領主館にて(前)
短いです。
こじんまりとした集落の奥にホイットニー男爵の領主館はあった。
男爵夫妻に挨拶するため二人が騎士に案内されて領主館に出向くと地元の子ども達が数人、物珍しそうにこちらを覗いている。
「魔法使いだって」
「魔法使いなのに普通だね」
「魔法使いってホウキに乗らないの?馬車で来るなんてつまらない」
「黒いローブを着てないし、杖も持ってない。普通に黒いスーツだ。お役人みたい」
「大魔法使いマーリンみたいに銀髪じゃなくて茶色と灰色の髪だ。つまらない」
「普通のお兄ちゃんみたいだ、がっかり〜」
と言いたい放題だ。
見かねた男爵領駐在の騎士が声をかける。
「お前達、セントルからいらしたお役人様に失礼だぞ。見せ物じゃないのだから帰りなさい。いくらご領主様がお優しくても失礼になるぞ」
「わ~っ、怒った、怒った~」
「逃げろ~」
はしゃいだ子ども達は歌いながら散っていく。
つむじ曲がりのシャーリーさん
あなたのお家はどこにある?
泉の近くの花畑
深い井戸に住んでいるの
つむじ曲がりのシャーリ―さん
お家で何をしているの?
昼は夜の星を見て
夜はお外におでかけよ
「こら!お前達、不謹慎にもほどがあるぞ!」
「女の子が教えてくれたんだよ~」
「歌ってってお願いされたんだよ~」
「ジャック、ピーター、にげろ~」
走っていく子ども達の姿は徐々に見えなくなっていった。
「いやあ、魔法庁のお役人様方。えらいすみません。なにぶん田舎なもんでね。都会の方しかも魔法庁の方が来るって、前々から大騒ぎしてたんですわ」
「構いませんよ。あの歌は童歌の替え歌ですか?」
トマスが聞く。騎士はため息をついた。
「シャーロットお嬢様がいなくなってからですかね。あんな歌が流行りだして。さすがに大人達が誰が作ったのかとっちめてやろうって子ども達に問い詰めたんですが、知らない女の子が教えたんだと言うばかりでね」
「その女の子に心あたりは?」
「子ども達が遊んでいると知らないうちに一緒に遊んでいて。帰る頃にはいなくなっているというばかりでね。こじんまりした集落だから子ども達のことは全員、わしらはよく知っているんですが。嘘やでたらめを言う子達じゃないんですがねぇ」
トマスはまだ門の向こうを眺めている。その薄茶色の目は金色を帯びていた。
「どうした、トム。何か気になる物が見えたのか?」
「いや、ホイットニー領の人たちって魔力持ちが多いんだなって思ってさ。あの子達も結構な魔力がある……」
「そうか。俺にはさっぱり分からないがな」
感知が苦手なパーシバルは肩をすくめた。
ヘンリーによると人間は皆、魔力を持っているという。ただ、魔法を使えるだけの魔力を持つ者は少なくなっているだけで。
(それにしても。子ども達の周囲を飛び回る黒い虫みたいなのはなんだったのだろう……)
虫は一人の男の子に群がっていた。その子は子ども達の中でひときわ強い橙色の光を放っていた。
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