
え?雑音で聞きとれなかった。封印って何を?そいつがジェイミーや夫人の魔力を吸っていたのか?黒い影を使って?
一方、隣のパーシバルからはぴりっとした緊張感が伝わってくる。彼の身体から黄色い魔力がぶわっと広がる。戦場で何度も味わった激戦の前の重い空気に似ているとパーシーは思った。
「は。トム、わかったな」
「あ、ああ」
「二人とも。なんだかんだいって死者は生きている者にはかなわない。それを忘れずに」
「了解しました」
淡々と受け答えをするパーシーの隣でトマスの中で?が一杯になる。
死者とは?
「それで駄目なら私が行こう。
レーン、いざと言うときはお守りを使うように。魔力を込めすぎると少し暴走するかもだけど、君なら大丈夫だ。相手には銀、ミスリル も有効だから。改めて健闘を祈る」
後半から長官の声がいつものように柔らかくなっていく。安心させるように言い聞かせている様でかえって不穏だ。
「トマスくん」
「はい」
「どうしようもなかったら魔力をぶつけるんだよ。トマスくんの魔力量なら大丈夫。なんだかんだ言って亡者は生きている者にはかなわないからねえ」
――何なんだ、この化け物と戦う様な話の流れは。俺、文官なんだけど。確かにパーシーに軍事演習もどきな訓練させられてるけど畑違いだぞ。
「パーシバルくん、すまないがトマスを頼む」
「かしこまりました」
通信終了直前、ヘンリーの声が完全に養い親のそれに変わった。
パーシーは眉をひそめトマスを一瞥した。
(普段は公私を分けたがる長官が私情を漏らすとは……)
「ヘンリーさん。封印って何を、ああっ」
トマスの問いに応えが返る前にブツリと通信は切れた。
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