泥縄式OJT (その四)
『おねがい。たすけて』
黒い靄を纏うシャーロットが両手を伸ばしてアンデッドを庇う。
これには、アンデッドを追撃しようとしたパーシーも引き金を引こうとしたトマスも一瞬動きが止まる。
ガッ キ~ンッ
ガタガタガタッ
ガシャン
気がついた時にはパーシーの剣がはね飛ばされ。地面に倒されたパーシーの頚にアンデッドの剣が向けられていた。剣先が食い込みパーシーの首から血が滲み出る。
「パーシー!」
『やはり甘いな』
『そこのマーリンに似た小僧。仲間を殺されたくなければこちらに来て我に魔力を差し出せ。従わなくともよいがな。こいつを喰らってからお前を料理するだけだ』
みるみるうちにパーシバルの身体に黒い靄が纏わりつき、黄色い魔力がアンデッドに吸われていく。アンデッドの黒い魔力が辺りの光を吸い込むような濃い闇に変わった。
『ハハハハハ、これだけの魔力。また力が戻ってくる。いや、それ以上だ』
『小娘、こいつに張りついておれっ』
シャーロットがアンデッドの盾になるようにトマスの前に立つ。その頬には涙が伝っていた。
『お兄さん、ごめんなさい。さからえないの』
「シャーロットっ」
「トマス、逃げろ! 直ちにゴードン達を退避させてアディントン卿にすぐに連絡するんだっ 。うっ」
アンデッドから出た黒い瘴気がさらにパーシーの身体を包み込む。再び魔力を吸われたパーシーの頭が地面に力無く下ろされた。
『我が眷属よ、我の元へ』
まだまだ洞窟の奥に残る骨からスケルトン達が復活していく。
(どんだけ食っていたんだ、このアンデッド)
と内心、罵るトマスだが現状打つ手が見つからない。狙撃しても今のアンデッドの魔力では跳ね返される未来が見える。
『打ち倒しても打ち倒しても我らは蘇るぞ。さて。いつまで貴様の魔力がつづくかな…』
トマスはうつ向いていた。その身体は小刻みに震えている。
「この……」
『ほう、仲間を見捨てて逃げるのか?』
「この……」
『ここに留まるのか?ならば次はおまえだ』
「この、死に損ないがっ!」
『!!』
遠くにはね飛ばされたはずのミスリルの剣が光りながら飛んできて、自らトマスの手に収まった。
再びトマスの魔力がこめられる。剣がこれまでとは比較にならない強さで白く輝きだす。
持ち手が熱を持ち右手が焼けるようだ。魔力もどんどん持っていかれるが知った事か。
『うっ、なんだこの魔力は』
剣の光を浴びた新たなスケルトンが再び粉々になってから次々に蒸発していく。どんどん強くなる光に黒い瘴気が霞のように次々と消え、辺りに清浄な空気が満ちていく。
『なんだ、なんなのだ!我の魔力が消えていく……』
戸惑うアンデッド。
封印された時ですら、こんな強烈な魔力は浴びなかった。カタカタとアンデッドの身体が震えだす。こんな恐怖を感じるのは死んだ時以来か。
「パーシーを離しして、とっととあの世にいきやがれぃ!」
ズーンッ
ガッ
『『『ギャーッ』』』
爆発音と共に、天井から入ってくる光と浄化された空気。残った僅かなスケルトンは影を求めて逃げ惑うが、次々に剣の光を浴びて粉々になって消えていった。
『なんだ、この光は!』
トマスが構えた剣から四方八方に強い光が飛びだし、ついに洞窟の天井に大穴が空いたのだ。もはや洞窟は外と変わらない程に明るくなり外からも清浄な空気が流れ込む。
ガキンッ
瞬時にトマスの身体がアンデッドの目前に移動し、パーシーの側にいたアンデッドを思いきり突き飛ばした。
ひるむアンデッド。
ぶちきれたトマスは剣を振るう。その太刀筋は滅茶苦茶だが一太刀毎にアンデッドにダメージを与えた。
「だいたいさ」
ガツンッ
アンデッドの剣に亀裂がはいる
「子どもを盾にして王家に復讐って笑かすぜっ」
ガキンッ
アンデッドの剣が折れて消えていき
「おまえの言う王家は何百年も前に滅びて」
ガツッ
『ウッ』
アンデッドの右手が消えていく
「王家交代してんだよっ」
ガツッ
庇うアンデッドの肩に打撃が入り
『クウッ……力がキエて……』
「大魔法使いに一泡?あのボケたジジイに?」
ガンッ
『アァッ……』
アンデッドの黒鎧が消えていく
ブチブチッと剣を振るう度に身体の中で何かが切れる音がしたが魔法使いはお構い無しだ。
「いつもいつもとぼけたジジイの尻拭いさせられてる俺たちに手間かけさせんなっ!」
ガキンッ
『ウワッ……』
アンデッドは逃げようとするも胴体に剣撃が入り
「さっさとあの世でも地獄でもいきやがれぃ!」
ガッキーン
『ウウッ……』
ついに後退りするアンデッドの身体が両断される。
見下ろすトマスの金色の目がギラギラと光る。
「こいつで魔力を増幅してたな、壊してやるっ」
『ヤ、ヤメテくれ……ワレは……王ゾクにツラなる……』
カキンッ
王冠を飾る赤い石を壊すといよいよアンデッドの核が現れた。
「よしっ 、ここが急所だな。これで、最後だっ」
カッ
『ギャーー-ーーッ』
最後に核を壊すとアンデッドは霧のようにあっけなく消えていった。
何百年にも及ぶ亡者の執念といえど。日頃から上司に振り回される、生きている公僕の恨みと憤懣にはかなわなかったようだ。
『どうしようもなかったら魔力をぶつけるんだよ。トマスくんの魔力量なら大丈夫。なんだかかんだ言って亡者は生きている者にはかなわないからねえ』
大魔法使いの声が浮かぶ。やっぱりムカつくな、あの上司。
『お兄さん』
シャーロットに導かれトマスは洞窟の奥に入って行く。
しばらくして彼は神妙な顔で上着で包んだ冷たい少女の身体を抱きかかえて戻ってきた。
「トマス」
振り向くと半身を起き上がらせたパーシーがいた。
「パーシー、大丈夫か?」
「ああ、久しぶりに死ぬかとおもったぜ」
渋い顔で首の傷を抑えるパーシー。
「ほら、今のうちに回復薬を出せ。お前も飲んどけ、ひでえ顔色だぞ」
としんみりした空気をぶったぎり手を出す相棒。苦笑をして回復薬を渡し、自分も回復薬を飲む。
が、思った以上に魔力を使い果たした様だ。回復薬を飲んでも一割程しか回復しなかった。
パーシーからの指示は続く。
「その剣と魔道具はしまっとけ。片付けは大事だぞ。銀弾も回収しろよ?」
確かに。我が魔法疔はいつも予算不足。使い切りできる道具は無いのだ。
一旦シャーロットの遺体を安置し、魔力を振り絞って魔道具を引き寄せては収納に回収していく。
パーシーが回収した魔道具を収納した途端、トマスは全身から力が抜けていくのを感じた。
ああ、いつものあれだ。
「パーシー、わりぃ。後はよろ…し……」
「まかせろ。今日は穴の上まで投げ飛ばしてやる」
「それは止めてくれ、死ぬ……」
そうして。トマスは気絶したのであった。
泥縄式OJT 、これにて終了。




