泥縄式OJT (そのニ)
穴に入ったパーシバルはどうなったのか。
「パーシー、無事でいろよ!」
トマスは縄ばしごで降りる時間も惜しく穴に飛び込んだ。
穴の底は暗く肌寒く所々に水溜まりが見受けられる。パーシーの姿は無い。奥へ繋がる大人一人通れる大きさの隧道へ向かう。
「パーシー!無事か、パーシー!」
懐から灯りを灯す魔道具を出し奥へと走る。女の子の声がしてトマスは足を止めた。
『たすけて。だれか たすけて』
そこにいたのは暗い濃緑の光を放つ金髪の女の子。絵姿のシャーロットにそっくりだ。思わずトマスは声をかけてしまった。
「君はシャーロットかい?」
少女は頷く。
『お兄さん、たすけて。くらくて。つめたくて。くるしいの』
「君の身体はどこにあるんだい?」
『こっちよ』
黒い靄に包まれる少女に導かれるまま、トマスは奥へと隧道を進んで行く。
***
ソレはワクワクしながら待っている。
『ついにアレが連れてきたぞ』
『さっきの子どもよりもっと強くて』
『この男よりも うまそうだ』
『ようやくアレも役にたったな』
『もっと力を得られる』
『早く来い』
『早く連れてこい』
***
『お兄さん、ここよ』
ほどなくすると、大広間のように開けた空間に出た。鍾乳洞だろうか。天井から水がほとほとと滴り、通路の脇は勢い良く地下水が流れている。その先は湖に繋がっているのだろう。
地面には羊や山羊の頭蓋骨や様々な動物の骨が大量にちらばっている。奥には古めかしい玉座に座るアンデッドがいた。アンデッドは古びた襤褸を纏い赤黒い石をつけた冠を被り剣を垂直に地面に突き刺し睥睨している。
「なんだ、この化け物は」
長官がその場にいたなら。
「ああ、レイスがリッチになり損ねたアンデッドだね」
と解説しただろうがトマスとパーシーは知るよしもない。
「これ、もしかしてアンデッドって奴なのか?この科学の時代になんでいるんだよっ」
アンデッドの周りにはスケルトンが五、六体囲んでいてその内の一体が足でパーシーを押さえつけている。
「パーシー!
「すまん、しくじった。うっ」
パーシーは抵抗しようとするも力が入らないようだ。彼の黄色の魔力は常に無いほど小さく弱々しく光っている。ピーターと同じだ。魔力を奪われている。
そこへ、アンデッドが眼窩の穴を赤く光らせてトマスを見た。
『おおっ待ち焦がれた強い魔力だ。マーリン、今度こそお前を喰らってやる』
『美味そうな魔力だ。欲しい、欲しいぞ』
『これを喰らえば力が手に入れられる』
『今度こそ覇権を』
『マーリン、マーリンを殺す』
思いきりアンデッドに餌扱いされてるし、養い親とも間違えられている。トマスはゲンナリした。
「また、ヘンリーさん案件かよ。あのっくそジジイ~っ、何やらかしたんだよ。思いきり恨まれてるし。また肝心な事を黙っていやがったなっ!」
脳内に『すまないねえ、トマスくん。何分昔の事でねえ、想定外だよ』とへらへら笑う上司が見える。いつか思いきりぶん殴ってやる。
「このボケガイコツっ、俺をあんな爺さんと一緒にすんな!あっちは白金、俺のは白に金の斑だ。ぜんっぜん魔力が違うだろ!」
(他人からみたら似たようなもんだろ。そもそも魔力の色が見える奴なんかそうそういないだろうが)
と突っ込みを入れるパーシバルである。多分アンデッドも同じ事を考えてている。知らんがな、である。
「トム、気をつけろ。こいつ魔力を吸いやがる」
「おっしゃ、こんな時の為にヘンリーさんに貰った対アンデッドアミュレットで防御するか」
と懐を探すが。
「ない」
「ない。ない、ない、ない。え、どこいった?何故、何故なんだ」
慌てて何度も懐を探るトマスにパーシーが呆れた声で言った。
「お前、アミュレットをホイットニー男爵夫人と男爵子息に渡したよな?」
「あっ」
唖然とするトマス。
もう試合終了か?
『ホッホッホッ。間抜けな獲物でよかったわい』
「くそっ、化け物にまで笑われた。うお~、間抜けすぎる、間抜けすぎる俺」
おのれの痛恨のミスに悶えながらトマスが懐から取り出したのは魔道砲。
「おらっ、これでも喰らえ!」
バンッバンッバンッ
バンッバシュッ
パーシーを押さえ込むスケルトンに向かって強烈な攻撃魔法を連続でぶつける。衝撃でスケルトンはあっけなく破壊された。続いてアンデッドの周りにいるスケルトンを攻撃。アンデッド も玉座ごと地面に後ろ倒しに倒れた 。
「やったか?逃げろパーシー」
パーシーはかろうじて横に転がってアンデッドから離れたが彼らしくもなく息を切らしている。身体強化が使えないようだ。早く回復薬を。懐から取り出した時、トマスはぎょっとした。
「パーシー、離れろ…」
スケルトンが元の形に戻っていく。アンデッドの眼窩の赤い光が強くなった。
「魔力が増えてる?まずい、しくった」
アンデッドはいつの間にか黒い鎧を纏い立ち上がっていた。その動きは先刻より滑らかになっている。
『闇魔法使いだと逆効果になる場合もあるけどね』
ヘンリーの言葉が脳裏によみがえる。
そう、トマスはわざわざ魔力を与えて敵を強化してしまったのだ。
アンデッドの近くには、ほぼ行動不能なパーシー。自分の判断ミスで同僚を危機に追いやってしまった。トマスはショックと後悔で頭が真っ白になった。
主人公はあほの子です。
(ある日の光景)
「だからね、トマスくん。アンデッドには通常の攻撃魔法は通用しないんだよ……聞いてる?トマスくん」
「あのさ。魔物って何百年も前に駆逐されたんだろ?大昔のアンデッド攻略法の話をされてもさ、役にたつの?文官登用試験にでるの?」
「ううっ。今時の若い子の教育、難しい」
「アディントン卿。こういうバカには身体に教え込んだ方が手っ取り早いですよ (優秀でやる気のある相手にしか教えたことがなかったんだろうな)」
今、ヘンリーの話をきちんと聞いておけばよかったと盛大に後悔している。