死者との約束
守ることをやめる約束と果たされる約束
『トマス、トマス……』
またか。トマスは舌打ちする。
今回は魔法を派手に使ったからな。
でてきやがったか。
また母さんが泣いている。
『トマス、どうして魔法をつかったの……』
そうじゃなきゃ生き延びられなかったじゃないか。
そう反論しようとすると、小さなトマスは母親から容赦なく身体中を叩かれる。
痛い、痛いよ、お母さん。
止めて、お母さん。
ごめんなさい、ごめんなさい。
いつものようにトマスは身体を丸め頭を庇い小さくなってやり過ごす。
『どうして普通の子でいられないの?』
『どうして魔力を使うと危険だって分かってくれないの?』
『どうして!』
『どうして分かってくれないの!』
『あなたが魔力持ちでなければ、あの人は、あの人は……』
『また引っ越さなければ……悪魔の子だと、おかしな子だと気味悪がられるわ。逃げなければ……』
逃げる?
逃げたらあのアンデッドに食われていた。パーシーと一緒に。
魔力が無ければ。魔法を使って戦わなければ今頃は眷属として使われていた。無数のスケルトンのように。可哀想なシャーロットのように。死んでもなお、ずっとずっと。
そんなこと許せるのか?
いつの間にかトマスは今のトマスになっていた。
『うるせえ!』
はっと母がトマスを見上げる。かつて大きく見えた母をトマスは見下ろしている。その姿は思ったより小さくて若かった。
『なんですって。私はあなたの為を思って言ってるのよ』
『がたがたうるせぇんだよ。魔法が無ければ病気で働けないあんたの代わりに金を稼ぐこともできなかったし家事をこなすこともできなかった!ならず者から逃げる事もだ!
母さんとの約束を守って魔法を使うの止めたら、すぐにおじさん達に役立たず呼ばわりされて有り金奪われて家から追い出されたんだぞ。それから路地裏でゴミを漁って暮らしていたんだ。
ヘンリーさんに拾われなければあっという間に野垂れ死にするところだったっ』
トマスの口は止まらない。
「今回だって魔法が無ければパーシーを死なせる所だった。鬼のように頑丈なあいつでもかなわない化け物だったんだぞ?
俺は!相棒を死なせるくらいなら魔法を使う!
できるのにやらないで人を死なせるのは、傷つけるのは、もう沢山だ!」
途端に母の姿が光と共に弾け飛んだ。真っ白い光に包まれて目が眩んでいく。
『そう。もう大丈夫なのね。よかった……』
母が何かを言っていたがその言葉を聞く事はなかった。
目を開けると知らない天井だった。
あ〜あ、また気絶したか。
今回は思いの外、頭がすっきりしている。
(魔法を使わないなんて約束を俺はいつまで引きずっていたんだか)
もう同じ夢は見ないだろう、そんな気がした。
「あ〜腹減った」
ベッドから起き上がろうと身体の向きを変えようとしたトマスに激痛が走った。
「いっ、いてぇ〜っ、なんだこれ〜」
体中からミシミシという音か聞こえてきそうだ。遅まきながら腕、足、胴体と体中に薬が塗られ包帯が巻かれているのに気がついた。
トマスが痛みに悶えていると扉が開きパーシーが入ってきた。
「お。トム、目が覚めたか。だいぶ顔色が良くなったな。お前、一日寝てたんだぞ。どうだ、動けそうか?」
「いや、無理。一体全体どうしたんだ、俺?」
「トム、日頃の鍛錬が足りないんだ。長官に報告したら魔力に任せて無理に身体を使ったから反動がでているんだろう、だとさ」
そう言うパーシバルは顔にかすり傷、首に包帯が巻いてあるものの、涼しい顔をしている。
身体強化にまかせて無茶な身体の使い方をしてしまうと身体を痛めるのだそうだ。
「回復薬飲めば治るよな?」
すがるようなトマスの言葉に、パーシーはニヤリと笑った。
「いや。長官が自己治癒に任せた方がいいってさ。戻ったら鍛え直しだな。ま、それまでゆっくり休むといいさ。
腹減ったろ?なんか食べるもの持ってくるよ。お前の好きな濃い目のお茶もな」
「まじかよ〜」
愕然とするトマスを残し、パーシーはトマスの食事を取りに部屋から出ていってしまった。
「くそっ」
静かになった部屋にトマスの罵声がぽつんと響いた。
トマスは寝たきりとなり、肉離れと筋肉痛に苦しんだのだった。
◇ ◇ ◇
短い療養生活。
トマスの元には次々と見舞い客がきた。真っ先にやってきたゴードンは
「坊主、よくやったな!」
と頭をぐしゃぐしゃに撫でて絶賛筋肉痛のトマスをしばらく悶絶させた。
その後に始まったのがパーシバルとの報告会もとい辻褄合わせ作業だった。
そうだよね、科学技術がもてはやされる現代で化け物退治なんて受け入れられる訳がないよね、知ってた。
次々に訪れる第三師団の騎士達には誤爆と言い張ったが。彼らは「うんうん、そうですよね。わかっていますよ」と生温く受け止められて非常に居心地が悪かった。パーシーに放り投げられた後に半ば意識不明で自力で着地したのを「文官でもやりますね!」と神呼ばわりされた。げせん。
またしても夜中に凸してきた養い親はことの次第を女王陛下に報告したらしい。
「ルミナリス、いや陛下からお褒めの言葉を頂いたよ、トマスくん。王家からも報償金がでるって」
と我が事の様に喜んでいた。
「後ね、トマスくんに受勲しようかと言ってたよ、どうする?」
嫌な予感がしたトマスは辞退することにした。表沙汰に出来ない事で目立ってもろくな事はない。そう伝えるとヘンリーは少しほっとした様子を見せた。
「よかった。君、ルミナリスに狙われているからね」
トマスは戦いた。一介の平民に何を期待されているのだろうか、怖い。
そして。ホイットニー男爵一家も訪れた。喪服に身を包んだ男爵は言った。
「この度はシャーロットを取り戻して頂きありがとうございます。命懸けであったと聞いております。なんとお礼を申し上げたらよいか」
深々と礼をする男爵は本当の事を知らされた様だ。男爵家に所蔵される古文書を探した所、洞窟にいたアンデッドはクーデターを起こされて落ち延びた前王朝の王族がだったと話してくれた。それまでかな~りやりたい放題して反乱を起こされたらしい。
あの腐れ外道、裏切られたとか自業自得の逆恨みじゃないか!
話を聞いた魔法庁二人組のこめかみがひくひく痙攣した。
最後に。トマスはシャーロットとの約束を果たす事にした。
「あの、俺が気絶していた時に夢で見たんですがね……」
恐る恐る話すと、男爵一家は真摯に聞き入ってくれた。
シャーロットがジェレミーの注意を聞けずにごめんなさいと言っていたこと。両親に先立つ事を謝っていたこと。そして。いつか皆がくるまで上で待っていると伝えてくれと言っていたと話すと一斉に嗚咽があがる。
「ありがとう、本当にありがとう。君のおかげで私達、皆が救われた」
男爵が涙ぐみながらトマスの手を取り感謝する。
「ええ、おかげでシャーロットを送ることができました」
と夫人も涙を拭いながら微笑んだ。
(嫌でたまらなかった能力だけど。少しでも救いになるのなら悪くはないな)
トマスはみしみしする身体の痛みを堪えながら思った。
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