領主館にて(後)
本日、2話目です。
案内された応接間。窶れた様子のホイットニー男爵夫妻が出迎えた。
淡い金髪にサファイアブルーの瞳、母親そっくりな可憐な容貌をしているシャーロットの絵姿を見せながら男爵はぽつぽつと話をしだした。
三ヶ月前、荒野に程近いローモンド湖に、男爵夫妻、次男と末のシャーロットの親子4人、家の者とでかけたピクニック。
ふと目を離した隙に六歳のシャーロットの行方がわからなくなったという。総出でローモンド湖を浚っても手がかりは見つからず。失踪後すぐに雨が降ったこともあり捜査犬も匂いをたどれなかったとの事だ。
「あなた方が最後の希望です。どうかあの娘、シャーロットを見つけてもらえないだろうか」
ホイットニー男爵がトマスとパーシーに向かって頭を下げた。隣の男爵夫人はハンカチを目に当てて嗚咽している。
二人は顔を見合わせた。パーシバルが言った。
「閣下、できる限りの事をさせて頂きます」
男爵夫人が大きく身体を震わせた。シャーロットが消えて三ヶ月。限界だったのだろう。
「貴方方も、シャーロットが死んだと思っているのね!あの子は生きてます。そうよ、あんまり可愛らしいから妖精に連れて行かれたんだわ。荒野を見るたびに妖精が話しかけてくると言っていたもの。きっと、きっと生きて帰ってくる…」
男爵が泣き伏す夫人を退席させようとしたその時。勢いよく扉が開き、十歳ばかりの少年が入ってきた。
金髪にサファイアブルーの瞳、シャーロットの兄だろうか。
トマスは少し目を瞪った。少年の周りに広がって見える夫人と同じ黄緑色の光。村の子どもよりも魔力が多い。
(この子も窶れているな……)
「お父様、魔法使いの人達がいらしているって本当ですか?」
「ジェレミー、何をしている。お客様がいらしているのに失礼だぞ。ヘレンは何をしているのだ」
後ろから乳母らしき女性が少年を捕まえて部屋からだそうとするが少年は足をばたつかせて必死に抗う。
「待ってください、お父様。
僕からもシャーロットを探してほしいとお願いしたいのです。
――毎晩、夢を見るんだ。
シャーリーが水から出して欲しいって寒いって泣いているんだ。早く助けてあげないと!」
そう言ってジェレミーは涙をポタポタと流した。頃合いをみて男爵が息子に優しく問いかける。
「ジェレミー、おまえシャーロットの姿が急に消えたと言ってたが他に心当たりがあるのかい。魔法庁のお役人もいらしている。正直に話してごらん」
ジェレミーはおどおどと両親を見てから覚悟を決めたように話し出した。
「お父様、お母様。僕、お話ししてなかったことがあるんだ。はじめはお父様の言いつけ通り湖の側の花畑で遊んでいたんだ。
僕は蝶々を追いかけながら走っていて、シャーロットは大人しく花冠を作っていたんだ。そうしたら急にシャーリーが花冠を放って荒野の方に走り出した。
『妖精さんが、 もっときれいなお花畑に行こうって。お兄さま、わたし行ってくるわね』
と言って。
僕は慌ててシャーリーを追いかけたんだけどなぜか追いつけなくて。それで、それで」
そこでジェレミーは躊躇した。
「まさか、あそこに行ったのかい?」
男爵の言葉に少年は俯いた。
「あそこってお父様が行っては行けないと仰っていた『小神殿の丘』だよね。気がついたらシャーリーはそこに向かっていたんだ。僕はシャーリーに
『いっちゃだめだ』
『止まって』
と何度も叫んだんだ。でもシャーリーは僕の方を振り返りもせずに歌を歌いながらスキップして行ってしまって。
僕、必死に走ったんだ。なんとか追いつこうと丘の前まできたら突然 黒い男の人が現れて『来るな!』と怒鳴られたんだ」
顔を蒼くして身を震わせた。よほど恐ろしかったのだろう。
「僕は立ち止まってしまって。シャーリーを赤い服を着た女の人が手を広げて止めようとしたのが見えたけどシャーリーは脇をすり抜けてあそこへ登って行ったんだ」
ジェレミーは絞り出すように声をだした。
「丘の上に着いたとたん、シャーリーの姿が消えちゃった。追いかけたかったけど男の人は僕をずっと睨みつけるから先へいけなかった。
それで僕は。僕は………。怖くて逃げ出したんだ。
ごめんなさいお父様、ごめんなさいお母様。僕が臆病だったからシャーリーを助けられなかった~」
大声で泣き出したジェレミーを男爵は抱きしめた。
「ジェレミー。よく話してくれた。恐ろしい目にあったんだな。おまえは悪くない。悪くないぞ。
お父様が悪かったんだ。いくらシャーロットがねだったからって、安易にお前達を湖までピクニックに連れて行ったのが良くなかったのだ。
アリスン、申し訳ない。私のせいだ。」
「いいえ、いいえ。私もシャーロットの願いを聞いてピクニックに行こうなど、ローモンド湖に行こうといわなければ良かった。
ジェレミー、ずっと怖くて言えなかったのね。ああ、神様。こんな事が本当に起こるなんて」
「ずっと黙っていてごめんなさい…。話しても誰も信じてもらえないと思ったし、自分でも信じられなかったんだ、信じたくなかったんだよ…」
親子は抱き合って涙する。
一方。トマスとパーシバルは頭を抱えた。これ、完全に騎士団が魔法庁に丸投げする案件だ。やっぱり俺たちが見つけなければならないのか。ヤバそうな感じがビシビシするのに、まじか…。
『パーシー、ゴードンさんは何かいってた?』
『いや。やけに湖ばかり探すのは不自然だと思ったがな。男爵に聞いてみるか』
早速、パーシバルが愁嘆場の空気をぶったぎって男爵に聞きだした。
「閣下、先ほどご子息のお話に出た小神殿の丘とは……」
一緒に話を聞いていたトマスは親子の後ろにあるものに気がついて固まった。
小さな金髪の女の子の周りを飛び交う幾つもの黒い塊。それらは気まぐれに飛び回っては女の子だけでなく夫人とジェレミーの黄緑色の魔力にかじりついている。
ごくりと喉が上下に動く。
(悟られてはならない。考えてもいけない)
そっと目をそらし深呼吸を三回。
薄い黄緑色の光がかろうじて繋がっている。
トマスは目を金色に光らせてシャーロットの絵姿をじっと見つめる。
幼い少女は何か言いたげにこちらを見つめている様だった。魔法使いはそっと呼びかける。絵姿に残る魔力の残滓からそろそろと糸の様な魔力を伸ばしシャーロットに繋がる様に念じて。
『シャーロット、皆が君を待っている。早く出ておいで。帰っておいで。それが難しいならせめて手がかりを』
絵姿の少女が頷いたように見えた。
応接間の窓から覗く空は急速に曇りだし暗くなっていく。
遠くから雷鳴が聞こえる。
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